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第39話「悩みとは、大抵その原因以上に人を苦しめるものである」

「……別におかしな物が入ってたりはしないので大丈夫ですよ?」


「ああ、ごめん。別にそういう訳じゃなくて、ちょっと……いや、かなり意外な申し出だったから」


 その俺の呆け具合を見かねたのか、ビニール袋を差し出した姿勢で静止していた春菜が続けて口にしたその言葉を聞き、慌ててそう言いながら漸くそのビニール袋を受け取る。実際、昨日の再会であれだけやらかした事を考えても、その翌朝からこの様な、好意的であるとも言える行動を取られるとは露とも予想はしていなかった。


 尤も、本来は未だ惰眠を貪り続けていた筈の俺とは異なり何かしらの事情があるのかもしれないが、こうして訪れたのが本人ではなく娘の春菜である事からも、その好意は単に二十年振りに帰郷した友人へのそれという事なのだろう。だが、それでも受け取った右手に掛かる重みを実感するにつれ、俺は胸中に確かな喜びが湧いて来る事を感じていた。


「そうですか? 私はまだ見ての通りぴちぴちの学生だから分かりませんが、お母さんと高見澤さんは四十年来の幼馴染なんですよね? そんな相手が二十年振りに帰って来たんですから、これくらいは普通の事なんじゃないですか?」


 だが、俺のその本心からの言葉に対し、春菜は心底そう感じている事が分かる様な口調でそう続けざまに疑問を口にする。そのやや速くなった口調もそうだが、その言葉の途中に何気なく混ぜられた冗談めかした部分も含め、やはり性格的には若菜とは少々異なっている様に思えた。


「……いや、確かに若菜……もとい君のお母さんとは生まれた時からご近所さんではあったけど、実際に交流し始めたのはもう少し後の話だし、そもそも俺達は未だ四十には届いていないからね。だから精々三十五年来って所だよ」


 そうして、一連の予想外の事態に未だ混乱状態にある意識の中でも、妙に冷静な分析をしていたが故の少々の間を置いてではあるが、その春菜の冗談に呼応したのか、俺の返答も自然と冗談を混ぜた様な言葉になる。それは我ながらコミュニケーションに難があると自負している俺にとっても意外な反応だったが、やはりその容姿に懐かしさを覚える為かは不明だが、この完全に予想すらしていなかった状況にも俺は次第に慣れて来ているのかもしれなかった。


「それは失礼をいたしました」


 その俺の苦言……もとい冗談に、春菜が自身の頭を軽く叩く様な仕草をしながらそう謝罪……という名の冗談を口にする。その様子からも、やはり親子でありながら性格は随分と異なっているという事がしみじみと感じられた。とはいえ、無論どちらが良いという話ではないが、その違い故にあまりにも酷似した容姿に混乱せずに済むという意味では、正直に言えばその性格の違いには斜め上の有難さを感じていた。


「……まあ、別に責める訳じゃないからそれは良いんだけど、実際にそれが、つまり俺達の様な状況ならこういう事をするのが普通なのかは、残念ながらもうぴちぴちではない俺にも分からないね。というか、こんな特殊な状況に置かれる人の実数が少な過ぎて、とても一般化は出来ないんじゃないかな」


 それが明らかに本心からの物ではないとは理解しながらも、そうして謝罪をさせてしまった事に若干の申し訳無さを感じつつ、こちらも続けて冗談めかした答えを返す。実際にその見慣れた外見が理由かは確かめる術も無いが、こうして殆ど初対面の相手との、しかもそれが美少女かつ幼馴染の娘という非常に特殊な関係の人物との会話であるという状況の割には、自身でも驚く程に自然に話をする事が出来ていた。


 尤も、その特殊な関係が正の方向に働いた結果という可能性も無い訳ではないのだが、何れにせよそれを確かめる術も存在しなかった。なお、これまでの自身の経験から判断する限りは、俺が自然に話をする事は必ずしも良い事ではないのだが、やはりそれもその見慣れた容姿のお陰なのか、不思議とその事への不安を抱く事も無かった。


「なるほど。確かにそうかもしれませんね。ところで、その袋を受け取ったという事は、中身も食べてくれるという事で良いんですよね? 何が入っているか確認しなくて良いんですか?」


 事実、その抱かなかった不安が杞憂である事を証明する様に、春菜は俺の発言の意味を問う様な事も無くそれに理解と同意を示すと、急に話題を俺が先程受け取った袋、つまり若菜から俺への差し入れの事へと変化させる。


「え? それは勿論、ご馳走してくれると言うなら有難く頂くけど、確かに朝ご飯というには妙に重い気はするね」


 その急な話題の転換に間抜けな声を出してしまうが、考えてみればそもそも先程までの話こそが脱線の結果であり、それが至極尤もな転換である事を理解すると、直ぐに例によって正直な答えを返す。そして、その言葉通りに漸くその袋の不自然な、と言うのは些か過剰ではあるのだが、一般的な……少なくともこの様にビニール袋で手軽に持ち運ばれる様な朝食とは異なる重みに気付くと、俺は同じく漸くその袋の中を覗き込むのだった。

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