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第57話「個人の、或いは集団の認識が事実と異なっている事など、別に珍しい事でもない」

 やがてその姿が見えなくなった頃、作業に戻るかとその足の上の荷物を拾う為に屈んだ時だった。俺の胸中、或いは脳内にてひどく今更な疑問がふと湧き上がって来る。それは先程知ったあまりにも衝撃的な事実と、その後の話の流れによって良い感じに抑えられていたのだろうが、結果的にそれをあの場で訊かなかった事は、恐らくは正しい選択なのだろうと俺には思えた。


 尤も、実際に訊いてみたとしても、恐らく若菜は特に嫌な顔もせずに答えてはくれただろうが、その出来事が起こった直後であったならば兎も角、二十年弱も経過した今更になって尋ねる事はその古傷を悪戯に抉る事にもなりかねないので、やはり訊かなかった俺の選択、もといそれを湧き上がらせなかった俺の無意識の選択は正しかったのだろう。


 則ち、仮にも旧知の人物の死を知ったにもかかわらず、その死因について尋ねずに済んだ事に妙な程の安堵を覚えつつ、俺は足の上に置かれていた荷物をそれこそ今更になって持ち上げると、そう言えば先程からずっと開け放たれていた玄関へと運んで行く。この季節では既に何匹もの虫が家の中に入っているだろうな、なんて事を思うと、漸く自身の日常に帰って来た様な感覚がした。


 その事に若干の寂しさにも似た感情を抱きつつも、俺はその荷物を玄関の床、いや、厳密にはどの部分までを玄関と呼ぶのかなど俺は知らないのだが、兎に角家に入ってから最初の床の上へと置く。比較的軽い物を選んだとはいえ、この一連の作業に於いて特に辛いと感じる事は無かったので、どうやら朝食の消化は随分と順調に行われている様だった。


 尤も、未だ腹部には若干の張りを感じてはいるのだが、少なくともこの程度の作業の妨げにはならなかったという事実と、そもそもこの胃袋に入っている物が何かという事を考えれば、やはりこの胃袋の健闘には一定の賛辞を送るべきだろう。


 などと、また例によって下らない事を考えてしまっていた事に気付くと、俺は次の荷物を運ぶ為に再度玄関の扉をくぐる。正直に言えば、今回もまた荷物を一つ二つ運んだところで嫌になり、明日以降に作業が残るという気しかしていなかったのだが、今の俺は何だか妙な程のやる気というか、気力が漲っているのを感じていた。


 しかし、斯くして意気揚々とまた青空の下に出て来たのは良いものの、その事実……則ち、俺にしては数か月に一度程度あれば良い、妙な気力の漲り具合に逆に違和感を覚えた俺は、その理由を考える為に再度その場で足を止めてしまう。


 尤も、人間の心理の事など本人も分からないのが常である為、こうしてそれを疑問に思った時点で、考えた所で明確な答えなど出る筈は無いのだが、無論そんな事は承知の上だった。というのも、別に確実にそうであるという客観的な事実に基づいた答えが欲しい訳ではなく、こういう時に大事なのは自身が納得する事であり、則ちそれを可能とするそれっぽい答えが出さえすればそれで良いのである。


 という訳で、俺はその理由、則ち自身の気力が何故妙に漲っているのかという事を考え始めるが、つい今明確な答えが出る筈は無いとか言っておいて何なのだが、その答えはどう考えても、どころか考えるまでもなく自明であった。


 故に、俺は敢えてその答えを明文化せずにその思考を切り上げると、多種多様な理由により生じた羞恥による自身の赤面を感じながらも、作業を再開する為に車の後部座席の前まで戻る。そしてドアを例によって無駄に勢い良く開くが、先の思考の内容とは裏腹に、残された荷物はあと段ボール箱二つ分だけだった。


 ああ、軽自動車では載せられる量にも限度があるし、断捨離という訳ではないが転居を機に色々と処分したのだったか。そんな事を考えながらその内の一つを奥から引き出すが、その重みはこれまでの物とは明らかに異なっており、昨日最初に運んだパソコンの物を除けば初めてその作業にも苦労する程だった。


 いや、勿論所詮は段ボール箱一つであり、苦労するとは言っても他の荷物と比較すれば、というだけなのだが、外見から、則ちこの国の男性の平均身長を十センチメートル以上は上回っている坊主頭の大の男という風体からは、想像出来ない程に非力な俺にとっては、それでも十分な手応えを感じられるものだった。


 則ち、その中身はこれまで後に回していたゲーム機の類であり、その重さもあって正直別に必要も無いかなとは思わなくもなかったが、これまでにそれらに支払った代価を考えれば、それを無駄にする事には一定の勇気を必要とした。なお、此処でいう代価とは支払った金額の事ではなく、先述の現在もプレイしているオンラインゲームに費やした時間の事である。


 ともあれ、それは、則ち勇気とはこの俺に最も欠けているものの一つである事は間違いない為、結局はこれ以上、つまり車内の奥から手前まで引き出す以上の苦労を伴いつつも、その重い荷物も家の中へと運び込む事にするのだった。尤も、そもそも車内に置いてあっても邪魔以外の何物でもないので、どの道それは運ぶ以外の選択肢など端から存在してはいなかったのだが。


 なお、あまりにもどうでも良い話ではあるのだが、この重い荷物はゲーム機の類であるとは言ったものの、その中で最も重いのはそれを接続するモニター、もといテレビである。ちなみに、俺はテレビを見る事など殆ど無い、というかそもそもアンテナと繋ぐ為のコードすら持っていないのだが、古い世代の人間である為に、もとい知識不足の癖によく調べもしなかった為に、ゲームをするにはテレビが必要だと思い込み、モニターではなくわざわざテレビを購入したのであった。

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