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第23話「何かを始めるのに遅過ぎる事は無いなどと嘯く人も居るが、生まれた瞬間に諦めざるを得ない事などいくらでもある」

 という訳で、そうと決まれば早速寝室へ……と行きたい所ではあるのだが、そうもいかないのが悲しい人の性、もとい俺の性である。と言っても、別に寝る前に決まったルーティーンがあるだとか、その前にやるべき事があるとかいう話ではなく、それはひどく単純な理由によるものだ。則ち、たった今風呂場から出て来た俺の身体が、その中でも特に髪の毛が未だ濡れているという状況では、俺はとても布団に入ろうとは思えなかった。


 故に、身体と髪が乾くまでの間は何らかの方法で時間を潰す必要があるという意味では、結局は先程と同じ状況に陥ってしまったという訳なのだが、それ位の時間ならば流石に大した問題ではない。何故ならば、俺の頭髪はかつて此処に住んでいた頃から、より厳密には中学に通っていた頃の一時期から殆どその形態を変えておらず、いい歳をして所謂坊主頭という形態を保っている為である。


 尤も、無論長い人生に於いて一度は常識に屈して別の髪型を選んだ事が無い訳ではないのだが、自身の髪質という解決の仕様も無い問題の影響もあり、結局はこの様々な観点に於いて最も楽である髪型に戻って来たという訳だ。ちなみに、その問題というのはひどい天然の縮毛の事であり、かつてガキの時分にと或るバンドのボーカルに憧れた時に髪を伸ばそうとした事もあったのだが、いつまで経っても下に伸びる事が無い自身の毛髪に俺はそれを諦めたのだった。


 ともあれ、その様な短い時間を潰すというだけであれば、普段の様にその方法に拘る必要も無い。故に、俺は気を楽にして食堂のパソコンの前まで戻ると、未だ表示され続けていた画面から適当に動画を選んで再生する。


 そして、例によって機械音声と共に始まったその動画を眺めながら、そう言えば放置されたままだったお茶をコップへと注いでからその画面の正面の椅子へと腰掛けると、自然と深い溜め息が零れて来る。その意味する所は自分でも良く分からなかったが、俺はそれを自身が漸く真の意味で落ち着いたのだと解釈すると、今日という一日を軽く振り返ってみる。


 慣れない早起きから始まり、車への荷物の運搬や長い運転を経て故郷への帰還を果たすや否や、春菜との遭遇で心臓が止まるかと思う程の驚きを味わう。そして、待ちわびた瞬間であった若菜との再会にて対応を誤った挙句、恐らくその事が原因で両親に罵詈雑言を浴びさせられたりしつつも、新たな我が家で懐かしさに浸るという、字面だけ見ると不思議な体験を経て今に至る。


 しかし、こうして改めて振り返ってみると、今日という一日がどれだけ濃密であったかという事が良く分かる。いや、その殆どが自分一人で完結している為、見る人によってはとてもそうは思えないかもしれないが、少なくとも直近の数年間はあまりにも無味無臭な生活を送っていた俺にとっては、下手をすればその内の一年には匹敵する程度に色々な事があった一日だった。


 とか何とか考えている内に、例によってその内容を殆ど把握出来ないままに進行していた動画では、主人公が見知らぬ相手と激闘を繰り広げていた。思えば、基本的に世の中では平和が尊いという風潮になっているが、ストレートに戦争を描いた物でなくとも、ゲームでは大概誰かが誰かと戦っている様な気がする事に、俺は何となく違和感の様な感覚を覚える。


 とはいえ、無論それがおかしいと宣いたい訳ではなく、要するに人は本能的にはある程度戦いを求める物なのだが、実際に誰かを傷付けるのではなくそういった創作物を用いてそれを満たしているという事実に、何というか人間の理性的な部分を感じられて感心した、という事なのだろう。尤も、その限りではないから日々世の中では様々な争いが起きているのだが、此処では取り敢えずは平和に暮らしている大多数の方だけを考える事にする。


 少なくとも、実際に平和主義者と嘯いている俺がプレイしているゲームに関しても、その殆どに何らかの形での戦闘が含まれているし、昨今で人気を博している小説に関しても程度の差はあれその傾向はあるだろう。尤も、作家としてあるまじき事だとは思うが、俺は様々な理由により現在売れている小説を読む事は無い為に、それが事実かは分からないのだが。まあ、タイトルや表紙から推測出来る限りでは、恐らくは間違いないだろう。


 ともあれ、こうして再度思索に耽っている内に気付けばその動画も終わりを迎えており、あくまで外部から聞こえて来る環境音を除けばであるが、辺りはすっかり静寂に包まれていた。しかし、元来俺はそれを愛する性質であった筈だが、突如として……少なくも俺の認識の中ではその様に訪れたその静けさには、何か別の感情を抱かずにはいられなかった。


「……と、また全然見ていない内に動画が終わっちまった」


 その事を誤魔化す様にわざわざ口に出してそう呟くが、その内容自体はその為にでっち上げた物という訳ではなく、俺が本心から思っている事でもあった。というのも、今回は適当に再生したそれが比較的短い物であったとはいえ、最近はゲームをプレイしたり今回の様にぼうっとしている内に再生した動画が終わっている事が少なくない事は、少なくとも人として良い傾向であるとは思えなかった。


 尤も、単なる加齢による認知機能の低下であると言えばそうなのだろうが、未だ真の意味では夢を叶えられていないという事はさておくとしても、まさにその認知機能、則ち自身の意識という物に何よりも重きを置いている俺としては、それは可能な限り認めたくはない事実だった。

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