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第11話「人は他者を観客とした演者の様なものだが、孤独な者にとってのそれは自分自身である」

 とはいえ、それをしない限りは仕事をする事は出来ず、家賃が不要という大きなアドバンテージを抱えているとはいえ、それでも仕事をしない限りは生きる事も出来ないのがこの資本主義の国家というものである。無論、もっと広い視点で見ればその限りではないのだが、少なくとも俺がその類の行政サービスを受ける事が出来ない事は、この一先ずは五体満足な身体とそれなりには機能している頭脳からも明らかだった。


 尤も、仮にも作家という自由業を営んでいる事は措いておくとしても、転居という人生に於けるそれなりの一大イベントを行った日であれば普通は丸一日休みを取るものである事は確かであるのだが、或る事情からそうはいかないという事なのである。まあ、実際にはそうした所で大した問題がある訳ではないのだが、投稿サイトでの毎日の更新は休みたくないという個人的な考えの為に、今日という一日を完全に休業にする訳にもいかないのだ。


 要するに、荷解きをしなければならないと思っているのも、にもかかわらずやる気が出なくてそれをせずにいるのも完全に自分の勝手でしかないという訳なのだが、俺の様な孤独な人間にとってはそれが全てである。そのどちらの欲求がより強いものかを自らで判断し、その回答によって行動を決めるのだ。


 などと格好の良い言葉で取り繕ってはみたものの、要するに俺は自分勝手な人間であり、やる気が出なければ自分のすべき事でも放棄する怠け者であるという事でしかない。だが、その事を否定するつもりは一切無いが、この毎日の更新は俺が真面目に……少なくとも俺としてはそう生きる為の、敢えて大袈裟に言うならば、自身が生きている事を許す為の最後の砦であり、それを止めてしまったらもう、今後の人生を前向きに生きていく自信は持てなかった。


「んああああああ」


 だが、それを理解していても尚、心身の疲労からか俺の身体はその場を動こうとはしなかった為、そう奇声を上げながら背伸びをする事で気合を入れ、それを無理やりにでも動かす事を試みる。すると、実際にそれが奏功したかは不明だが何とか立ち上がる事には成功し、結局はこの思案中には飲む事の無かったコップの中身を飲み干して玄関へと歩き出す。既に身に染みて分かっている事ではあるが、この様なやる気の無さとは大抵の場合は動き出すまでに掛かっているハードルに過ぎない為、その足取りは決して重いものではなかった。


 そうして辿り着いた玄関には当然ながら先程運び込んだ二つの段ボールが置かれており、その一方が目的となるパソコンが収められた物だったが、それを持ち上げる前にその前で立ち止まり少し考える。とはいえ、流石にそのどちらが目的の物かが分からないという訳ではなく、この独りで住むには明らかに広過ぎる家の中で、それをどの部屋に置くべきかという事を寸前になって漸く考え出したのである。


 尤も、かつての事を考えれば二階の洋室こそが自室というイメージがあり、事前の段階では実際に今回もその様にするつもりではいたのだが、一階だけでも独りでは十分過ぎる広さがある為に、良く考えればわざわざ二階を使用する必要はあまり無い事に気付いたのだった。そして何よりも、この車から玄関に運ぶだけでも重労働に思えた物体を持ったまま背後にある階段を上る気力は、件の一件の有無にかかわらず持ち合わせてはいなかった。


 という訳で、自動的に一階の何れかの空間からその設置場所を選ぶ事になる訳だが、それもまた悩ましい問題である。何故なら、俺は仕事の空間と食事等を取る空間は分けたい性質であり、この家の特殊な間取りによりその場合はパソコンは和室に置くという事になるのだが、そこに重い物を持ち込んで畳に跡が付く事もまた避けたい性質である為だ。


 つまり、それもまた完全に自分の勝手でしかない訳なのだが、自分の性質である限りは付き合って生きていくしかない。などとまた格好の良い言葉で誤魔化してはみるが、今度はそれ程重大な選択という訳でもない為、俺はその自身の性質同士を勝手に戦わせてみる事にする。


「よっこいしょっと」


 その戦いは思ったよりも遥かに早く決着し、その勝敗によって決定した方針に従う為に段ボール箱の前で屈むと、そう言いながら腰を壊さない様に気を付けてそれを持ち上げる。万年運動不足の俺にはその重みは相変わらず堪えたが、先程の様な季節外れの暑さの中ではないというだけで気も身体も随分と楽なものであり、そのまま目的地へと軽快に、少なくとも当社比ではその様に表現出来る速度で運んでいく。


「よっこいしょ……っと、こっちの方が良いか」


 そして無事に目的地である食堂へと辿り着くと、再びそう言いながら運んで来た段ボールをテーブルの上に置こうとするが、それを寸前で止めて床の上へと下ろす。とはいえ、それは別に置きっぱなしのコップを思っての事ではない。最終的にはテーブルの上にパソコンを設置するつもりではあるのだが、そのセッティングをする為に段ボールから中身を取り出すのにはどう考えても床に置いている方が都合が良い事に、またも寸前になって漸く気付いたのであった。


 なお、俺は仕事としてのパソコンでの作業は流石に椅子に座ってしたい性質でもある、というよりも腰痛を防ぐ為にもそうせざるを得ない上に、現状ではこの家でそれが出来る家具はこのテーブルのみである為、そもそも先の思考自体も全くの無意味であったのだが、そんな事は今はどうでも良い事だった。いや、本当は全くもってそうでもないのだが、そう思わなければこの自らへの羞恥をやり過ごす事は出来そうになかった。

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