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第37話「或る出来事に対して抱く感情は本能的に決まっているのか、それとも教育の賜物なのか」

 それ故に、俺は仮にも客人を待たせてはいけないという単純な思考で真っ直ぐ玄関へと向かうが、こうして突然の来客により動悸がする程の驚きを覚え、自身でも冷静ではないと自覚している状態にあっても、その来客の正体については薄々と予想は付いていた。


 というのも、この様な時間であれば宅配便等の外部のサービスという可能性は考え辛く、そうでない相手でかつ我が家に訪れる可能性がある人物というのは、幸か不幸かは各人の価値観による所ではあるが、まあ現状では非常に限られていると言って良かった。


 という訳で、俺は期待と不安が入り混じった様な、それこそ昨日この家に到着する直前に抱いていた物に近い感覚を覚えながらも玄関の扉とは逆向きに置かれたサンダルを雑に履くと、もたれ掛かる様に目の前の扉に左手を着いて右手でその鍵を開ける。そして、一つ深く息を吐いてからその扉を開け放つと、朝の眩しい光と共に目に入った光景は予想していたそれとは少々異なるものだった。


「あ、おはようございます、高見澤さん。って、その顔……もしかして今ので起こしちゃいましたか?」


 その光景への驚き故に言葉を失う俺に対し、その予想とは少々……つまり年齢や服装等が異なる人物が、概ね予想していた通りの声でそう声を掛けて来る。気の所為か、最初の挨拶の時点では目つきや声色が少々きつく感じられた気がしたが、その直後の質問の時には昨日の出会いの時と同様のものであったので、寝起き直後の為か、或いは突然の来客への驚き故にか、偶々その様に感じられただけなのだろう。


「……ああ、おはよう。……ええと、柴田さん?」


 その奇妙な齟齬に、というよりもそれを含めた予想外な事態に脳が混乱する中、先程と同様の待たせる訳にはいかないという思いのみで何とか言葉を返す。だがその瞬間、目の前の人物、則ち我が愛しき幼馴染の娘である春菜は溜め息を一つ吐くと、やれやれといった様子で小さく首を横に振る。


「……何をそんなに他人行儀に。春菜で良いですよ」


 一体何がお気に召さなかったのかは分からないが、どうやら先の自身の感覚は気の所為ではなかったらしい。その春菜の態度にそんな事を考えていると、春菜が心底呆れたという様子で俺の言葉に答えを返す。


 その姿や声はやはり若菜と瓜二つと言っても良い位だったが、当たり前だがどうやら性格は随分と異なっている様だ。少なくとも、どちらかと言えば大人しい方の性格である若菜が、殆ど初対面の大人に対してこの様な態度を取る所を俺は見た事は無かった。


 とはいえ、別にそれが不快だとか失礼だとか言うつもりは無く、若菜も俺の両親とは随分と親しげに話していた事を思えば、まあ現在の彼我の立場もそれと似た様なものだとも思えて来る。尤も、この春菜の態度が親しげであるかは諸説あるのだが、わざわざ本人が他人行儀を指摘して来ているのだから、此処ではその説を信用しておく事にする。


「……分かったよ、春菜さん」


「は、る、な。ですよ」


 そんな事を考えていたが故の間を置いてから、正直に言えば女性を下の名前で呼ぶ事には一定の抵抗を覚えつつも、その春菜の言葉に応じようと少し無理をしてそう答えたのだが、間髪を入れずに春菜がそう念を押して来る。


 その強引さは若菜には無かったものであり、やはり性格は随分と異なっているのだなと感じるが、ふと若菜にもそういう所はあった事を思い出す。いや、無論殆ど初対面の相手に対してその様な姿を見せたりはしなかったが、何かしらの譲れない事があった時などには、俺を相手には梃子でも動かない様な時もあったものだった。


「……分かったよ、春菜ちゃん」


 という訳で、礼儀を理由に断った所で恐らくは譲らないであろうという推測に基づき、その要求に最大限応じる形で改めて言葉を返す。だが、流石に初対面に近い女性を、というよりも他者全般を呼び捨てにする事に強い抵抗を覚える様になった今の俺には、逆に失礼に聞こえるという可能性を押してでも、その様に呼び掛ける事が精一杯だった。


 いや、心中では存分に呼び捨てにしているだろうという話ではあるのだが、あくまでも実際に呼び捨てる事が偉そうで嫌だというだけなので、心中に於いては俺が他者をどう呼ぼうとも自由である。それは実際にこの国の憲法で保障されている権利であり、たとえば気に入らない人間を脳内ではゴミ呼ばわりしようとも、それを咎められたり罰せられたりする事は無い。


 尤も、それはあくまでもそれらを表に出さない場合に限っての話なのだが、SNS等の表現の手段が普及した事による功罪か、昨今ではどうもその辺りを勘違いしている人も多くなっている様な気がする。まあ、直接相手にぶつける事とどちらがマシか、という話になると俺にはその答えは分からないのだが。


「……まあ良いでしょう。それで、やっぱり私が寝ている所を起こしちゃったんですか?」


 そうして思考が脱線し掛けていた所に、春菜が満足げにそう呟いた事で現実に戻される。そして、そのまま先の問い掛けをもう一度繰り返された事により、俺は漸くそれに未だ答えていなかった事を思い出す。則ち、此処まで平静を装って受け答えや思考をして来た訳だったが、この様な美少女、しかもかつて思いを寄せていた相手と瓜二つな人物を相手にしていては、やはりその所々にボロは出ていた、という事なのだろう。

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