第56話「余計な事はし過ぎる程良いらしい」
「……そうか。まあ、何と言えば良いのか分からんが、お悔やみは申し上げておくべきだよな。それと、俺が一応は夢を叶えられたのもそのお陰かもしれないから、そのお礼も兼ねて今度墓参りにも行きたいんだけど、案内して貰えるか?」
先述の通り、親しい、という程の間柄ではないとはいえ、そうである目の前の人物の肉親の死という事実をどう受け入れるかに戸惑いながらも、その若菜の言葉に俺は思いの外流暢に答えを返す。それが一応は言葉を用いる事を生業としている為なのか、或いは相手が相手だからなのかは自分でも良く分からなかったが、この場面で長い沈黙に陥らずに済んだ事に、何れにせよその要因には感謝をしておきたい所だった。
しかし、無論その代わりという訳ではないのだろうが、それを聞いた若菜からは暫しの間その俺の言葉への答えが返される事はなく、俺は段々と自身に失言があったのではないかと不安になって来る。まあ、良く考えればこの様な形でお悔やみを申し上げている時点で失言以外の何物でもないのだが、別に若菜はそういう部分を気にする方ではないという自身の認識と、そもそもが非常に繊細な話題である事から、その他の部分にも問題があったのではという不安はその沈黙の継続と共に増していった。
「……うん。お父さんもきっと喜ぶと思う。でも、今日はこの後に仕事もあるし、また今度でも良いかな」
その不安の事もあり、やがて沈黙に耐えかねた俺が次の言葉を考え始めた頃、漸く若菜がその俺の言葉への返答を口にする。その事自体も含め、その言葉はその俺の不安を払拭するには十分なものだったが、その割には妙に長かったそれまでの沈黙と、その発言の際の若菜の表情には若干の、違和感という程でもないが、少し気になる所が無い訳ではなかった。
尤も、その範囲を一般にまで広げた場合には勿論、相手を二十年振りの再会となった現在ではなくほぼ毎日を共に過ごしていた当時の若菜に絞っても尚、目を合わせて話す事は少なかった俺にはその表情を正しく認識出来ているとは限らない上に、話題の繊細さから考えれば若菜の返答が遅れる事も全く不思議ではないのだが。
「……そりゃあ、勿論そっちの都合に合わせてくれれば良いんだが、この後に仕事があるのにわざわざ来たのか? それと、自分から言い出しておいてあれなんだが、俺は死後の世界とかに関しては否定派なんでな。墓参りに行きたいってのもあくまで俺自身が納得する為というか、気持ちを整理したいってだけだぞ」
という訳で、その些細な違和感による数秒の間を置いてではあるものの、その若菜の発言の内容の方に意識を移した俺はそれへの素直な返答を口にする。その前半は兎も角、後半については正直自身でも蛇足としか思えなかったが、何となく場の雰囲気が少し暗くなってしまった様な気がして、若菜にツッコミを入れて貰う事でそれを変えたかった。尤も、別にその内容自体は決して嘘という訳ではなく、俺は自身の信条に反した言動を取った訳ではなかった。
「……はあ。やっぱり変わってないね、たっくんは。仮にも親を亡くした本人がああ言ったのに、普通そういう事を言うかな? まあ、別に私もそういうのを本気で信じているって訳じゃないけどさ」
そんな俺の意図を察した、という訳ではないと思うが、俺の発言を聞いた若菜はあからさまに呆れた様子で溜め息を吐くと、またも同じ事を言った後に俺の言葉に注文通りのツッコミを入れて来る。尤も、実際には若菜からは俺の意図など透けていたのかもしれないが、実際に目論見通りに事が運んだ以上はその真偽など最早どうでも良かった。
「いや悪かったって。ところで、時間は大丈夫なのか?」
それ故に、俺はその若菜の指摘に対して素直に謝ると、そこでふと浮かんで来た疑問をそのまま尋ねる。というのも、世には様々な業務の形態があるので実際の所はどうなのかは分からないが、その中でも一般的だと言えるものと、この後に仕事があるという本人の言葉から考えれば、そろそろ始業の時間が迫っている、とまでは言わないが、此処の立地的にも出発のそれが近い可能性は低くはないと思われた。
「え? あ、もうこんな時間!? ごめん、話の途中だけどもう行かなきゃ。続きはまた今度ね」
果たしてその推測は正しかった様で、俺の言葉に腕時計を確認した若菜は驚いた声を上げると、早口でそう言い残して自宅の方へと走り出す。その結果、「というか、仕事って何やってんだ?」というその続きの言葉は呑み込まれる事になったが、まあ仮にも大の大人の幼馴染を仕事に遅刻させるよりは余程良いだろう。
「まあ気にすんな! それより転ぶなよ!?」
そうして離れ行く若菜の背中に、まあ耳には入るだろうという程度の大声でそう声を掛ける。その前半は兎も角、後半は「大の大人の幼馴染」に掛ける様な言葉でもなかったかもしれないが、こうして声を掛けられているという時点で、やはり若菜は自身にとって特別な存在なのだろう、などと思いながら、俺は先程落とした段ボールを未だ足の上に載せたままその遠ざかる背中を見送っていた。




