806 それ、本人達に向かって言えるの?
これまでのお話
メアが逃げ出したので追い掛けろ!
なんか成り行きで、俺が追い掛ける羽目になってしまった。
別にそのままにしておいても良かったのだけど、カイルさんが『男なら行動力を見せるべき!!』とか言い出して面倒になったので、逃げだしたかったのもある。
彼の扱いはサヤイリスに頼んだので、気にしないでおこう。
それはそれとして、メアはどこに行ったのだろう。
今の俺なら大抵の居場所なら掴める。これが妖精界とかに逃げ込まれたらお手上げだけど。
むむむ……我が家の二階……バルコニーか。
本気で逃げ隠れしてる訳じゃないらしい。
その気があれば、鏡空間に逃げる事だって可能なんだから。
お、いたいた。
しかし、なんでまたバルコニーの隅っこで膝を抱えて座ってるんだろう。
俺は静かに近づいて、メアの隣に腰を下ろした。
「隣、座ってもいいか?」
「……もう座ってるじゃない」
それは確かに。
「ところで、なんでこんな場所にいるんだ?」
「ここが落ち着くのよ」
そう言いながら俺から顔を逸らす。
怒らせた訳じゃないだろうけど、なんだか不安になるな。
「変わってるなぁ」
「リョウヤさんに言われたくないわ」
ようやく俺の方を向いてくれた。
「まあ、この家には変わってるというか、変な子ばかりいるからなー」
「それ、本人達に向かって言えるの?」
「実は前に言った事あるんだけどさ、なんか袋叩きにされた。納得いかない」
「……本気で呆れるわ」
これ以上ないってぐらいの呆れ顔をされてしまった。
「メアもそういう顔をするようになったんだな」
「い、いきなり何を言うのかしら!?」
そして顔が真っ赤になる。
ちょっと面白いな……というのは冗談で、鏡の精霊である彼女は古代魔法王国時代の研究者に心身共々バラバラに分解されてしまい、感情を失ってしまった経験がある。
それでも自身を元に生み出された妹のエリカと同化したりして、徐々に感情を取り戻していたようにも見えたが、今のメアは感情が戻ったと言っても差し支えないだろう。
「俺は嬉しいんだよ。多分だけど、メアって元々は感情豊かな子だったのだろう?」
「面と向かって恥ずかしい事を言わないで!!」
またそっぽを向かれてしまう。
でも嫌だったら、そのまま逃げ出しているはずだ。
逃げないという事は、まだ話をしてくれるのだろう。
「……なんで私に構うのかしら。他にあなたを慕う子はたくさんいるでしょう?」
「月並みなセリフだけど、放っておけないって感じだからかな」
「本当に呆れたわ。それで私を口説いているつもりなの?」
「別に口説いてるつもりは無いけどさ……前に言った事があるんだけど、おぼえてないか?」
「おぼえていないわ」
「メアも家族の一員だって」
「!!」
ぷいとそっぽを向いたままだけど、感情が揺れているのが丸分かりである。
「やっぱり家族なら気になるだろうよ。それに、メアが元気になってくれるのは俺も嬉しい」
「……本当にそう思ってくれてるの?」
ようやくこっち向いてくれたな。
膝を抱えたままで、こちらに流し目を送ってくる表情が妙に艶めかしい。
「男に二言は無いぞ」
多分、こういう場面で使う言葉ではないと思う。
メアが呆れるが、すぐに真面目な表情になった。
「……あのね。私、自分が不安になるの」
「自分が不安?」
「そう。感情を失っていた時間が長かったから、自分の中から湧き上がる物に戸惑っているの。それは自分自身を制御できなくなる感じがして……」
もしかしたら、感情の意味自体をすっかり忘れてしまっているのかもしれないな。
理解できない物が自分の中から湧き上がるのは、確かに不安だろう。
「それは悪い事じゃないと思うよ。その湧き上がる物に身を委ねてみては?」
「いいのかしら? 私、とんでもない事をしてしまうかもしれないわ?」
「唆したのは俺だ。責任は取るよ」
「そこは、誘ったのは俺……と言って欲しかったわ」
そのまま俺に体重を預けるように抱きついてきた。
流石に予想してなかったので、一瞬固まってしまったよ。
「……なんだか落ち着くわ」
「そりゃ光栄です」
それ以上は何もしてこないので、やさしく頭を撫でてあげる。
透き通るような白銀に近い白髪が美しい。
「他の子達がこうしたがるのも分かった気がするわ」
俺が魔力供給できるものだから、鏡子さんやエリカ達が魔力を求めて抱きついてくる事があったなあ。
もっとも、手を握るだけで事足りるので悪ふざけが入ってたのだろうけど。
ちなみにだが、メルさまも寒い日はよく抱きついてくる。
彼女の場合は、単に体温を上げるためだ。変温動物ですかねと冗談交じりに言ったら叩かれた。理不尽だと思う。
それを見ていたサヤイリスが『その手がありましたか!』と呟いてたので、なんだか嫌な予感がしなくもない。
竜牙族はドラゴンの血が入っているので、爬虫類に近い習性がありそうだし。
「気が済むまで付き合うよ」
すると、メアがぎゅうっと抱きしめてきた。
「この気持ちは何かしら。ずっとこうしていたいわ」
まさか恋が始まってしまうのか!?
