第19話「大人はみんな懐古主義者(オールドタイプ)」
ともあれ、そうして少しでも冷静さを取り戻す事が出来た事により、俺は何とか即座に連コ、もとい続けての対戦募集をせずに済む。そして静かにブラウザを閉じると、また改めて開き直して某動画投稿サイトへと舞い戻る。無論、この様な運による敗北は確かに怒りを覚えるものであり、敗北の悔しさも相まってその解消の為に勝利を求めて再挑戦したくはあるのだが、そうする事がどれ程に愚かな事かを俺は知っていた。
というのも、麻雀とは先述した様に多大な集中を要するゲームである為、その様な精神状態では何かを見落とす等の原因でまた敗北を重ねてしまう可能性が高く、その敗北によって更に精神を乱してしまうという負の螺旋が完成してしまうのだ。
しかも、今回の様に少しでも冷静さが残っていればその事に気付く事も出来るのだが、その最中には次の敗北も運によるものだと信じてしまう事が非常に厄介であり、幾度もそれを繰り返した後、最終的には何らかの物損或いは発狂という結末が待っているのである。
尤も、自身の感情をきちんと処理する事が出来る通常の大人であればその様な事も無いのだろうが、残念ながら俺は通常の大人にはなれなかった様なので、その事を経験として知っている、いや知ってしまっているという訳だ。
そんな事を考えていると、次第に抱えていた怒りが悲哀へと変化していく事を感じるが、ふと視界に映った或る物に強く興味を惹かれた事で俺の意識が自然とそちらへと集中した為に、今回はそれに溺れる事にはならずに済むのだった。
その興味を惹かれた物……則ち俺を悲哀の渦から救ってくれた物とは、テレビゲーム黎明期の頃の或るアクションパズルゲームの機械音声による実況プレイ動画、より厳密にはそのサムネイル画像だった。そのゲームソフトはかつて実家、則ち今現在俺が身を置いている場所にも置かれていたのだが、その頃の俺にはクリアするどころかルールの把握すら困難だったものであり、その事への懐かしさとどうクリアするのかという興味に導かれる様に、俺の手は自然とマウスのカーソルをその画像に合わせてクリックをしていた。
尤も、先述の様に俺の頭脳は極端な程に能力が文系の方向へと偏っている為に、大人になった現在どころか人生で最も頭脳が活発に稼働していた頃でさえそのゲームをクリアする事は出来なかったであろう事は、その動画を見るまでもなく自身でもはっきりと分かっているのだが、此処は自らの自尊心を守る為にもやや上から目線で視聴しておく事にする。
ともあれ、そうしてその動画を視聴し始めた訳だが、やはり幼少期の思い出とリンクした為だろうか、普段の様にゲーム等の作業をしながらではなくとも、その時間には微塵も退屈さを感じなかった。その時代のゲーム機の性能は現在よりも大幅に低かった為に、その画質やBGMの音質は今のゲームとは比較にもならない程に劣っている筈なのだが、それらの……則ちゲームの画面や音楽の表現までもがそうだとは思えなかった。
無論、そこには懐古による贔屓目が入っていないとは言わないが、それを抜きにしても、俺にはそういったデフォルメされたドット画による表現や、電子音によるある程度単純な和音の音楽の方が優れている……とまでは言わずとも、少なくとも自身には合っている様に感じられていた。
尤も、その様なドット画が好みであるとはいえ、流石にもう少し後の時期の、具体的にはそのゲーム機の後継機となるゲーム機の中期から後期辺りの物の方が、より俺の好みには合っているのだが、音楽に関してはその頃の、則ち俺にとっての黄金期の物と比しても遜色が無い程に素晴らしい物だと思えていた。
なお、肝心のゲームの内容の方に関しては、やはり俺にはとてもクリアが出来る様な類の物ではないという事を、動画の初期の時点で既にありありと見せつけられた形になっていたが、それでもその時間に微塵の退屈さも感じる事は無かった。
というよりも、寧ろその様な自身ではクリア出来なかったり、金と時間を費やしてまでプレイしようとは思わないゲームを疑似的に体験出来るという事が、この様な所謂実況プレイ動画と呼ばれる物の醍醐味というか、存在価値であると言えるだろうと俺は思う。無論、その存在について様々な意見が存在する事は承知しているのだが、少なくとも俺はその様に考えて日々その類の動画を視聴している。
などという事を考えている内に、気付けばその動画もエンディングを迎えていたが、今度はその内容もしっかりと把握、及び記憶する事が出来ていた。先程それが出来なかった時との違いは一見するとゲームの有無の差にも思えるものの、その時にもゲームは放置していただけであったので、結局はその差が何処にあるかは不明だが、恐らくは単純に思考への入り込み方が違っただけなのだろう。
尤も、その入り込み方の違いの理由も不明である為、結局はその疑問は何の解決にも到っていないのだが、その事についてこれ以上考えても仕方が無い事だけは分かっていた。それ故に、俺は動画の再生を終えた後に表示される関連動画から適当に一つを選んでクリックすると、続けて再生されたその動画の内容へと意識を傾けるのだった。




