第49話「自由な身体、素晴らしい事だ」
とはいえ、この痛みは俺が感じるべきものだとは思うものの、いつまでもこうしている事が時間の無駄であるという事は明白であり、何よりもこの痛みを味わい続けるのは流石に厳しい。概ねその様な判断に基づき身体を起こすと、俺はこれ以上例の件について考える事をドクター権限でストップする。
無論、本当は春菜の買い物への誘いの意図等、他にも考えたい事には困らない位なのだが、それらは少なくとも急いで解き明かさなければならない謎という訳ではないし、また下手な事を考えて精神にこれ以上のダメージを負っては、その誘いを受ける事すら不可能という体たらくになってしまうという可能性も否定は出来なかった。
という訳で、身体を起こした俺は余計な事を考えずに済む為には何をすべきかを考えるが、例によってそこでと或る事実に気付く。尤も、今度は恒例の漸く、という形ではなく、その事実自体が現在の形になったのも、恐らくそう遠い過去の話ではないだろう。
則ち、特に時計を気にしていなかった為に、この一連の思索の間にどれ程の時間が経過したのかは定かではないが、食後にはあれ程の……自身の加齢を実感せずにはいられない位に圧迫感を覚えていた俺の胃袋は俺が思っていたよりも仕事熱心だったのか、気付けばその圧迫感は随分と緩和されていた。
尤も、流石にこの短時間で完全に消化されるなどという事はなかったが、少なくともわざわざそこに負荷を掛ける様な姿勢を取ったりしなければ、どうやら軽い動作をする分には特に問題は無さそうだ。
ともあれ、その事に気付いた俺はその直後、それを活かす事でこの危機を脱する、則ち無駄な考え事をせずに済むであろう方法を思い付き、それが本当に可能かと改めて自身の胃の辺りの状態を擦って確かめる。すると、やはり未だ若干の圧迫感は残っていたが、その思い付いた方法を実行する程度であれば、恐らくは大丈夫だと思われた。
とはいえ、別に急ぐ必要がある訳ではない為に俺はゆっくりと立ち上がると、その方法を実践する為に玄関へと向かい歩き出す。則ち、折角身体を動かしても問題が無さそうという事から、俺は余計な事を考えずに済む方法として、昨日からサボっていた荷物の搬入を行う事にしたのだった。
尤も、無論この状態では腹部に強い圧迫を行う訳にはいかない為、あまり重い荷物を運ぶ事は出来ないのだが、別にこれを見越してという訳ではないが、あまり一つの荷物が重くならない様にはしてあるので恐らくはそれも問題にはならないだろう。
ともあれ、そうして颯爽と玄関へと辿り着いた訳だが、その勢いのままにその作業へと突入する事は無く、俺はそこで一度立ち止まる。というのも、現状の車庫に止めている状態だと荷物を運び出すのは割と大変だと思われるのだが、ただそれだけの為に車をわざわざ外に出すのもまた面倒であり、何れを選ぶべきかを考える必要があった。
その思考に暫しの時を費やした後、そもそも地面から少し高い場所に家屋が建っているという特殊な構造故に、車庫に止めたままでは荷物の運搬は難しいどころか殆ど不可能である事に気付いた俺は玄関に置いていた車の鍵を手に取ると、玄関の扉を開けて今度こそ颯爽と外へと飛び出していく。
いや、実際には普通にゆっくりと歩いて外に出ただけなのだが、未だ数日はサボりそうだと思っていた仕事に二日目にして取り掛かるという俺にしてはかなり前向きな行動に、本人の気分的にはフライアウェイという具合だった、という事である。
ともあれ、先程は突然の来客やその正体への驚きの方が勝っていた為に気が付かなかったが、こうして飛び出した外界は雲一つなく……とは言わないまでも晴天に恵まれており、朝のすっきりとした空気をこうして味わうのも本当に久し振りの事だった。いや、徹夜をした後にという事を含めればそこまで久し振りという訳でもないのだが、この様に一応は睡眠を取った後という状況でそれを味わうのは、かつての生活のサイクルでは基本的に不可能だったのである。
まあそれはさておき、耳を澄ます……までもなく耳に入りまくる鳥の囀りは都内で聞いた物とはまた異なっている気がするし、そのすっきりとした空気もまたその頃よりも随分と澄んでいる様に感じられ、気付けば俺は思わずにやけた顔をしてしまっていた。その理由は自身でも正確には分からなかったが、無論その例外も多々あるとはいえど、その表情からして決して悪い感情によるものではないだろう。
強いて言えば、この天気の良さが寝不足の身体、特に目の辺りには中々に響いてはいるが、それも含めてこの朝の何とも言えない爽やかな感覚は、俺にとっては非常に新鮮なものだった。なお、無論それは同時に懐かしいものでもあるのだが、その事について思考するとこの行動の目的に反する、則ちまた余計な事を考えて精神にダメージを負う可能性が高い為に、敢えてその感覚には気付かない振りをするのであった。




