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第53話「過ぎたるは猶及ばざるが如しとは言うが、実際には足りないより余程不利益になる事も多々ある」

「……ええと、ほんとに特に用事がある訳じゃないんだけど……。あ、強いて言うなら、さっき春菜ちゃんが渡してくれた朝ご飯はもう食べたかな? もしそうなら味はどうだった?」


 ともあれ、俺の返答からやや間を空けて若菜がそれに答える……が、相変わらず誤魔化し方が下手過ぎて聴いている此方が恥ずかしくなって来てしまう。尤も、他者との駆け引きを生業にしているのであれば話は別だが、それは決して人間としての欠点という訳ではなく、寧ろ現代に於いては貴重な美点であると俺は思っていた。


 それは兎も角、この言葉から若菜が自身の娘をちゃん付けで呼んでいるという事が分かった訳だが、何というか、非常にらしい呼び方で何となく安心する。いや、高校生の娘に対する呼び方としては……という事は兎も角としても、他人との話の中でもそう呼ぶのはどうかという話ではあるかもしれないが、娘にさん付けでは何とも他人行儀だし、人を呼び捨てで呼ぶ事など想像も出来ないその穏やかな性格を思えば、それも含めて何とも若菜らしいと俺には思えていた。


「うん? ああ、まあ美味かったよ、ご馳走様。まあ、朝からステーキはどうよ? みたいな事を春菜ちゃんは言ってたけど、昨日の夜は碌な物を食ってなかったから正直助かった」


 しかし、その様子からしてそれが恐らくはでっち上げた言い訳である事は明白であるとはいえ、口調や表情からもその疑問自体は本心からの物だと判断し、俺もその質問には素直に答える事にする。無論、実際には何の用事で来たのかが気にならない訳ではないが、散々繰り返している様に、本人が隠したいと思っている事を無理に暴く趣味は俺には無かった。


 なお、既にその経緯の予想が付いているのだから、本当は昨日の事を謝るべきなのかもしれないが、性格的に恐らく若菜はそれを求めてはいないだろう、という事を言い訳にせずとも、当の本人がそれを気にしないという体で振る舞っている限り、こちらも無理にそれには触れない方が良いのだろうと判断したのであった。


「やっぱりそうだよね? そんな事だろうと思ったから、朝からしっかりしたご飯にしたんだけど、お口にも合ったようで何よりだよ」


 その事を知ってか知らずか、妙に嬉しそうな表情を浮かべた春菜がそう答えると、俺が半ば無意識に抱えていた疑問の一つがふと氷解する。則ち、先程の対面の際に春菜が呟いた独り言の「伊達じゃない」の意味が判明し、俺は何とも言えない気恥ずかしさを覚えるのだった。


「まあ、俺の味の好みなんて大体分かってるだろうしな。でも、俺の昨夜の食事の事まで読まれているとは思わなかったんだが、俺の行動ってそんなに分かり易いのか?」


 それを自身の後頭部を撫でる様に掻く事で発散しつつ、俺はその若菜の言葉への素直な感想を口にする。春菜との会話の時にも意外な程に話し易く感じてはいたが、やはり本物の幼馴染が相手となれば、俺の口も自身ではもう不可能だと思っていた程に良く回っていた。


「え? 自分では分かり辛いと思ってたの? ……なんてね。何年幼馴染やってると思ってるの? たっくんの事なら何でも……とは言わないけど、大体はお見通しだよ」


 それは向こうも同じ……なのかは分からないが、目の前の若菜も自然な感じで冗談なども交えた回答を口にする。尤も、その冗談を直ぐには見抜けなかった様に、俺はとても若菜の大体をお見通しだとは言えないのだが、まあそこは男女の、或いは単に個人の能力の差だと納得しておく事にしよう。


「さいですか。流石は若菜さん、感服の限りでございます」


 という訳で、本当は思う所が無い訳でもないのだが、それはとても口に出せる様なものではない、というよりもこの雰囲気を壊してしまいそうでそうはしたくない為に、此処は自身も冗談を返しておく。というのも、これが自惚れや勘違いである可能性は十分に考えられるのだが、こうして話していればいる程、その際の若菜の表情を見れば見る程、既にあんなに大きな娘が居るという事に疑問を抱かずにはいられなかった。


 とはいえ、無論春菜の存在自体を疎んでいるという訳ではなく、その外見がかつての思い人の生き写しである事を措いても、寧ろその性格等は非常に好ましく思ってはいるのだが、それでもその様な疑問が湧いて来る事を止める事は出来なかった。いや、勝手にこの街を出て行った身で何を言っているのだという話ではあるのだが、少なくとも当時は若菜もそれを応援してくれてはいたと思われるが故に、俺はこんな疑問を抱いてしまっているのだろう。


 尤も、流石に餓鬼の頃の口約束を理由にそれを責めようなどとは思わないし、そもそもそんな資格も無い事も理解しているからこそ、俺にはその疑問を口にする気も無いのだが、それはそうとその自身の自然な思いを消す術を俺はこの人生で体得してはいなかった。


「あはは、何それ? ……でも良かった。嫌われちゃった訳じゃなくて」


 ともあれ、その俺の疑問、もとい思いは表には出さずに済んだのか、或いはお見通しという言葉通りに敢えて見逃して貰えたのかは分からないが、その俺の冗談を聞いた若菜はさぞ可笑しそうに笑う。だが、その暫し後に心底安堵したという表情でそう口にすると、俺はこの胸中の疑問がいよいよ解決不可能な程に膨らんでいるのを感じるのだった。

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