8 俺は何も見てないし、聞かなかった。
翌日、朝食を食べに食堂に行く途中でピアリに捕まった。
春休み期間中で生徒が少ないし、ヒマだったのかな?
ピアリ曰く、一人で食べるより二人で食べた方が美味しいとの持論だそうだ。
それについては、俺も素直に同意する。
そして、今朝もおばちゃんはいなかった。
せっかく顔見知りになったのに、いないと少し寂しい。
……断じて、おばちゃんロスではないぞ。
朝食後、なし崩し的に俺の部屋まで付いて来たピアリが、ベルゲル先生の研究室に一緒に連れて行ってくれと言い出した。
まあ、邪魔なら先生が追い出すだろうと思って、研究室に二人で向かうことにする。
「先生、失礼します」
「失礼しまーす」
先生の部屋はやっぱり凄い本の山だった。倒壊したらどうするんだろう。
間違いなく圧死だよな。そんなの考えたくもないや。
などと考えていると、奥から先生が現れた。
「なんだピアリまで来たのか。構わん好きにしろ」
「ありがと〜先生」
随分フランクな関係なんだな、この二人。
「ところで、今日はまた検査でもするんですかね?」
ベルゲル先生の説明だと、蓄魔石に魔力を充填させる際の魔力の吸収の流れが俺の魔力出力量の変化に関係があるんじゃないかと思い、それを調べてみたいそうだ。
その先生が魔力遮断効果のあるケースに入った小型の蓄魔石を手にしている。
「先生、先にボクがこれに魔力を流してみてもいいかな?」
最初にピアリが元気よく手を上げる。
自ら実験台になるとは奇特な奴だなぁ。
「構わんが、この蓄魔石は魔力吸収効率が非常に高いから注意して触れよ」
魔力の流れが視認可能になる魔道具の眼鏡を装着した先生が、容器に入った蓄魔石をピアリに差し出す。
「それじゃ、やってみるね。……ひぎぃっ!!」
蓄魔石に触れた途端、ピアリが変な悲鳴を上げる。
そして、そのまま蓄魔石に魔力を吸われているピアリが妙に色っぽい息遣いになってるんですけど。
なんだか、見ていたらいけない気分になりそうなので蓄魔石を取り上げてケースに入れた。
「先生、今ので何かわかりましたかね?」
全身で息をしているピアリを抱きかかえながら聞いてみた。
「一瞬で終わったので、全く参考にならんかった。次はお前がやってみてくれ」
……観察実験とは無情だな。
「ところで、コイツ大丈夫なんですか? 意識朦朧って感じなんですけど……」
抱きかかえてるピアリを見ると、荒い息遣いで上気した表情に目がトロンとしている。
しかも、だらしなく開いた口元から涎が出ている。
……俺だったら、他人に見られたくない顔だなこれは。
そう思いながら、涎を拭いてあげる。
「単なる急性魔力欠乏症だから、放っておけば大丈夫だろ。……多分」
それは放置しちゃいけない症状なんじゃないのかなぁ。
それはさておき、少し試してみようと思った。
魔力吸収があるなら、供給もあるはずだ。
前世でもそんな行為が出てくる物語を見た事があったし。
魔力を吸収されていた時の感覚を思い出し、その逆の流れをイメージして俺の魔力をピアリに流してみた。
「!?」
ピアリが真顔になって飛び起きて、抱きかかえていた俺から慌てて離れた。
「今のなんなの!? 魔力を一気に流し込まれた気がするんだけど! しかも体が軽くなった気がする!!」
魔力供給は成功したみたいだな。
「お前……何をやったんだ? 魔力供給なんてふざけた真似してないよな?」
ベルゲル先生が怒ったような表情で聞いてくる。
何かマズい事をやってしまったのだろうか。
「えっと……魔力吸収があるなら供給もあるのかなぁと、やってみたら成功しちゃったみたい……です」
もしかして、禁忌の技で禁止行為だったとか?