などと、とちょっとドキドキしたけど、これはあれだ。
単に甘えたいだけっぽいかも。
彼女はナツメさんとエリカの姉だし、精霊組の年長者として振る舞うのも意外と疲れるのかもしれない。
しばらく好きなようにさせていると、メアの体が光り始めた。
一体何ごと!?
「……あら? リョウヤさんと精霊契約をしてしまったみたいだわ」
なんですと。
「あのさ、契約って対価が必要だったじゃないか。なんで契約できるんだ?」
血や魔力や魂……精気もあったな。
「精霊を心から受け入れるのが契約の条件よ。対価を必要とするのは強制的に精霊を従える時だけ」
すると、俺は今まで強制的に契約させられてきたって事なのか!?
しかも、俺が従えるんじゃなくて逆に面倒を見せさせられているという……。
「そういう訳なので、これからよろしくお願いするわ。ご主人様」
「どういう訳か分からないけど、メアにご主人様と呼ばれるのは嫌だなあ」
「ご主人様は契約しておいて、いたぶるのが趣味なのね。なんて鬼畜なのかしら」
「あのさあ……」
「冗談よ。今まで通りにリョウヤさんとお呼びするわ」
メアが立ち上がり、スカートのお尻部分を手で叩いてホコリを落とすのを見て俺も立ち上がる。
「もうすっかり大丈夫みたいだな?」
「ええ、契約のおかげかしら。不安も全て綺麗サッパリ消えたわ」
「ところで、契約して俺の能力って何か向上したのかな?」
「そうね、鏡の全能力を使えるようになったかしら。例えば、キョウコやエリカが鏡の能力を使うのを禁じたりね」
なにそれ、なんか怖い。
鏡の全能力というと、竜牙の谷で戦ったノスダイオを消滅させた集光攻撃とかも可能とか?
あれこそ世界の歪みになりかねないので、使うことはないだろう。
庭に面したサンルームに向かうと、カイルさんとサヤイリスがお茶をしていた。
ナツメさんが給仕をしていてくれたらしい。
そのナツメさんがギョッとした表情で俺とメアを見つめる。
契約したのがバレたらしい。
「リョウヤ殿、メア殿もハーレムに加えたのですね!」
相変わらずサヤイリスは空気が読めないのか、わざと言っているのか分からん。
同族の女性だと怒るのに、同族以外ならOKなのもよく分からない。
「なんと羨ましい……。ですが、私は精霊より亜人の女性が好みですので!!」
カイルさんもブレないなあ……。
サヤイリスと会話していて、余計に竜牙族の女性が気に入ってしまったらしい。
「ふふふ。私とリョウヤさんは、まだそのような関係ではないわ」
まだ、という事はそのうちなるんですかね。
一方のナツメさんは、複雑な反応である。
「メアは契約されたのですね……」
「自然な成り行きよ。せっかくなので、ナツメも契約してもらったら?」
「私は遠慮させていただきます」
そう言って、ナツメさんは立ち去ってしまった。
「なんと、リョウヤ殿の誘いを断るとは信じられませんね!!」
「ここは再度、男らしく追い掛けるのです!!」
あなた達は俺の事を見境ない奴と思ってませんかね。
「リョウヤさん。ナツメは、かつて仕えていたアヤムナーリという女性の事が忘れられないのよ。そこを上書きすれば押し込めるわ」
いや、本当に俺をなんだと思ってるんですかねえ。
ナツメさんの事はさておき。
庭で幼女よんちゃん達の相手をしていた竜牙族の女性三人と合流して、メアに見送られながら竜牙の里へサクッと転移する。
里の外れの小屋に隠してある鏡に転移した。
鏡の存在は関係者のみしか明かしていない。便利すぎるのでみんなが使いたがるとマズいし。
今回も竜牙族の女性達には領主命令で口止めをしている。
もっとも、竜牙族の人達はみんな義理堅いので、言いふらす事はしない。
まあ、漏れたら漏れたで仕方ないけど。
その彼女達は帰還できた事を大喜びして、それぞれの家に駆け出して行った。
「まったく彼女達も現金なものですね。あれだけ弱っていたというのに……」
「仕方ないよ。王都の生活が合わなくてストレスで体調を崩してたし」
彼女達を見送りつつ、竜人の姿に変わる。
途端にサヤイリスが嬉しそうになるのが微笑ましい。
気付くと、転移してから周囲の様子に興味津々だったカイルさんが俺を凝視している。
「ええと、驚かせちゃいましたか? 実は変身スキルを持ってるんですよ」
「いえ、竜牙族の女性の姿にはなれないのですか? ほら、心が男性なのに女性の身体になって色々されちゃう物語って興奮しますよね」
この人、マニアック過ぎるだろ。
サヤイリスもドン引きしてるぞ。
「冗談ですよ。趣味は趣味として弁える派ですので」
カイルさんを連れてきて、ちょっと後悔してるのは秘密です。




