第69話「他者の行動を糾弾するのは容易だが、自身の場合にはどうだろうかという話」
斯くして、俺はこの書籍類を何処に置くべきかを検討し始めた訳だが、その際に先ず思い付いたのは転居前にもその類が置かれていた場所であり、かつこの家の一階にはそれが存在していない本棚を除いた場所、則ちトイレの内部だった。
というのも、あまり面白い話でもないのだが、俺はトイレで小用を済ませるのにも結構な時間が掛かる上に、そうでない方であれば尚更な体質……或いは症状を持っており、その短縮も削減も出来ない時間を少しでも愉快なものにする手段として、手軽に楽しむ事が出来る漫画の類は中々に優れているのである。
尤も、多くの場合はその役目はスマートフォンが果たしてくれるのだが、時には既に巡回先のウェブサイトを粗方回ってしまった等の理由によりそれが厳しい時や、単に気分転換に他の娯楽に触れたい時等も無論存在するので、その選択肢としてトイレに漫画を置いておくという事は、生活の質を上げる為にも非常に賢い行動であると言えるだろう。無論、あくまでも俺という個人に関しての話ではあるが。
という訳で、自身の生活圏である一階部分に本棚が存在しない以上、一つ目の選択にしてそれに決定しても構わないのではないか、という程度にはその選択は個人的に有力なものではあるのだが、此処ではあくまで冷静に一つの候補として留めておく事にする。その理由は大きく分けて二つあるが、その一つは言わずもがな、既に他の選択肢が用意されている以上、それを検討もせずに決定するのは勇み足が過ぎる為である。
そしてもう一つの理由だが、それはトイレの構造を現時点では今一つ鮮明に思い出す事が出来ない為、というものである。というのも、先ず第一にそれらの本を置く場所がトイレ内に存在しているのかという話でもあるのだが、以前の住居のそれとは異なり、この家のトイレは屋外に面する場所に位置している為、窓の位置によっては本の保管に於ける第一の敵とも言える存在、則ち日光に晒されてしまうという可能性が現時点では否定出来なかった。
尤も、そもそもトイレがそれが差し込む様な方角にあるのかという事や、仮にそうだとしてもその窓は結構厚めなすりガラスであったと思うのだが、それを透過してなお本の保存状態に影響を与えるのだろうかという話なのだが、先述の様にそうしない別の理由も存在している以上は、何れにせよその事で俺の行動が変わる事も無かった。
なお、二階にある本棚を一階に下ろせば良いのではという話だが、あれは結構立派な物である為に、どう考えても現状の俺の蔵書量とは釣り合っていなかった。まあ、仮に俺がその本棚を是非使用したい程の本を持っていたとしても、どの道二階から下ろすには分解する必要がある事等を考えれば、面倒である以前にそもそも俺の持ち得る技術ではそうする事は不可能なのだが。
ともあれ、俺はトイレに関しては一先ずは第一候補としておく事にすると、次の選択肢、則ちこの本達の置き場所の次の候補について考える。それは人によっては、というよりも多くの人であれば最初に候補に挙がるであろうものであり、それよりも先にトイレが先ず挙がって来るという所に、やはり俺の肉体が俺の味方ではないという事を実感する。
その事に若干のいらつきを覚えない事も無いが、それはさておき本の置き場の第二候補として俺の脳内検討会で発表されたのは、寝室である和室と並んで俺の生活する場所の殆どを占める事になるであろう仕事場、もとい食堂の何処かに……まあ普通にテーブルの上に重ねて置いておくか、窓の前に存在する謎のスペースにどうにかして並べておくというものだった。
例によって現時点ではその場所の詳細な状況を思い浮かべる事は出来ない為、実際に置いた場合にどうなるかという事もまた同様なのだが、その選択もまた悪くないものに思えた。いや、そもそもこうして選択肢として候補に挙がっている時点でそれはそうだろうという話ではあるのだが、その候補達を検討するという体でいる現在の俺としては、あくまで客観的な判断を下さなくては、少なくともその振りはしなければならなかった。
なお、つい先程から俺は何故自分が荷物を持ちあげた状態でこの検討を行っているのかという、あまりにも尤もな疑問を甚だに強く抱いているのだが、それでも今更このそれなりには重い段ボールを床に下ろす事は出来なかった。この行動が完全に無駄である事を心底理解していても尚、それを自ら認める事を意味する行動を取る事を、俺のプライドは許してはくれなかった。
とはいえ、その疑問が本心からのものである事には変わりが無い為、流石にこの検討を大真面目にやる気は失われた俺は、残る候補についてもちゃっちゃと済ませてしまう事にして次の選択肢を思い浮かべるが、当然ながら、それは先に述べた生活の殆どを占めるであろう場所のもう一方、則ち寝室の何処かに置くというものだった。
それは一つ前の選択肢とは殆ど等価であり、つまりこれらの書籍類を仕事中の息抜きに活用するか、或いは休息の際の選択肢の一つにするかという選択であったが、やはり例によってその場所の現在の状況も現時点では鮮明に想像する事は出来ない為、結局はこれまでと同様に候補として留めておく以上の事は出来なかった。
このあまりにも無残な経過にいよいよこの検討の意味を見失いつつも、俺は最後の選択肢についても検討を始めるが、それは先の候補と被るというか、その一部に含まれるものである為、やはりこの行動の無意味さをより一層実感するだけだった。
則ち、それはこの際だからこの箱ごと押入れに封印してしまうという選択だったが、本来は半分ふざけて用意しただけのそれを思わず選んでしまいそうになる程度には、この一連の行動の無意味さを誰よりも感じているのは俺自身なのであった。




