第100話「雪山で遭難したら恥ずかしい話ばかりをしていれば良い説」
「……誤魔化せなかったか。ええと、やっぱりその事って気になりますか?」
言いたくないなら無理に言わなくても良いよ。それからまた暫し経ち、概ねその様な事を俺の方から告げようかと思い始めた丁度その時、春菜が小声で何やら呟いた後にその逆を尋ねて来る。いや、実際にはその小声の呟きも恐らくは聞き取れてはいたのだが、その内容からしても聞こえぬ振りをするのが大人として妥当な行動だろうと思えた。
「いや、そりゃあ流石に気にならないって事は無いけど、別に言い辛い事だったら無理に聞こうとは思わないから大丈夫だよ」
ともあれ、その春菜の問い掛けは俺にとっては渡りに船と言えるものであった為、俺は有難くそれに便乗すると、自身の正直な感情を述べた上で大人の余裕をアピールする事を目論む。尤も、実際にはその事、則ち車で出掛けるイメージが無い理由に関しては本当に気になっているので、正直に言えば是非とも知りたい所ではあるのだが、それでも相手の意思の方を尊重する事が俺の選んだ生き方だった。
なお、別にそれは俺が優しいとかそういう事ではなく、あくまで相手の都合を考えない身勝手な行動を取る自身の格好悪さに耐えられない、という純度100%の自身の都合に過ぎない。また、それを知りたい理由も春菜が何故そう思ったのかが知りたいというよりは、これまでの話から分かる状況に於いて、どうすれば人の思考がそうなるのか、という単純な興味であるのだが、何れにせよ俺の行動には特に影響は無く、恐らく春菜にとってもそれは同様だろう。
「……いえ、別に私は言いたくないとかそういう訳ではないんですけど……、でもこれって言っちゃって良いのかな……」
その俺の大人の余裕に満ちた……と本人は思っている発言から少し間を空けて、春菜がまた何やら言葉を発し始めるが、その珍しく歯切れの悪い言葉はどうやら俺の言葉への返答ではなさそうだった。そして、例によって聞こえない振りをしてはみるものの、自然と耳に届くその言葉の内容は更に俺の興味を引くものではあったが、俺は鉄の意志で黙したまま春菜が結論を出す事を待つ。だが、外面ではどれだけ大人の余裕を繕おうとも、俺は内心ではそれが話す方に転がる事を必死で願っていた。
「……まあ良いか、話しちゃった方が面白そうだし」
その願いが通じたのか、或いは俺が実際には外面も全く取り繕えておらず、知りたいオーラを前面に押し出していたのかは分からないが、やがて春菜が呟いたその言葉に俺は内心ではガッツポーズを取りたい位だった。しかし、たとえ実際には透けて見えていたしても、あくまで大人として振る舞う事を選択した俺は未だ黙したまま、ただその次の言葉を待つのみだった。
「ええと、お待たせしました。高見澤さんも気になると仰ってたし、私も別に言い辛いという訳でもないので、私が今回車で出掛けるイメージを持ってなかった理由をもう言っちゃいますね。というのも、私はこれまで散々お母さんから高見澤さんの話を聞いて来たんですけど、その大体がやれあの裏山まで歩いて行っただとか、県外まで自転車で行った事があるとかそういう話ばっかりだったので、もう高見澤さんと車……自動車が全然繋がらなくなっちゃってたんですよ。つまり、昨日実際に見た光景よりも優先されるくらいには、私の中での高見澤さんのイメージが既にお母さんの話によって蓄積されちゃってた、という訳なんです」
俺がその大人しい待機をし始めて直ぐ、春菜は妙に可愛らしい咳払いを一つ挟むと、待たせた旨を認めた上で此処まで引っ張った謎の答え合わせを、則ち俺が知りたかった情報を洗いざらい話してくれる。だが、その待ちに待った話の内容よりも俺が先ず気になったのは、その直前の言葉の通りに面白そうに、それこそ出会ってからこれまででも最も楽しそうに話す春菜の様子そのものだった。
記憶にある若菜のそれと非常に良く似た、だが確実に少し異なるその笑顔の眩しさに思わず目を背けてしまいそうになるが、それが失礼だとかいう事を考えるまでもなく、俺はその姿から目を離す事が出来なかった。
とはいえ、それが待ちに待った話である事は間違いない為、無論その内容自体も非常に俺の興味を引くものであり、その妙な感動と平行して……というよりも、正直に言えばそれを誤魔化す為という意味も込めて、俺はその話の内容についてもしっかりと精査しながら聴いていた。だが、その想定外のあまりにも気恥ずかしい内容に、春菜の話を最後まで聴き終えた時に俺が覚えていた最も大きな感情は悲しい程に慣れ親しんだもの、則ち後悔だった。
尤も、仮に最後までこの話を聞けなければそれはそれで別の後悔を覚えていただろうし、この後悔もあくまで強い羞恥からのものであり、特にそれ以外の負の感情を抱いているという訳ではないのだが、それでも甚だの後悔を覚えずにはいられないという程度には、その春菜の話は俺にとって、色々な意味であまりも恥ずかしいものなのであった。