「お前なぁ、魔力供給なんて高レベルの魔法使いしか使えないスキルなんだぞ。方法も門外不出で一切公開されない。長年の研鑽を経てようやく使えるとも言われるそれを成功しちゃったみたい、だなんて……」
片手で顔を覆って天井を仰いだ先生は半泣きになっていた。
「俺は何も見てないし、聞かなかった。そうだな?」
あ、現実から逃げた。
「もしかして、キミが魔力供給してくれたの……?」
こちらの様子を見ていたピアリが控え目に聞いてくる。
「なんかさ、やってみようとしたら成功しちゃったみたいでさ。それよりも体の方は大丈夫か?」
「爆弾発言きたよ!! そんなのやってみて、いきなり成功するものじゃないよ!?」
この反応だと、これは不用意に使うのはやめた方がいいのかな?
異世界っぽくて、いい感じではあるんだけどなぁ。
「でもおかげで助かったよ。体の痛みも気にならなくなったし」
「元々どこか調子でも悪かったのか?」
「あ……ううん、なんでもないない。とにかく助かったよ!」
ピアリはまだ熱っぽかったのか、パタパタと両手で顔を扇いでいた。
落ち着いた所で俺が蓄魔石を持って魔力の流れを観察する実験を再開した。
「うほう、何か吸い取られるけど気持ちいいいわーこれ」
そんな俺を二人が何とも言えない呆れた表情で見ていた。
魔力の流れを観察していたベルゲル先生が言うには、俺が蓄魔石に触れると魔力の発生源である魂の核から一気に全身に魔力が駆け巡っていたのが見えたそうだ。
感覚的には、血液が血管や毛細血管を通って全身に行き渡るってイメージってことかな?
ちなみに魂の核は、魔物で例えると体内にある魔石みたいな物らしい。魔物と違って人間の魂の核は実体が無いとのことだそうだ。
「なんにしても、この魔力が全身にくまなく一気に駆け巡るって現象に何かがあるのかも知れんな。その辺りを調べてみるか……。今日は助かった。もう戻っていいぞ。これは二人で分けてくれ」
先生から大銀貨一枚を受け取った。おおっ太っ腹!
「それから魔力供給の事は、他言無用にしておけよ。余計なトラブルに巻き込まれても俺は知らんぞ」
「ボクも絶対に言わないよ! キミも自覚無さそうだから言っておくけど、知られたら絶対面倒くさい事になるからね!」
フラグを立てるような発言はやめてください。
さて、今日は臨時収入も入った事だし、購買部で日用品を追加購入しようかな。
流石に下着とかは毎日洗ってるけど、数があるに越したことはないだろうし。
さも当然の様に付いて来たピアリが『こういうのが趣味なんだね』とか言って、俺の下着選びを横から覗いてくるのは、正直やめてほしいんだけど……。
結局、買い物でバタバタして疲れたので昼食は持ち帰りで自室で食べる事にした。
ピアリが持ってきたお菓子を食後に二人でつまみながら適当にグダグダしていたのだが、なんだかこういう感覚って懐かしいな。
「ねえ。ボクもここに住んでもいいかな?」
「……いきなり何を言い出すんだよ」
「こんなに広いんだから、ボクの一人や二人ぐらい増えても大丈夫でしょ?」
ピアリが二人に増えたら怖いんだけど。
冗談はさておき、ルームメイトって憧れもあるし、別に構わないか。
「そのうちベルゲル先生に聞いておくよ」
すぐにOKすると面白くないので、適当に答えておいた。
『絶対に約束だよ!』と言って、機嫌よさそうにピアリが自分の部屋に戻って行くのを見送ったのだが、ピアリが俺にルームシェアを持ち掛けた時、割と真面目な顔をしていたのは気のせいだろうか。
◆◆◆
——後年、魔力供給スキルを持つ魔法使いに魔力供給について話を聞く機会があった。
その魔法使い曰く、『魔力供給の方法を教えるにも文字に起こすのが苦手で、感覚でいくら伝えようとしても弟子達は全然理解してくれなかったので段々と教えるのが面倒になったから門外不出にしてしまった』との事だった。
……横着すんなよ。
余談ではあるが、この後しばらくして、体内の魔力の流れを研究したベルゲル先生は魔力の滞りでつらい腰痛や肩こりといった症状を極小の魔石を患部に貼って緩和する魔石治療器を開発・販売してかなり儲けたのは、また別のお話である。




