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第47話「手前勝手ではない人間などいないのだ」

 その事実に若干の名残惜しさを感じつつも、同時に今なら安らかに眠れるのではという誘惑が胸中に湧き上がるが、俺はその何れもを無視して食卓へと急ぐ。それにしても、あれだけ騒がしかった存在が消えていた事にも気付かなかったとは、やはり先程からの一連の出来事は俺にとって、相当に思考能力を費やさざるを得ないものだったのだろう。


 などと、改めて先程の出来事を軽く、走馬灯の様に振り返りながら食堂へと辿り着くと、俺は自身の指定席であるパソコンの前の椅子に無駄に勢い良く腰掛ける。未だそれを目的に回収したゲームを起動してはいなかったが、少しでも身体を動かしたのが奏功したのか、今にも眠りに落ちそうな程であった睡魔は気付けば幾分か緩和されていた。


 直前にそれについて振り返っていた事もあり、いくらか鮮明になった自身の思考に俺は先程の出来事、及びそれに付随した情報について少し考えたくなるが、それは再度先程の悲劇……則ち寝落ちを誘発する危険性が高いと思われる為、先ずは大人しくゲームを起動する事にする。幸い、高難度のコンテンツに挑戦するのでなければ、このゲームはそれ程に集中力を要する類の物ではないので、別にプレイしながら考え事をする事も難しくはないだろう。


 尤も、それは普段の、それなりには頭が回転している状態での話ではあるのだが、仮に今はそれが難しかったとしても特に困る事がある訳ではないので、やる前に諦めたり躊躇ったりする必要は無い。無論、それは別にこの事だけに限った話ではなく、それ自体に多大なコストを要したり、大きなリスクを伴ったりしないのであれば、という条件付きではあるが、あらゆる物事は取り敢えず挑戦してみる事が重要である。


 などと、非常に無責任な事を考えながら、俺はスマートフォンを操作して例のゲームを起動する。というのも、俺の様な……則ち孤独かつ社会的な地位も持たない人間は、時にこの様に分かった様な事を言ったり考えたりする事で、自身が他者よりも真理に近い優れた人間だと思う事により、自らの精神的な安定を図る事が必要なのである。


 などと、主語を巨大化した更なる無責任な事を考えながらゲームの起動を待っていると、やがて画面が切り替わり可愛らしい女性キャラクターの後姿が映し出される。なお、たった今「更なる無責任」と表現したものの、やはり前者の考えの方がより無責任であるという気もして来ていた。何故なら、少なくとも好きな女の子に告白をした事すらないという程度には、俺はその挑戦という物から最も遠くにいる人間と言っても過言ではないからだ。


 ともあれ、そんな無駄な考え事もゲームのプレイを進めている内に鳴りを潜めていき、やがて俺の意識はゲームに関する事を除けば殆ど空っぽになっていた。つまり、ゲームをしながら先程の出来事について考えるという目論見は外れてしまった事になる訳だが、俺は別にそれが悪い事だとは思わなかった。無論、その逆もまた然りではあるのだが、独りの部屋で赤面する程の羞恥を覚えるという羽目にならずに済むのであれば、それもまた良しというものだろう。


 つまるところ、先程の一連の出来事、及びそれに付随する情報について考える事自体は決して悪い事ではないが、それは則ち好きな……もとい好きだった女性やその娘の事を考えるという事であり、それを平然と行えるだけの精神力を俺は持ち合わせてはいない、という事である。尤も、誰かとちょっと目を合わせただけでもそうなってしまう為、俺の場合は「赤面する程」という表現ではその羞恥の重さは測れないのだが、まあ今回に限ってはそれを一般化した場合と同等だと思っても良いだろう。


 という訳で、「或る事柄について考えていない」という事を考えた結果、結局その「或る事柄」について考え始めてしまうという良くある展開により、俺は気付けば先程の出来事を振り返り始めていた。そしてその結果、則ちつい先程よりも更に深く振り返った結果、俺の胸中、もとい脳内には早速或る疑問が湧いて来る。


 則ち、今日最初に会った時、つまり此処に来訪した時点では春菜は恐らく何かに怒っていたと思われるが、その理由は何だったのだろうか、という疑問を俺は今になって漸く抱いたのであった。だが、その遅さは兎も角、流石に昨日の今日で俺が春菜に何かをしたとは考えられない為、その疑問自体は当然のものである、という様な事を考えた時だった。


 いや、春菜自身の事ではないのであれば、それこそ当然その理由は自明である、という事に俺はそこで漸く気付く。則ち、概ね昨夜の俺の両親と同様の理由、つまり俺の若菜への態度に対して春菜は怒っていたのだろう、と。尤も、本当に怒っていたのであれば、という話ではあるが、その当時の若菜の寂しそうな表情を思い出せば、まあ恐らくは間違いはないだろう。


 ともあれ、早速自身の胸に刺す様な痛みを味わい、やはりこの件についての思考は止めておくべきだったとも思うが、俺は同時にその逆の思いも抱いていた。確かに、この様な感覚を続けて味わっていては俺の精神が持つかは怪しくはあるのだが、それが恐らく俺が味わうべき感覚であるという事は措いておくとしても、未だ残る眠気を覚ますにはその痛みはいい塩梅だった。

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