第12話「アニミズム」
ともあれ、そうして謎の熱気を自らの身体に感じながらも、パソコンという仕事と娯楽の双方に於ける最大の利器を手早く、とは言わずともそう手こずりはせずにテーブルの右端の方にセッティングしていく。その直ぐ隣には窓があるのだが、実際に問題があるのかは兎も角何となく直射日光を本体に当てる事には抵抗がある為、その窓のカーテンはもう二度と開かれる事は無いだろうと思うと、また何となく切なさの様な感覚を胸中に覚える。
「……ええと、これはどっちの奴だ?」
だが、それには敢えて気付かぬ振りをする為に、俺は作業の途中に湧いた疑問をわざと口に出して呟く。別に自分のそういう妙に感傷的な性質が特別嫌いという訳ではないのだが、流石にこういった実務作業の合間にいちいちその様な精神攻撃を受けていては、その効率は著しく下がってしまうのだから仕方が無いとの判断によるものだ。
とはいえ、その疑問が思わず口に出してしまうに値するものである事もまた確かであり、結局俺にはその疑問の答えを出す事が出来ぬまま、則ち本体とディスプレイの電源コードの見分けが付かないまま、そこで作業を止めない為に最終的には勘でその割り当てを決める事にする。まあ、それだけ似た見た目の物であれば、恐らくその機能も似た様な物だと思われるので、きっと動かないという事は無いだろう。
「まあ、大丈夫だろう……多分」
気を取り直す為にまたわざとその思考を口に出しつつ、その後も段ボールとテーブルを往復してパソコンのセッティング作業を続けていく。その途中でUSBコネクタ―の向きを二度連続で間違えるという奇跡を起こしたりはしたものの、作業は概ね順調に進んでいき、俺は過去の自身の用意の良さに感謝していた。
というのも、その場所からは電源プラグまでも、かつては電話線のみが存在していた場所に増設されたインターネット回線から伸びるモデムまでも絶妙に離れており、その双方へのアクセスを容易にする器具が既に用意されていた事はその作業を円滑に進める為に、というよりもその場所でパソコンを使用する事自体の為に非常に助かる事だった。
それらは、則ち電源タップとLANケーブルの無駄とも思える長さは、かつての狭さに定評があった職場兼自宅では無用の長物と言っても過言ではなかったのだが、新たな環境ではこの様に非常に大きな利点となっている。その事にまた妙な感動を抱きそうになる事を咳払いで誤魔化すが、その際に喉の違和感を覚えて更に咳込んでしまい、何をやっているんだと思いながらもコップを持って台所へと向かう。
そして辿り着いた冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出して蓋を開けるが、そこで少し考えた結果そのまま中身をコップには注がず、一度コップを軽く水洗いしてから改めてそこにお茶を注ぐ。別に目に見える様な埃が付いていた訳ではなかったが、それが置かれていたテーブルの上で散々作業をした後では、とてもそのコップをそのまま使う気にはなれなかった。
尤も、それならば真っ先にコップを洗えという話ではあるのだが、先の様に咳込んで喉に違和感を覚えている状態であれば、冷静な思考が出来ずとも仕方が無いという事で一つご理解頂きたい。その様な思考で自らを再度誤魔化しつつ、またコップの中身を一息で飲み干すと、今度は埃が入らぬ様にとそれをその場に置き去りにし、ペットボトルを冷蔵庫に戻して作業を続ける為に食堂へと戻る。
とはいえ、既に大方の作業は済んでいた為に、マウス等の細々とした外付けの器具を取り付けるだけで直ぐにそれは完了した。人として当然ながら、その事を確認する為にも取り敢えずは電源を入れたくなるが、その欲求を敢えて我慢してそれが入っていた段ボールを先に片付ける事にする。
これは昔からの癖の様なものなのだが、何かその時に最もしたい事がある時、俺は今回の様に敢えてそれを後回しにしてしまう事が多い。とはいえ、別に我慢をする事が好きとかそういう事ではなく、最もしたい事をする時には何の憂いも無い状態で行いたいというだけであり、それはゲーム等の娯楽でも仕事でも同様である。尤も、では車に残された荷物等はどういう事なのかという話なのだが、その癖よりも優先される精神作用もあるというだけの話である。
ともあれ、それを何処に置くべきかというちょっとした思考を間に挟みながらも、その段ボールを早々に和室の押し入れに封印する事に成功した事で、一先ずは後顧の憂いを片付けた……と判断した俺は食堂に戻り、無駄に大仰な動作と共にパソコンの電源スイッチを人差し指で押下する。先の一件があった為にやや心配しながらその様子を見守るが、直ぐにその内部の何らかの部品が回転を始めた事を示す音が鳴り響き、取り敢えずはほっと胸を撫で下ろす。
しかし、その後のあまりにも……という程ではないにせよ明らかに遅い立ち上がりには、先程の段ボールの片付けの前に電源を入れておくべきだと思わずにはいられなかったが、再度咳払いをする事で自らを誤魔化す事を試みる。幸いにも今度は咳込む様な事は無かったが、何をやっているんだという思いが消える事も無く、残念ながらその試みは失敗に終わるのだった。




