第67話「adolescence」
ともあれ、こうして妙に慎重に箱を開封した結果、当然ながら先程から抱いていた疑問は晴れて解消される事になった訳だが、何故か、或いは案の定、またはその双方共に正しいのかもしれないが、その答えとなる光景を目にした俺はその事に些かの後悔を抱いていた。
尤も、無論先述の通りその箱の開封自体は必要である事は理解している為に、この後悔自体も仕方が無い事だとは理解しているのだが、それでもその光景は出来れば目にしたくはなかった事もまた確かであり、それは同時に先程までの気の進まなさにも深く納得せざるを得ないものだった。
則ち、その箱の中に入っていた本の全てがそうだという訳ではないのだが、その多くを占めていたのは、かつて俺が断ったにもかかわらず当時の担当の編集者から半ば強引に渡された、未開封の拙作の献本達だった。
というのも、そもそもが売れる為のかつて目指していた形とは異なるタイプの作風である上に、出版に当たって結構な部分について編集からの指示により修正を施したその作品を、胸を張って「夢が叶った」と報告出来る程の面の皮は持ち合わせていない為に不要だと告げたのだが、「いや、少なくともご家族やその幼馴染の方の分は必要でしょう!」とか言ってお節介な編集者が結局は強引に渡して来た物を、流石に処分するのは気が引けてこうして此処まで持って来てしまった、という訳である。
ともあれ、何時までもこうして後悔と共に固まっていても仕方が無い為、今では疎遠になったその編集者の強引さの記憶に思わず苦笑いを浮かべつつも、俺はその箱の中身について改めて吟味していく事にする。いや、そんなに見た事を後悔する様な物であるならば、そのままそっと箱を閉じて押入れにでも仕舞い込めば良いだろうという話ではあるのだが、先述の通りそれらの献本以外の物も入っていたのだから仕方が無い事だろう。
という訳で、目に入るだけでも自身の精神を蝕む一種の呪物を可能な限り避ける様にしながら、俺はその箱に入れられたその他の本の類を検めていくが、やはりその呪物の方から感じる一種のプレッシャーが強烈である為か、その作業は思う程に円滑には進まなかった。その表紙に描かれた妙に、そして自作には勿体ない程の可愛らしいイラストが、今の俺には逆に何か非常に恐ろしいものである様にさえ感じられていた。
しかし、その様なあまりにも失礼な事を考えながらであっても、その箱の中はさして広いという訳では
ない為、その検品が済むまでにそう長い時間は掛からなかった。尤も、それはあくまで客観的な時間の経過の話であり、体感的には随分と長い間その作業をしていた様な気もするのだが、兎に角俺がその箱の中身を全て検め終えたのは確かだった。
そしてその結果、わざわざこの帰郷を機に断捨離の如く蔵書……と言っても殆どは漫画ばかりだったのだが、兎に角それらを処分しただけの事はあり、その箱の中にあったのは例の献本を除けばほんの僅かな書籍だけだった。しかし、その大量粛清を逃れただけの事はあり、その僅かな書籍は錚々たる面々と呼んでも差支えないものだった。
尤も、それはあくまで俺の価値観による評価に過ぎないのだが、二作品にまで絞った今も連載中の漫画にしても、その処分以前から俺が所有していた漫画やゲームの攻略本を除く唯一と言っても良い書籍にしても、拙作とは異なり誰に薦めても決して恥ずかしくはないものだった。いや、漫画の片方に関しては多少人を選ぶかもしれないが、少なくとも他者に見られても羞恥を抱く必要が無い事は確かである。
なお、数ある漫画の中でその二作品が生き残りに選ばれたのは、その内容の面白さの為である事は勿論であるが、それ以外にも相応の理由が存在していた。と言っても、それは別に大した話ではなく、そもそもその処分が行われた理由から考えれば、あまり巻数が多い物は自動的にその候補から外れてしまうというだけの事なのだが。
そして、無論それは、則ち内容以外に残した理由があるという事は、漫画ではない方の書籍についても同様であるのだが、そちらはそこまでは単純な理由ではなかった。いや、ある意味では寧ろそれ以上に
単純と言えるかもしれないが、その理由とはその書籍の作者が既知の人物であるという事だった。
則ち、それは我が恩師である大学の教授の執筆した物であり、別に本人から貰った物という訳ではないのだが、仮に内容がそれ程のものでなかったとしても、流石に処分する様な気にはならなかった。いや、同じ大学の別の教授の本等はとっくの昔に捨ててしまっているのだが、そこはそれ、恩師とそれ以外の単なる教師的な存在の間には、それ位の扱いの差はあって然るべきというものだろう。
なお、特にその教授には個人的に世話になったという事もないのだが、我が生涯に於いてその様に、則ち恩師と呼べる程の存在は他には居ないという程度には、俺はその教授に深い敬意を抱いていた。尤も、それは自身の生き方に影響を与える程の学びを得た相手が他には居ないと認識している為なのだが、今にして思えば、それはそう思えるだけの知見を得たのがその頃というだけで、もしかしたらそれ以前に関わった数多の教師の中にも、そういった影響を受けた相手が居る可能性は否定出来なかった。
だが、その様な思いから軽くその頃を振り返ってみたものの、残念ながら脳裏に浮かんだのはかつて担任だった教師のヒステリックな姿や、当時から既に偏っていると認識出来ていた思想の話ばかりであり、やはりその教授は俺にとって他の教員とは一線を画していた事が分かるだけだった。




