第101話「一般的だと思っていたチェーン店がローカルなものだった事を知る、それが成長である」
「……成程? だから昨日も、仮にも初対面のおっさん相手にあんな悪戯が出来たりしたって訳だね。ああ、分かってるとは思いながらも一応言っておくけど、俺以外の……とまでは言わずとも、知らないおっさん……もとい異性にはあまり近付かない方が良いと思うよ。優しい人ばかりとは限らないし、あらぬ誤解を生みかねないからね」
その春菜の発言から暫し経ち、俺は未だそれを聞いた事により生じた後悔から立ち直った訳ではなかったが、仮にも自身が望んだ言葉を話して貰ったのにいつまでも黙ったままではいられない……という事を始めとするいくつかの理由により疲弊した意識に鞭を打つと、その言葉への納得の意を示す旨を含めた言葉を何とか絞り出す。
尤も、春菜の言葉に、より厳密にはそれにより図らずも知る事になった、自身の様々な過去の話が若菜の手、もとい口によって少なくとも娘の春菜に対しては伝わっているという事実により、最早自身の顔面はおろか全身に甚だの熱を感じている今の俺には自身が何を言っているのかすら良く分かっていないのだが、どうにか失礼な事や見当違いな事は言っていないとは信じていた。
「……勿論分かっているので大丈夫ですよ? それよりも、日が暮れる前にそろそろ出発しませんか?」
その俺の返答から暫しの間を空け、これまででも最長と言える程に返事が無かった事で俺の自らの発言への信頼が揺らぎ始めた頃、漸く笑顔を浮かべた春菜がその沈黙を破る。その長い間の事は少し気になりはしたものの、それ以上に気になったのはやや唐突な出発の提案だったが、季節柄まだまだそれには時間があるとはいえ、帰りの事も考えればその提案は至極尤もなものだった。
「うん? ああ、そうだね。それじゃあ、車を用意するから少し待ってて」
それ故に、俺はその唐突さから一度は疑問の声を上げたものの直ぐにそれを承諾すると、そう言って返事も待たずに車庫の方へと下りる。とはいえ、無論直前の春菜の言動には未だ心からの納得が出来ていた訳ではなかったが、それを推測する為の手掛かりが圧倒的に不足している事を措いても、そもそも他者の胸の内など分からなくて当然である事は重々承知している為、俺はこの疑念……という程でもない違和感を意識の外へと追いやるのだった。
「はい、お願いします」
門の方から聞こえて来るその声を結果的には無視しつつ、運転席に乗り込んだ俺はいつもの儀式をしてから車をゆっくりと出発させるが、その際に自身の右側の窓越しに見えた光景はあまりにも意外なものだった。
いや、それは良く考えれば当然の光景であり、それを意外だと思っているのは俺の思慮不足の結果以外の何物でもないのだが、その思慮不足故にぼうっとしたまま必要以上に車を移動させてしまいそうになる事を何とか堪えると、俺は車庫からその前半分が出た辺りで一度車を停める。
「ええと、買い物って何処に行くんだっけ?」
そして、そのまま運転席のパワーウィンドウを全開にすると、その意外な光景の真っ只中……則ち先程は陰になっていて見えなかった自転車と共に居る春菜に向けて、そもそも事前に訊いて置くべきであった事を今更になって尋ねる。というのも、この様な半端な所で停止している事からも分かる様に、行くべき方向が分からない限りは、この車を何れの方向に向けるべきかの判断は下し様が無かった。
「え? ああ、近くのスーパーですよ。あの、「デーツー」とか「ヤックス」がある所です」
その俺の車内からの問い掛けに対し、春菜は心底不思議そうに疑問の声を上げるが、直ぐに状況を理解したのか妙に懐かしさを覚える具体名を挙げて目的地を教えてくれる。その表情や声色から推測する限り、春菜も俺と同じくその事を失念していたというよりは、当然の事だから言うまでもないと思っていた様である。
なお、実際には距離的にも俺もそこだろうと予測はしていたのだが、わざわざ車で出掛ける為に俺を誘った……と先程までは思っていた事もあり、他の可能性に行く可能性を考えてもこの確認は必要だったのである。
「じゃあ、右に曲がれば……いや、危ないからこのまま待った方が良いかな?」
ともあれ、目的地が定まった俺はその方向へと車を向けようとするが、春菜との位置関係的に危険かもしれないとそれを思い止まると、再度窓の外に居る春菜に意向を尋ねる。いや、仮にも年長者である自分が決めるべきとは思わないでもないのだが、やはり本人の意思を聞かない事にはその判断はし辛かった。
「いえ。自転車を車庫に停めさせて貰いたいので、一度出て貰えると助かります。良いですよね?」
わざわざ尋ねた甲斐もあり、俺の質問を聞いた春菜はそれに否定の答えを返すと、少し移動して自転車を押す為の構えを取る。というよりも、その春菜の発言はあまりにも尤もなものである為、本来は俺がその為の車の移動をさっさとするべきだったのだが、やはり先の動揺が未だ残っているのか、或いはこの状況自体に舞い上がってしまっているのか、俺の意識は現状を正しく把握出来てはいない様だった。




