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第32話「時には開き直る事が最善の選択肢になる事もある」

 ともあれ、何とか初稿を書き終えた俺は急に落ちた自身の作業効率に若干の不安を覚えながらも、早速それを改めて見直す事で誤字や脱字を探すと共に、執筆時とは異なる客観的な視点で見る事でその完成度を高める事を試みる。尤も、自身が書いた作品を完全に客観視する事などは当然不可能なのだが、可能な限りそれに近付く様に努めて見直す事が、作品の……少なくとも文章の完成度を上げる為には肝要である、と俺は信じている。


 という訳で、自らの信念に従って自身の作品をその最初の読者になったつもりで読み進めて行くが、今回はその文末の表現にちょっとした変更を加える程度で、その終盤に至るまで大きな改善点が見付かる事が無かった。だが、本来であれば喜ばしい筈のその事実にも、今の俺は若干の不安を抱かずにはいられなかった。


 無論、毎日執筆をしていれば時にはこの様な事もあり、その様な時には大抵は初稿の執筆が上手くいったという事で納得する事が多いのだが、今回は執筆の後半……と言っても残り二割程度ではあるのだがそれは兎も角、そこで大いに苦労したという前提がある。則ち、先の中断の影響でこの見直しという作業の調子も落ちてしまっており、その結果本来であれば気付く様な改善点を見落としてしまっているのではないか、という疑念を抱いてしまったという訳だ。


 とはいえ、その執筆の前半は快調に進んでいた事も確かである上に、その様な疑念を抱いたからと言ってもう一度見直しを行ったとしても、無理に改善点を探そうとして逆にその完成度を落としてしまう可能性は十分に考えられる為、此処はもうさっきまでの調子が良かった自分自身を信用して校正を完了した事にしてしまおう。尤も、そもそも大半の読者は小説には物語を求めているだけであり、この様な細かい文章の表現の違いなど、作者以外には気にしていないという可能性が非常に高いのだが。


 ともあれ、そうして完成した原稿をサイトの機能で朝九時に投稿される様に設定した事で、晴れて俺の本日分の仕事は完了と相成る。しかし、これで達成感もひとしお、と言いたい所だが、執筆の後半の調子の悪さやその後の自身の見直しの精度への疑念により、そのめでたさとは裏腹に俺の胸中は何とも言えない曇天模様といった具合になっていた。


「よし、寝るか!」


 とはいえ、無事に仕事が終わったという事は確かなので、俺は気を取り直す為にわざと明るめにそう口に出すと勢い良く椅子から立ち上がる。そして、その勢いのままマウスを操作し、パソコンをその画面のままでスリープ状態にする事で、この後無駄に時間を消費する事を予防する。というのも、普段であれば仕事を終えた後は何かしらの娯楽に触れてから寝る事にしているのだが、折角こうして生活のリズムを改善出来る機会が訪れたのだから、それを無駄にする事はしたくなかった。


 という訳で、俺はそのまま歯を磨く為に勢い良く洗面所の方向へ歩き出すが、直ぐに一種のコントの様な動作で大袈裟に来た方向へと向き直ると、テーブルに置かれたお茶のペットボトルとコップを回収する。そして、それらを所定の場所へと片付けると、今度こそ洗面所へと向かって歩き出すが、そこからは先程の様な勢いは失われていた。


 とはいえ、この様な短い距離の移動であれば多少の勢いの差による影響は殆ど無く、僅か数秒でこうして洗面所に辿り着いた訳だが、そこで漸く俺は或る重大な事実に気付く。いや、今日だけでこれで何度目だという話ではあるのだが、そこはやはり転居という人生の一大事の影響という事で許して欲しい。などと自身に対して懇願したのは良いものの、無論、それでその気付いた事実が変わるわけでもなかった。


 則ち、俺はそこで漸く自身の歯を磨く為の道具を用意していない事に気付いたのだが、折角だから新品を用意しようと、旧居で使用していた物は既に破棄してしまっている為、仮に車まで取りに行く気力があったとしても、現状でそれを用意する方法は存在しなかった。


 しかし、本来であればこれで現実に絶望する、或いは諦めて適当に口を濯いで眠る事になる筈なのだが、今日の俺は一味違っていた。いや、厳密には俺自身はただ間抜けに道中でそれを購入するのを忘れていただけなのだが、今日この家で自身が遭遇した出来事、もとい状況を考えれば、未だこの状況にも希望が残されているのは確かだった。


 その僅かな希望に縋り、俺はその洗面所の収納スペースを端から順に調べていく。則ち、その希望とは両親が歯ブラシも残してくれているかもしれないというものであり、要するに完全に他人任せ以外の何物でもないのだが、此処は敢えて開き直らせて貰う事にしよう。息子が両親に頼って何が悪いのか、と。

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