84 ただの魔力欠乏症だな
いてて。エライ目に遭ったよ。
シーラに激しく揺さぶられた挙句、手を離されてそのまま転がって壁に頭を打ち付けてしまったのだ。
「すまぬ、つい興奮してな。……しかし、リョウヤが魔人の異名について造詣が深いとは思わなかったぞ。世が世なら、どこぞの魔人にでも気に入られて眷属になっていたかも知れないな」
そんな事を言いながら顔を上気させたシーラが駆け寄ってきた。
魔人族って、中二病っぽい単語が好きな種族だったのだろうか。
「ふぉっふぉっふぉ。始祖様はそこの少年がお気に入りの様ですな。眷属にはしてやらないのですかな?」
ヨキ老人がにこやかに俺達の方に顔を向ける。
こうして見ると、ただの好々爺にしか見えないが長生きの魔族らしい。
「わらわは眷属を持つ気は無い。それにリョウヤは既に妖精と契約を結んでいる身だ。どのみち無理だな」
俺とピアリの秘密をサラっとバラさないでくれませんかね。
「ほう……興味深いですのう。妖精と契約して五体満足ならば、ますますそこの少年がただのヒトとは思えなくなりましたな」
目は見えていないのだろうけど、ヨキ老人が興味深そうに俺を見つめている。
その視線に全てを見透かされている様に感じてしまい、なんとも居心地が悪くなった。
「へえ、メディアの所にもこんな面白い子がいるんだね。後で色々と聞いてみようかな」
アーヴィルさん、それはマジで勘弁してください。
ただでさえ校長から目を付けられてるんだから、何を言われるか分かったもんじゃないよ。
思わず、校長とのやり取りを想像してしまった。
『リョウヤ。お前が半妖精と契約をしたなんて、私は報告を受けていないぞ!』
『お話するタイミングが無かったのでございます。どうぞ平にご容赦下さいませーーー!!』
その場で最大級の謝罪、スライディング土下座を敢行する未来しか見えない……。
そんな益体も無い想像をしていると、ずっと無口だった護衛のエルダイさんが初めて口を開いた。
「……アーヴィル様、そろそろお時間です」
今まで気配を殺して影の様に控えていた人が急に動くと、ビックリするんですけど。
「もうそんな時間か。それではヨキ、息災でな」
「そうでありますか。アーヴィル様も御身大切にしてくだされ。……して、メディア嬢とのご関係はどうなりましたかのう」
「余計な事を言うな!!」
突然アーヴィルさんが大声で怒鳴った。
そんなにも校長との事は、触れて欲しくない話題だったのだろうか。
「……これは出過ぎた発言でしたな」
どう考えても、あの二人の間には何か複雑な事情があるのだろう。
益々気になってしまうな。
俺の予想では、実は二人が互いに好意を持っているのだが、アーヴィルさんが既婚者で許されない恋ってのが定番だと思う。
色々と想像していたら、余計にモヤモヤしてしまった。
シーラを見ると、彼女も何か言いたげな顔をしている。
「気持ちは分かるけどさ、ここは俺達が口を出す場面じゃないよ」
「それくらい分かっている」
勝手に想像を膨らませているうちに、アーヴィルさん達の別れの挨拶も済んだみたいだ。
「それでは始祖様も、妙な少年も暫しのお別れですな。この爺はまた眠りにつかせていただく。次に目覚めるのは十年後か、はたまた五十年後か……」
「ああ、お主も達者でな」
シーラが答えると、ヨキ老人は最初と同じように身動き一つ取らなくなってしまった。
恐らく、瞑想状態に入ったのだろう。
帰りの階段を上りながら、先程のヨキ老人についてアーヴィルさんに聞いてみた。
ちなみにシーラは、足が疲れたと言って俺に背負われている。
都合のいい時だけ子供扱いを求めやがって……後で嫌と言うほど子供扱いをしてやるからな。
「ヨキはね、千年近く生きている魔族らしいんだ。魔族と言っても、未開地や他国で暴れている狂暴な存在ではなくて、本人曰く、純粋な魔族だとか。そんな話をされてもよく分からないよね」
アーヴィルさんが説明しながら苦笑した。
そして、そのまま話を続ける。
「でも、ヨキは物知りだし真実を視る能力があるという事で、歴代の王族のご意見番みたいな存在になってもらっている。だから普通は王族以外の者は、あの場所には入れないんだよ。今回だって何年振りに入ったのだろうね」
「そうなんですか……って、王族以外は入れないのに、なんで俺達は入れたのですか!?」
そんなトップシークレットな場所に普通にお邪魔していたなんて、普通ではあり得ないだろ。
驚く俺に対して、アーヴィルさんが微笑んだ。
「それはね、私が王族だからだよ。……正確に言うと、私は現国王の兄なのだ」
なんですと!?
