第65話「三十年経っても鮮明に覚えている事がある……と言いたい所だが、人の記憶とは案外簡単に捏造されてしまうものである」
斯くして、開かれた箱の中身のあまりのつまらなさに一気に興が削がれてしまった訳だが、幸運な事に今回はそれが悪い方に出る事は無かった。というのも、これと同様の事が起きた際、普段の俺であればやる気を失って作業そのものを中断してもおかしくない、というよりも恐らくはそうなる可能性が非常に高いのだが、今回はこうして興が削がれた結果、俺の精神はこの作業を淡々と済ませてしまうという方向へと向かってくれたのであった。
という訳で、俺はその荷物を持ってさっさとリビングへと向かうと、入って右側の壁沿いにある箪笥の引き出しを順番に開けていく。そして、此処を去った両親が中身を抜き去ったのか、或いはそれ以前からそうなっていたのかは不明な空いたスペースを見付けると、段ボールの中の衣類を一応は種類別に分けてはいるものの、畳んだりする事も無く雑にその引き出しの中へと詰めていく。
しかし、これは一見するとやる気が無いというか、とても真面目に作業をしている様には見えないかもしれないが、別に俺は先の一件で興が削がれた事の影響でこうしている訳ではない。俺は服という物にあまり興味がある訳でもなく、明らかに穴が開いたりしない限りは安物でも数年以上着続ける様な人間である為に、そもそもわざわざ服を畳むという事に意味を見出せないでいるだけである。
だが、それで俺が自身の外見に完全に無頓着であるのかといえば、他者からどう見えるかは措いておくが、決してその様な事はない。確かに、俺は所謂お洒落とか流行というものにはあまり興味を持ってはいないが、これでも自身の美学というか、好みに合った服装を選んだ結果が、この様な地味で見様によっては幼く見える事もあるかもしれない物になった、という訳である。
尤も、その俺の拘りが本当に俺の美学というか、美的センスに基づいたものであるのかは、医者に掛かった訳ではないので実際にそうであると確定した訳ではないとはいえ、概ね家族一致の見解である、と或る症状……と呼んで良いものかも分からない性質を考えれば定かではないのだが、まあ本人である俺がそう思っていれば、そうだと言い切っても別に構わないだろう。
ともあれ、俺はそういった自身が課した一定の条件には当てはまっている衣服達を適当に箪笥に収めると、今度は空になったその段ボールの底側のテープも適当に引きちぎり、その場で解体して畳んでしまう。衣服は畳まないが、段ボール箱は綺麗に畳むという事に我ながら何となく可笑しさを覚えながら、俺はそれを適当に放って次の荷物を片付ける為に再度玄関へと向かう。
その短い旅の目的地に着いた後、先ずは昨日開けたまま放置していたもう一つの衣類入りの段ボールを回収すると、再度リビングへの箪笥へと向かい先程の大まかな分類に従ってその中身を仕舞っていく。だが、タオル類に関しては、それを入れる為のスペースがその箪笥に無い訳ではないのだが、何となく此処ではないと感じ、それだけが残った箱を持って和室へと移動する。
そして、そこに残されている別の箪笥の引き出しを再度順に開けて行き、その中で待っていた同胞と持って来たタオル達を合流させると、妙な満足感と共にそれを閉じて段ボールを畳む。つい先程淡々と作業を進めようと決意した筈なのだが、結局は俺の思考はいつもの調子を取り戻してしまっていた。
ともあれ、これで昨日から合計で四つの段ボールを開封した事になり、残すは僅かに二つとなっていた。もう一つ用意すべきだったか、などとその響きから下らない事を考えつつも、俺はその畳んだ段ボールを先程リビングに放置していた物の上に重ねると、次の荷物を回収する為に再度玄関へと向かう。
当然ながら直ぐに到着を果たした訳だが、そこで俺の中にはふと謎の疑問が浮かび上がる。というのも、残された荷物の片方の中身は既に分かっており、昨日車から降ろし忘れていた歯ブラシ等の日用品が含まれている物なのだが、もう一方に何を詰めていたのかを俺は今一つ覚えてはいなかった。
いや、無論もう一人のボクが用意した荷物である、などと言いたい訳ではなく、その概ねの中身が本の類である事は俺の記憶にもあるのだが、転居を機に車の容量の関係で多くの本を処分してしまった今、そんなに箱に一杯になる程の物があっただろうか、という様な疑問を抱いたという訳である。
尤も、衣類の入っていた箱ともそれ程の重さの差を感じなかったという事は、そう大した量が入っている訳ではない事も既に分かっているのだが、それでもわざわざ箱を分ける程に何かを残したという覚えが、不思議な程に今の俺には残っていなかった。
とはいえ、その正体は気になる所ではあるものの、概ね二つの理由により俺は先に日用品の方を片付ける事に決めると、その判別を行う為に残された荷物の一方を手に持って軽く振ってみる。すると、内部からは何かがカラカラと動く様な音が聞こえ、俺は自身が二分の一の賭けに勝った事を実感する。それは普通に考えれば喜ばしい事の筈であったが、何故かそれが非常に珍しい事だと感動してしまった所為か、同じく何故か俺の胸中では複雑な感情が混じり合って渦巻いていた。




