第48話「この感情は何だろう」
という訳で、幸か不幸か更に眠気が緩和された俺は、やはり昨日の自身の若菜への対応が間違っていた事を改めて確信すると、この胸の痛みを誤魔化す様に取り敢えず一口のお茶を喉に流し込む。なお、気付けば既に折角起動したゲームの画面は先程から殆ど動いておらず、放置時にのみ聞く事が出来るいくつかのキャラクターの台詞が恐らくランダムに繰り返されていたが、既にその本来の目的は果たされたも同然である為に、今更その状況を変えようとは思わなかった。
いや、厳密に言えばそれはそのゲームによって果たされた訳ではないのだが、兎に角それをプレイした目的が既に達成されている事は間違いなく、寧ろその音声が考え事の邪魔をしている様に感じられた為に、俺はそのゲームをそっと終了する。尤も、その音声やゲームを一応は開いているという事実が眠気の緩和に関係していたという可能性も無い訳ではないのだが、別にその時はもう一度開くなりしてまたそれを試みれば良い話である。
ともあれ、結局は思考に集中する事になった俺は続けて先程の出来事を振り返ろうとするが、その前にまた新たな、そして当然の疑問が浮かんで来る。俺の若菜への対応が拙かったのは恐らく確かだとして、それならば何故若菜はあの様な……明らかに豪華な朝食を差し入れるに到ったのだろうか、と。
それについて考えた時、先ず最初に思い付いたのは謝罪……というと少し大袈裟だが、まあ言ってしまえば俺の機嫌を取る為だという説だった。則ち、二十年振りに帰郷した幼馴染にわざわざ挨拶に行ったのに、何故かその対応が素っ気ないというか、余所余所しい感じだったので、自身が何か気分を損ねる様な事をしてしまったのでは、と考えた若菜がその対応として「豪華な朝食」を用意した、という説である。
いや、無論これが傲慢というか、非常に身勝手な説であるという事は俺も理解しているのだが、実際に俺が身勝手な人間であるからか、最初に思い付いたのはこの説だったというだけである。まあ、一応は論理的にはあり得ない話でもないのだが、それだと時間軸的にステーキ用の肉を用意する事が難しくなるので、若菜の心情を考えるまでもなくやはりこの説は誤りだと考えられるだろう。
と、そこまで考えた時、俺は例によってそこで或る事実、もとい可能性に気付くと、まるで天啓を受けたかの様な衝撃を受ける。それはこの疑問を解決に導くどころか、先程の春菜との会話の中で生じていた別の疑問、則ち春菜が答えを誤魔化した自らの質問の答えにもなり得るものだった。故に、俺はその可能性について脳内で慎重に検討していくが、現時点で既に俺にはそれが事実としか思えない程の信憑性を帯びている様に感じられていた。
先ず、時間軸を追って考える限り、あのステーキ用の肉は明らかに事前に用意されていた物という事になり、若菜の……少なくとも俺が知る限りでの性格を考えれば、余程の理由が無ければあの様な贅沢な品を用意する事は無いと考えられる。そして、直近でその「余程の理由」となり得る出来事と、昨日の若菜のこの家への訪問、及び先程の春菜の訪問の理由と言動を照らし合わせれば、やはり導かれる答えは一つしか無かった。
則ち、恐らくは俺の両親を経由して俺の、つまり凡そ二十年振りに再会する幼馴染の帰郷の日を知った若菜は、それを祝う為……とまでは言わずとも、まあ再会を祝して俺を食事に招くつもりだったのだろう。しかし、何処かの愚か者の所為でそれを切り出す雰囲気ではなくなってしまい、仕方が無くあの場ではそれを諦めて帰宅したのだが、折角の肉が勿体ない等の理由により先程それが春菜の手によって届けられた、という事である。
無論、やはりこれが傲慢なというか、自惚れた考えであるという事は自覚しているのだが、合理的に考えればこれ以上の結論を出す事は俺には出来なかった。いや、というよりも、二十年も連絡すら取っていなかった身でこんな事を考えるのはそれこそ自惚れが過ぎる事ではあるのだが、この推測が傲慢なものであるとは思わない程度には、かつての彼我の関係は特別なものであったと、少なくとも俺はそう信じているのだろう。
ともあれ、こうして突如抱えていた様々な疑問が、少なくとも俺の中ではめでたく解決された訳だが、それも良い事ばかりではなかった。いや、自身の愚かさを省みるという意味も含めて、それ自体は間違いなく良い事なのだが、それによる俺の心身への影響という副産物までを含めて考えるのであれば、非常に遺憾ながらこの様に表現をせざるを得なかった。
則ち、その若菜との過去の想起による影響も含め、昨日からの一連の出来事の真相を知った俺の胸の辺りには、最早思わずその部分を押さえて蹲らずにはいられない程度の痛みが走っていた。後悔、申し訳無さ、或いは嬉しさ。その痛みの要因は自身でも良く分からなかったが、自然と滲む瞳を誰の視線から隠すつもりなのか、そうして蹲った俺は自身の顔を左腕で覆っていた。




