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第24話「自身が或る感情だと思っていたものが、本当にその感情であるとは限らないというお話」

 という訳で、その事を誤魔化す意味も込めて自身の後頭部を掌と指の腹で軽く掻いてみるが、その触れた部分には未だ幾分かの冷たさが感じられる。則ち、それは未だ寝室へと向かうには早いという事であり、同時に何らかの方法で時間を潰す必要がある事を意味していた。


 その方法を如何にするか。暫しの間、動画の再生を終えた時のままの状態になっている画面を眺めながらその事について考えた後、俺は椅子から立ち上がり再度玄関の方へと歩き出す。というのも、俺はこの家に足を踏み入れてから行く先々で電灯のスイッチを入れて来たのだが、未だそのどれ一つとして切った覚えは無かった。


 いや、確か風呂場のそれだけは切った様な気もするが、流行りのエスディー何とかの事はどうでも良いとしても、これからの電気代の支払いは当然ながら自身が負担する事になるのだから、少なくとも今日はもう使用しない部分については、それ以上明るさを確保している意味も理由も必要も無かった。


 尤も、それはあくまで自身を納得させる為の論理的な説明に過ぎず、あくまで仮眠とはいえ本当はそういう気になる事が残っていると俺は眠れないというだけの話なのだが、まあ行動の理由などというものは、いつの時もさして重要な事ではない。


 ともあれ、斯くして俺は玄関を訪れた訳だが、未だその部分の明かりを消す必要は無い……というよりも、現時点でそれを消してしまうのは先程の疑惑の正しさを証明してしまう事と同意義である為、俺はそのまま例によって使用者への配慮に欠けている階段を、今度は一段ずつややゆっくりと上っていく。先程は探検に赴く様なテンションの高さを保っていた為に勢いのままに進んでいったが、今度はあくまでもその後片付けに過ぎない事もあり、無駄に汗を掻かない事を優先したという訳である。


 しかし、その甲斐の有無も良く分からないが、結局はその行為自体にそれなりの疲労を感じつつ二階へと辿り着いた俺は、直ぐにその後片付けという目的を果たす事も無くその場で暫し立ち止まる。とはいえ、無論その目の前の部屋に足を踏み入れる事に躊躇したという訳ではなく、今日この家で未だ足を踏み入れていない唯一の空間、則ち二階の和室の様子を見に行くか否かを考えていた。


 いや、それだけの行為であれば大した時間も労力も必要とはしないのだから、別に見たければ見に行けば良いという話ではあるのだが、当然ながらその様な事は俺も理解している。となれば、今度は何を考える必要があるのかという話になるのだが、その事について万人が理解出来る様に説明する事は俺には出来そうもない。尤も、言葉にしてみれば「折角だから未知の空間を残しておきたい」というだけの事なのだが、その思いを理解出来る人間が世の中にはそうはいない事を俺は経験から知っていた。


 ともあれ、結局はその思いを優先する事にした俺は目の前の部屋に足を踏み入れると、先ずかつてベッドが置かれていた方の、次に今自身が入って来た扉がある方の電灯のスイッチを切ってその部屋を後にする。その結果、当然ながら二階は一気に暗闇に包まれる事になり、俺は逃げる様に階段を早足で下りていく。その際、その上部には手摺の様な物が存在しない為に、壁紙を擦る様にして身体のバランスを保つ感覚に、俺はまた昔を思い出して胸に若干の痛みを覚えていた。


 なお余談ではあるが、俺はいつの頃からか殆ど毎日の様に腹痛を抱えて生きており、かつてその事を親父に話した時に「俺は腹が痛くなる事なんて年に数回しか無い」という様な事を言われた事があるのだが、その様な胃腸の調子にかかわらず、便意を催した時には必ず一定の腹の痛みを覚えるものだと思っていた俺としては、その話は些か信じ難いものだった。


 とはいえ、これは別に俺の胃腸が弱いとか親父は強いとかいう話がしたかった訳ではない。則ち、俺が生涯を経て「痛み」だと思っていた感覚が、他人にとってはそうではないという可能性があるという話なのだが、当然ながら他人の感覚を実際に体験する事は不可能である。実際にその感覚は俺しか感じていないのかもしれないし、同様の感覚を覚えている上でそれを痛みとまでは思っていないのかもしれないが、それを確かめる術は恐らくは存在しないだろう。


 つまり、何が言いたいのかといえば、俺が昔を思い出した事で覚えたその胸の感覚が本当に痛みであるのかは諸説あるという事なのだが、結局は前述の通りそれを確かめる術は存在しないと思われるので、俺にとっては痛みであるという事にしておこう。


 ともあれ、そういう訳で若干の胸の痛みを覚えながら階段を下り終えると、俺は玄関の電灯も消してリビングへと舞い戻る。その際、例のガラス付きの扉がちょっとした騒音を立ててしまうが、幸か不幸かこの空間には俺以外の人物は存在しないので、さして気にする必要も無いだろう。


 だが、それ自体は実際にその通りだとしても、そもそもリビングに入った事自体が例によって非効率的な行動であり、直ぐにその事に気付いた俺は本日何度目かの自身の不手際に対する羞恥を覚える。しかし、その騒音の事もあり今更再度その扉を開けて脱衣場の方へと向かう気にはならない為、それが非効率だとは理解しながらも、俺は何事も無かったかの様に食堂側を経由して脱衣場へと向かうのだった。

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