「アーヴィル様、その事は──!!」
エルダイさんが発言を制止しようとするが、アーヴィルさんがそれを遮った。
「いいんだよ。国王の兄と言っても、私は『いない者』扱いだしね」
どこか自嘲気味に話すアーヴィルさんだが、その心の内は推し量れない。
それにしても、国王の兄か。
いきなりそんな事をカミングアウトされてもなあ。
こっちもどう反応していいのやら。
今更、畏まってひれ伏すのもおかしいだろ。
恐らくアーヴィルさんも嫌がりそうな気がする。
しかし王位継承権の順位を考えると、普通は兄が国王になるのではなかろうか。
この辺についても、何か複雑な事情があるのだろうな。
「ところで、リョウヤ君は私が王族と名乗ってもあまり驚かないね」
「いえ、十分驚いていますし、ここで俺が急に跪いてひれ伏したら、アーヴィルさんは気分が良くないんじゃないですか?」
普通だったら、こんな無礼な発言や態度は許されるものではない。
だけど、アーヴィルさんもエルダイさんも何も言ってこないから、敢えて態度は改めない。
「あはは、言ってくれるね。さっきの続きだけど、私は王族としてはいない者扱いだ。普通に接してほしい。……ただ、私が国王の兄という事は内密にね」
いい歳をした大人が片目をつぶってイタズラっぽく笑うのはどうかと思うけど、彼がやると妙に様になっている。
一方、エルダイさんは、ただでさえ厳つい顔なのに苦虫を潰した様な表情でアーヴィルさんを見ていた。
……この人も苦労をしてそうだな。
ようやく上り階段も終わり、小屋の中に俺達は出た。
背負っていたシーラを地面に下ろすと、『レディに歩かせるのか!』等とふざけた事を言ってきたが無視だ。
それと同時に小屋の扉が開き、メディア校長が入ってきた。
「丁度よい頃合いだったみたいだな。それで、シーラ嬢の素性は分かったのか?」
「ヨキに見てもらったが、やはりシーラ嬢は魔人族で間違いないそうだ」
「……そうか」
「それで、メディアの方は随分と早く終わったみたいだね?」
「ああ、今回は報告だけで済まして来たからな。また国王陛下と会わなければならない事を考えると憂鬱になる」
「その時は私も同席しようか?」
「頼む、と言いたいところだが、話が変な方向にこじれそうな気がするので、遠慮しておこう」
「ははは、メディアはつれないね」
うーむ。
二人の会話を聞いていると、どう見ても気の置けない間柄だよなぁ。
それに、俺達の事を忘れて自分達の世界に入ってるっぽいし。
「……すみません、取り敢えず小屋から出ませんかね?」
いつまでも小さな小屋の中にいても仕方が無い。
俺が声を掛けると、今更こちらの存在に気づいたかの様に驚かれた。
そして気まずそうな顔をしている。
「おっと、リョウヤ君の言う通りだね」
アーヴィルさんが小屋のドアを開けて外に出た。
薄暗い場所から急に明るい場所に出たので、眩しかったのだろうか。
彼が少しよろめいたので、校長が後ろから声を掛ける。
「大丈夫か、アーヴィル」
「ああ、いつもの事だから大丈──」
言い終えないうちに、突然アーヴィルさんが膝をついてしゃがみ込んでしまった。
「アーヴィル!!」
「アーヴィル様!!」
校長とエルダイさんが駆け寄る。
「ああ、大丈夫だ。ただの目眩だ」
「ただの目眩でそんな具合の悪そうな顔になるか! 今日はもう休め……」
辛そうな顔で笑うアーヴィルさんに校長が肩を貸す。
やはり、どこか体長が悪かったみたいだな……。
「シーラ、何か分からないか?」
シーラはピアリの症状をすぐに見抜いたんだ。
彼の体調に関しても見当がついているのではないだろうか。
「あやつのは、ただの魔力欠乏症だな」
シーラは事も無げに言い放った。
魔力の欠乏……。
確かピアリの時も、魔力が枯渇して意識が戻らなかった事があったな。
同じ様な症状なのだろうか。
俺達の会話を聞いていた校長が悲痛な表情で言葉を吐き出す。
「……魔力欠乏症と簡単に言うが、アーヴィルは子供の頃からこの症状にずっと苦しめられていたのだぞ」
子供の頃からだって!?
その辛さは俺には想像できない。
校長に肩を抱かれたままのアーヴィルさんが、傍らの小型カートを指差した。
「でもこの蓄魔石があれば、少しは普通の人と同じ様に動けるようになったじゃないか……」
そこでふと、思い出した。
「これってもしかして、ベルゲル先生が研究している分野では……」
確かベルゲル先生が慢性魔力欠乏症の治療の研究をしているとか言っていたのを聞いた記憶がある。
「そうだよ。これはベルゲルに用意してもらった物だ。彼にはとても感謝している」
アーヴィルさんが力なく笑った。
蓄魔石の魔力を利用して健常な人と同じ様な生活ができる治療器具、そんな物を先生は研究開発していたんだな。
「しかし、それだって気休め程度だろう? あまり無理するな」
校長が悲しそうな表情を浮かべる。
その後ろで、エルダイさんも心配そうにしていた。
「やっぱり、ピアリみたいに魂に問題があるのか?」
再びシーラに聞いてみる。
「……特にそういった事ではなさそうだな。魔力の流れが滞ってるだけだと思うから、リョウヤがなんとかできるのではないか?」
「え? 俺が!?」
いきなり言われても意味が分からない。
なんとかできるって、そんな無責任な事を簡単に言わないでほしいよ。
「リョウヤ……お前、アーヴィルを助けられるのか?」
そんな俺を校長が縋るような目で見つめてくる。
「大丈夫だ。わらわの言う通りにすれば全て上手くいく」
シーラが自信満々の表情で、俺の背中をバシッと叩いた。




