第25話「幼い僕ら」
ともあれ、そうして辿り着いた脱衣場から台所、食堂、リビングと、合間に充電していたスマートフォンを回収しつつもそれぞれの消灯を済ませていく内に、次第に暗くなっていく家の中に俺は何とも形容し難い感覚を覚えていた。しかし、最終的な目的地である和室では未だ電灯が自身の仕事を果たしている為に、俺の周囲が完全に暗闇に包まれたという訳ではないのだが、その感覚が人類の本能としての若干の心細さである事は否めない様な気はしていた。
それ故に、俺はその感覚に無理に逆らわず、暗闇から逃げる様に未だ明るさを保っている和室へと小走りで駆け込むと、そのまま真っ直ぐに押入れの前まで移動してその襖を開く。そこにはこれからの一人暮らしには明らかに過剰な量の布団が収められており、やはり両親は単に面倒だから片付けずに出ていったという説が俺の中では濃厚になる。
だが、今日の所はどれでも良いかと適当に手前にあった布団を取り出した時、その説の信憑性は一気に怪しさを増した。というのも、そうして取り出した布団には明らかに見覚えがあり、両親がわざわざ同じ物を自分達でも用意したのでなければ、それは帰省時に俺が使用していた物だった。
いや、それだけではだから何だという話ではあるのだが、二人暮らしになった事でそれ程の広さを必要としなくなった両親は基本的には一階での生活をしていた為に、帰省した時の俺は常に二階の和室で寝ていたのだから、その時に使用していた布団が此処にある事は本来であればおかしいのである。
そして、わざわざそれを此処に移動させたという事には何らかの意図がある筈であり、その事と冷蔵庫に残されたお茶等の、今日これまでの自身にとって都合が良い体験を考えれば、それらは次に此処に住む事になる息子、則ち俺の為にわざわざ残された物である可能性が高い、という事になるだろう。
尤も、今自身の布団を取り出した押し入れに未だ所狭しと積まれている布団等、その為だけならば残しておく必要が無い物も多数残されているので、やはり面倒だという考えが無かった訳でもない気はするが、まあ色々と助かった事は確かなので追及はしないでおこう。それにしても、人の親としては当然の事なのかもしれないが、相変わらず息子には甘い人達だ。
ともあれ、俺はそうして取り出した布団をそのまま畳の上に下ろすと、続けて押し入れから掛け布団と枕を取り出し、その上に放り投げる。そして、そもそも既に頭部の感覚から何となくそれを察していたからこそのこれらの行動ではあったのだが、改めて右の掌で自身の後頭部を軽く撫でると、やはりそこに水気は感じられなかった。
という訳で、そろそろ仮眠を取ろうかと、時代を感じる紐を引くタイプの切り替え方法で現在の明るい電灯を消し、同じく時代を感じる豆電球を点灯させた時だった。そこで漸く俺は大きな失敗をしていた事に気付いたが、最早それを取り返すにはあまりにも遅過ぎた。
則ち、その具体的な用途は敢えて伏せておくが、俺はいい歳をして寝る時には枕を二つ必要としているにもかかわらず、それ故にわざわざ転居前の自宅から持って来たその片割れが未だ車の中でその解放の時を待っているという事に、俺は今更になってから気付いたのだった。
尤も、かつて帰省した時には現在目の前の畳に置かれている寝具のセットで寝ていた訳なのだが、少なくとも俺が十全に眠る為にはそれらだけでは不足している事は経験的に確かだった。また、その車までは別に大した距離がある訳じゃなし、必要ならば単に取りに行けば良いだけという話ではあるのだが、それをする事はこれまでのいくつかの努力や出来事の意義を無にしてしまう事になる為に、俺にはその選択をする事は出来なかった。
要するに、また例によって俺の勝手で済む話なのだが、何はともあれ今回も無事に新たな後悔を覚える事に成功した俺は、大人しくそれを抱えたままその布団に横になる。とはいえ、枕の有無による影響は兎も角としても、この様な精神状態はどう考えても良い休息とは無縁の物ではあるが、悲しい事に俺はそういった事には慣れていた。
というよりも、そもそも「良い休息」だとか「十全に眠る」などという事が出来た覚えは、少なくとも俺が思い出せる限りに於いてはだが、殆ど、或いは全くもって存在しなかった。尤も、此処まで散々述べて来た感覚や感情についてと同様に、俺がそう感じているだけで実際には毎日のこれが「良い休息」であったりするのかもしれないが、少なくとも過去の自身のそれと比較する限りはとてもその様には思えなかった。
つまり、枕を車に忘れて来た事も、その事に対する後悔を抱えたままで眠りに入る事も論理的には大した問題ではないのだが、結局はそれを決めるのは自身の心である。則ち、あらゆる事を無駄に悲観的に見る癖がある俺は、結局はそれらの問題を重く受け止めたまま眠りに就くしかないのであった。




