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第33話「世界には数学や歴史よりも余程学ぶべき事がいくらでもあるが、その事を誰も教えてはくれない」

 ともあれ、そうして四十手前の成人男性としては如何かという姿を晒した甲斐もあり、俺は程無くして風呂場の扉の正面にある収納スペースから目的の物、則ち未開封の歯ブラシを発見する事に成功する。まあ、今日日ではこういう事を言うと顰蹙を買いそうではあるのだが、その白と薄桃色の組み合わせの所謂女性的な色合いはお世辞にも俺に合っているとは言えないし、そのブラシ部の形状や硬さ等も俺の好みとはかけ離れているのだが、今日の所はその存在に素直に感謝しておこう。


 という訳で、一先ずは水道水を両手に溜めるという原始的方法で口を濯ぎ、その恐らくは母親の予備の物であったであろう歯ブラシを用いて自身の歯を磨いていく。案の定、その自身の好みとは異なる道具を用いての歯磨きは強い違和感を覚えるものではあったが、そもそもが自身の失敗が招いた事態であり、寧ろその窮地を救ってくれたその歯ブラシには重ねて感謝を申し上げたい。


 とはいえ、流石に今後もそれを長期間使用する気にはならない為、勿体なくは思うもののそれは今日でお役御免という事になるだろうが、たとえ一度きりでも誰かの危機を救う事が出来たのであれば、その道具自身も、それを作った者を初めとして此処に来るまでに関わった全ての者達も、きっとその存在には十分に意義があったとは認める所だろう。


 などと、例によって自身の行動を正当化する事にだけは余念が無い所を見せつつも、それなりの時間を掛けて自身の口内の洗浄を概ねにではあるが完了する。尤も、最近は昔からは考えられない程に念入りにそれをしていた為に、正直に言えば未だ少々物足りない様な感覚はあるのだが、無い物強請りしても仕方が無いので此処は潔く諦める事にする。


 とはいえ、別に何にとは言わないがそれを使用する予定があるだとか、そこまでは言わずとも口臭を気にする様な相手が出来たという訳ではない。単純に、二年程前だったか、この歳になって虫歯になるという恥ずかしい思いをした事は兎も角、その治療後に行われた歯石の除去の際の痛みと、その後も定期的に歯科医に通う度に同じ目に遭った事により、人生も半ばを過ぎようという時になって漸く、俺も自身の歯の磨き方を改めるに到ったという訳である。


 尤も、無論だからと言って何度も痛い目に遭ってから急にそう思い立ったという訳ではなく、その度に段階的に自身としては改善をしていったつもりではあったのだが、つい数か月前にも同様の目に遭った事により、遂に通常の歯ブラシ以外の様々な道具等を用いるまでに到った、という訳だ。


 つまり、それらの道具等が此処には存在しない為に口内の洗浄に物足りなさを感じたという訳であり、それは何れにせよその類が売っている店には明日にでも行く必要があるという事を意味していた。則ち、此処で歯ブラシが見付かろうが見付かるまいが、どちらにせよ俺は買い物に行くという面倒を負う事にはなる訳だが、にもかかわらずその発見に感謝した事には我ながら自身の成長を感じてしまう。


 いや、四十手前にもなって成長も無いものだ、という事は兎も角としても、この一連の流れの何処に成長を感じる要素があるのかという話ではあるのだが、かつては面倒を理由に歯を磨かない日さえあった事を思えば、それを知る者から見ればこの変化は感涙ものといっても過言ではないだろう。


 まあ、それを知る者が俺しか居ない事は兎も角、結局は自身の健康の為という事で徹頭徹尾自分の事しか考えていない訳だが、俺の哲学によればそれは別に悪い事ではない。というよりも、その俺の哲学では全ての選択は基本的に自身の意思によって行われるという事になっているので、たとえ他者の為に自らが損をする選択をしたとしても、それは自身の為の行動であると解釈されるのだが。


 ともあれ、こうしてまた下らない思考を挟みながらも、歯を磨くという眠る前に最後にすべき事を為し終えた俺は和室に戻る前にこの場所の消灯を済ませようとするが、そこで漸く或る重要な事実……は流石にもういいか、則ち最後にやるべき事がもう一つ残っている事に気付き、来た方向とは違う扉から洗面所を後にする。


 その最後のやるべき事を済ませる為に、俺はそのままトイレの電気を付けて便座へと腰掛けると、何故此処までその事に気付かなかったのかという程に存分に溜まっていたものを排出する。余談だが、俺はこの歳にして尿の切れが非常に悪く、小用の場合でも他者よりも圧倒的に長い時間を要するのだが、何の暇潰しの道具も無い状態でその時を過ごす事には中々に虚しさを感じざるを得なかった。


 という訳で、早くも明日やるべき事の二つ目を見付けつつ、用を足し終えた俺はトイレを後にして洗面所へと舞い戻ると、手を洗いながら今度こそ本当にやるべき事が全て済んだ事を確認し、洗面所の消灯を済ませて食堂へと歩き出す。なお、距離だけで言えば玄関を通った方が近いのだが、食堂の消灯等を済ませていない事を抜きにしても、何となく昔から廊下側を通る事には抵抗を覚えていた。

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