第34話「誰かの情熱が誰かを苦しめる事もある、という寓話」
いや、単にそのルートを通る理由、則ち洗面所から玄関に向かう理由が乏しい為に、その機会が少なかった事をその様に誤認しているだけかもしれない。などと、即座に自身の認識に自ら異を唱えながら、ごく短い道中を辿って食堂に辿り着くと、俺は先ずスマートフォンの充電器をコンセントから取り外し、それとスマートフォンの本体を持った状態でその場の消灯を済ませる。
「いや、まずったか。流石に暗いな」
その刹那、自身の行為を即座に後悔しながらそう呟くと同時にスマートフォンのスリープを解き、その画面の僅かな明かりで前面を照らしながら、和室までの短い道中を過剰に慎重な歩調で進んでいく。それは傍から見れば滑稽な姿だろうが、幸いな事にこの喜劇を鑑賞している人物は俺以外には存在しなかった。
そして直ぐに、だが普段のそれよりは遥かに長い時間を掛けて和室へと辿り着くと、俺は手探りで電灯の紐を見つけ出し、それを引く事で光源を確保する。今から寝るのに何故明かりを付けたのか、という事を少しでも考えたのであれば、それは想像力の欠如を意味するので自らを省みる事をお勧めする。
などと、その存在しない観客に対する忠告を脳内で呟きながら、その光源を利用して充電器をコンセントへと繋ぎ、例によってその逆の端をスマートフォンへと接続する。そして、少し考えてからアラームを午前十時にセットし、消灯の為に再度電灯の紐を引いた時だった。
豆電球に変化する事を予期していた俺の予想を裏切り、その外観からして時代を感じさせる電灯が一段階、例えば執筆作業をするには若干暗いと感じる程度の明るさへと変化すると、俺は思わず軽く吹き出してしまう。いや、情緒はどうなっているのかという話ではあるのだが、その現代の若者にはとても通じないと思われる機能に今になって触れた事で、例えるのであれば何処かの古びた蕎麦屋でピンクの公衆電話を見かけた時の様な、何とも言えない可笑しさを感じたのだった。
尤も、この例えも若者には通じないだろうという事は兎も角、少なくとも四十手前の大の大人の物としては、俺の情緒が一般的なそれとはかけ離れている事は恐らく事実なのだが、まあこの可笑しさには同意してくれる人も世の中に多少なりは居るだろう。
ともあれ、一通り笑って満足した俺が続けてもう二回その紐を引くとその電灯への電力は完全に遮断され、その場に存在する光源は充電器に繋がったスマートフォンが放つ僅かな光と、障子越しに薄っすらと差す月明かり、或いは星の明かりのみになる。その光景に本日何度目かの懐かしさを覚えながら、俺は布団に入り込んで右側を下にする様に寝転がると、どうせ暫くは眠れないのだろうという悲観的な思いを抱きながら目を閉じる。
なお、今度は豆電球ではなく完全に消灯した訳だが、そもそも本来は俺は寝る時には完全に消灯する派であり、先程は仮眠という事で敢えて豆電球を点灯させただけの事である。尤も、どちらの状態にせよ眠れる時には眠れるしその逆も然りなので、自身がすんなり眠りに就ける条件を俺はこの歳になっても未だに知らないのだが、まあ普通に考えれば完全に消灯している方がそうなり易いような気はするという話だ。
だが、こうして視界を閉ざした事によりその他の感覚が鋭敏になった結果、俺は今日はもうその瞬間が訪れない様な気がし始めていた。というのも、窓の外では田舎の名物である蛙の大合唱が開催されており、元よりこの歳になってもモスキート音を容易に聴き取れる程度には鋭敏な聴覚を持っている俺にとっては、とても安らかな眠りに就ける様な状況である様には思えなかった。
いや、つい先程まさにその中で寝ていたじゃないか、というのは尤もな指摘だが、あの時は自身の内面というか、感情やら思考やらに意識の多くが集中していた為に気にならなかっただけであり、本格的な睡眠へと向けて幸か不幸かそれらが落ち着いてしまっている今となっては、どう頑張ってもその歌声が耳から離れる事は無さそうだった。
とはいえ、子孫を残す為と言えば一気にそれは失われるが、要は好きな娘の為に……とは言わずとも、誰かを愛する為に自らの喉を嗄らす事も厭わないその情熱は、この俺がこの歳に至るまでついぞ手に入れる事が出来なかった物である。そんな事を思えば、その歌声も決してただの騒音などではなく、何処か浪漫に溢れた物の様に感じられてくるのだった。
尤も、その歌声に対する感じ方がどの様に変わった所で、無論俺が置かれている状況が変化する訳ではない。則ち、例えば自身の最も好きな楽曲を大音量で流されていても当然そうである様に、周囲から響き渡る歌声がどれ程に浪漫に溢れた物であろうとも、結局の所それが原因で俺の入眠が妨害されるという事実には一切の変化は無いのであった。




