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第51話「叫ぶ事でしか処理出来ない感情もある」

 とはいえ、取り敢えず一つの荷物の運搬に成功した事は確かであり、その段ボールを床に置いた時には、一つの仕事を終えた事による一定の満足を感じる事が出来た事もまた確かだった。尤も、それを遥かに上回る……とまでは言わずとも、少なくともそれ以上の徒労感を覚えていた事は言うまでもないのだが。


 しかし、愚者は何かしらの失敗をしてもまた同じ事を繰り返すものだが、それを糧に成長するのが人間としての本来の姿である。則ち、今度は玄関の扉を何かしらの方法で開けたままにして置けば良い事は分かっており、同じ失敗を繰り返す事は無いのだから、此処で何時までもその徒労感に浸っている必要は無かった。


 などと、これまでの人生に於ける自らの愚者っぷりを棚に上げて自身を鼓舞するが、その事を自身でも無論理解している割には、それは意外な程に効果を発揮していた。それにより珍しく湧いて来た気力を糧に、俺は玄関の扉をやや勢い良く開くと、その右下に備え付けられたドアストッパーを下ろして扉を固定する。これで、俺はもう先程の徒労感を覚える必要も無くなった、という訳だ。


 そして、そのままの勢いで再度屋外へと出ると、相変わらず朝の爽やかな空気が俺を迎えてくれる。というよりも、一応は運動をした直後な為か、先程よりも更にそよ風が気持ち良く感じられ、更に気力が湧いて来た様な気さえして来る。尤も、それ自体は単なる気の所為という可能性も十分に考えられるのだが、少なくともその様な気がして来たというだけでも、やはり人間は本来朝から活動するべきなのだなあとしみじみと感じられた。


 とはいえ、それはあくまでも夜の間にちゃんと寝た場合の話ではあるのだが、その限りではない現状の自身でもこれだけの効果を感じられるのだから、それは世の方々は俺よりもさぞ楽しそうな表情をしていらっしゃる訳である。まあ、先述の通りの理由により今日からとは言えないが、明日から……いや、来週辺りからは俺もその仲間入りが出来る様に、これからは出来るだけ早寝早起きを心掛ける事にしよう。きっと多分恐らくメイビー。


 などと、また悪い癖が出て余計な事を考えてしまっていたが、気を取り直してまた車の後部座席へと向かい、先程と同様に無駄な一手間を掛けて荷物を引き摺り出す。いや、失敗を糧に成長するのが何だっけという話ではあるのだが、その両者の差が何処にあるのかは自身でも良く分からないが、今更トランクを開ける事は何かに負ける様な気がして俺には出来なかった。


 まあ、恐らくはそれにより生じる手間の差、則ち先程の様な無駄にアクロバティックな動作を必要とするのか、或いはこうして単に少し身を乗り出す様にして荷物を引き出す必要があるだけなのか、という違いによるものなのだろう。そんな事を考えながら、その荷物を持って玄関に向かおうとした時だった。


「おはよう……ございます」


 突然、背後から良く聞き慣れた、それでいて非常に懐かしい声が俺の耳に届く。あまりに突然の、そして予想外の事に思わず身体をビクつかせてしまうが、さっき会って別れたばかりなのに、今度は一体何の用なのだろうか。


 そんな事を考えながらその声をした方へと振り向くと、この俺の濁った瞳に映ったのは予想とは異なる人物……則ち、昨日凡そ二十年振りの再会を果たした幼馴染である柴田若菜その人の姿だった。その丁寧な口調から無意識にその娘、つまり春菜の方を想像していたのだが、この流れを作ったのは他でもない俺自身だった。


「あ、驚かせてしまって、というか作業の邪魔をしてしまってごめんなさい。此処で待っていますので、良ければ先に済ませてしまって下さい」


 その幼馴染の突然の出現、もとい来訪と、その事への後悔から俺が無言のまま固まった様に静止していると、若菜が続けてそう俺を気遣う言葉を口にする。本来それは決して悪い体験ではなく、寧ろ状況的には非常に喜ばしい事である筈なのだが、何故か俺の胸は甚だに痛むばかりだった。いや、無論本当はその理由は明白であり、文字通り痛い程に分かっているのだが、それを……それが自身の過ちの結果である事を素直に認める事を、俺の「誇り」は許してはくれない様だった。


「……いや、別に急いでいる訳じゃないので、お気に――」


 ともあれ、その若菜の言葉への返答をあまり待たせる訳にはいかない、という人として当然の思いと、その下らない「誇り」に則って言葉を返している時だった。胸中、脳内、或いは心中。その何れが正解であるか、或いはそのどれもが異なっているのかは分からないが、俺は自身の中の何処かで何かが切れる様な感覚を覚えると、抱えた荷物をそのまま自身の足の上へと落とす。


「だああああ! アホか俺は! 何で俺が若菜相手に敬語なんて使わなきゃならねえんだ!? お前もだよ若菜! 作業の邪魔? 二十年振りに再会した幼馴染との会話よりもそれを優先する馬鹿が何処に居るんだよ!? 此処は『そんなの後にして私の話を聞け』って言う所だろ!?」


 そして、自身の頭をわしゃわしゃと両手で擦りながら大声で叫ぶと、自身の心からの思いのままにぎゃあぎゃあと喚き立てる。それは昨日の自身の言動を棚に上げた明らかに無責任な言葉であり、その自身の「誇り」を明確に裏切る行為でもあり、帰郷早々近所迷惑になり兼ねない奇行に他ならなかったが、今はそんな事の一切はどうでも良かった。突然の大声への驚きに満ちた表情を浮かべる若菜にも構わず、俺はただ自身の思いをそのまま声に出すのであった。

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