805 番外編 ちょこっとビター・後編
本日三話目
成り行きで俺は正体を隠し、『旅の剣士』という触れ込みでアルジット副団長と模擬試合をする事になってしまった。
試合場となる修練場には、城の騎士達でなく文官やら使用人やら達も集まってきている。
いつの時代も、皆さん娯楽に飢えているのでしょうかねえ。
修練場には大スクリーンまで設置されていて、魔導ネット通信で戦いを配信するつもりらしい。
あ、宮廷薬師のミスティさんも見学にきてるよ。懐かしいなあ、まだ現役とは驚きだよ。
彼女は俺に気付いて呆れた顔をしている。イリーダさんの存在にも気づいたらしく、互いに手を振り合っていた。
「リョウヤ様、申し訳ありません。まさか、こんな大ごとになるとは思いませんでして……」
リーシア騎士団長が俺に頭を下げる。
彼女としても、ここまでの騒ぎになるとは想像もしてなかったのだろう。
「リーシアは騎士団のトップなんだから、簡単に頭を下げちゃ駄目だよ」
「うぐっ……」
気まずそうに黙り込むところは、まだまだ可愛らしい娘さんって感じだな。
修練場の中央で俺を待ち構えるアルジット副団長の元へ向かう。
「さて、副団長さんよ。武器はどうする? 木刀?」
「許されるのなら真剣で」
ほほう。相当の自信があると見える。
まあ、薬師のミスティさんもいるし、手足の一本ぐらい失ってもなんとかなるでしょ。
真剣と聞いてリーシアが激おこだけど、そっちは知らん。
俺は遠慮なく魔力剣のオームラさんで戦わせてもらおう。
そして、試合開始の合図はリーシアによって行われた。
アルジットは副団長と名乗るだけあって、剣技は凄まじいものがあった。
人間時代の俺だったら、十秒も耐えられなかったんじゃないかと思う剣圧だ。
細身の剣が目にも止まらない速度で俺を切り裂こうとするのを紙一重でかわす。
見た感じ、あれはただの剣じゃないな……。
(マスター、あれは魔剣に類するものでしょう)
オームラさんがサラッと魔剣とか言ってるけど、恐らくダンジョンでのドロップ品だろう。
(ご主人様、魔剣如きが我々の足元にも及ばないのを知らしめましょう)
ムラサメさんは魔剣にライバル心を剥き出しでございますな。
(……ご主人さま。あのおじさん、そう簡単には折れてくれない気がします)
オーちゃんが気になる事を言っていたが、魔力剣と魔剣の対決は激しい戦いとなった。
俺も手を抜いてる訳じゃないが、アルジットは隙を見せずに上手く立ち回って攻めきれない。
互いに攻めあぐねているところで、アルジットが動きを見せた。
「伝説のくっころ騎士エレノア様が編み出したと伝えられる、連撃を受けきれますかな?」
そう言って、アルジットが懐かしい技を打ち込んでくる。
目にも止まらない高速の連続突き攻撃だが、その突きを全て魔力剣で受け止めて防ぐ。
昔、初めてエレノアと戦った時は魔力障壁で防御したけど、破られて吹っ飛ばされたんだよなあ。
それにしても、あいつは『くっころ騎士』とか言い伝えられてるのかよ。
ユーの護衛を引退した後、女性騎士団を発足させた功労者なのに恥ずかしい奴だな。
今度、向こうの世界で会ったら冷やかしてやろう。
「今のを防ぐのですか!?」
「その技は本人から直接見せてもらってるからね」
「なんと羨ましい!! それならば、この技はどうですか!?」
「どんどん来い!」
……そろそろ終わりにしたい。
というのも、いくら返り討ちにしてもアルジットが全くへこたれないのだ。
致命傷を受けないのも実力って事だろう。
何度でも立ち上がってくるアルジットは、騎士団に伝わる様々な技を繰り出してくる。
俺の知ってる技もあれば、知らない技もあった。
しかし、あの究極の技が無い。
もしかしたら、今の時代には伝わってないのだろうか。
あの技は非常に危険な技だ。加減がとても難しい。
下手したら大怪我だけでは済まないだろう……。
(ね? わたしの言った通り、あのおじさん簡単に折れてくれませんよね?)
オーちゃんのドヤ顔が目に浮かぶようだぜ。
(マスター、ここは魔力剣での必殺技です!)
(このままでは、ご主人様の示しがつきませんよ!)
オームラさんとムラサメさんは、少し落ち着こうね。
(ご主人さま、こうなったらあの技をやるしかありません!)
一応聞くけど、あの技ってあの技?
(あの技と言ったら、あの技しかありません!)
(なるほど。オーちゃんの言う通り、確かにあの技なら効果的ですね……)
(ご主人様、私からも具申致します! あの男にアレを食らわせてやりましょう!!)
魔力剣三姉妹の意見が一致してしまった。
仕方がない。やはりあの技しかないか。
「さあ、次はどんな攻撃をしてくるのですか? 私は副団長を預かる立場として、絶対に退きませんよ!!」
傷つきながらも不敵に笑うアルジット。
こんな男が騎士団を率いていたら、王国も安泰だろうな。
「……今から俺が見せる技は、古くから王国騎士団に伝わる技だ」
「この私が知らない騎士団に伝わる技がまだあると!?」
やはりこの技は、今の時代には伝わってなかったか。
「行くぞ!!」
「のぞむところです!!」
超高速度でアルジットの懐に迫り、そのまま横薙ぎに胴を切り裂く。
流石である。アルジットは俺のスピードに反応し、咄嗟にバックステップで攻撃を避けた。
騎士団の鎧の胸当て部分が吹っ飛んだだけで、ダメージは与えられていない。
「ふ、ふふふ。凄まじい速さでしたが、どうやら踏み込みが足りませんでしたね……」
アルジットは冷や汗をかきながら笑う。内心ビビりまくりだっただろうな。
「いや、これでいいんだ」
「鎧の胸当てを弾き飛ばして、防御力を削ぐのが目的だったのですか?」
意味が分からないという顔をしているアルジットに向けて俺は構える。
「食らえ!! 乳首っキューーーーーーーー!!」
「な、なにぃっーーーーーーーーーーーーー!?」
……戦いは終わった。色んな意味で終わった。
結果は俺の勝ちだが、色々な物を失った気がする。
戦いは全て魔導ネット通信で配信されいているので、今更隠す事はできない。
俺はアルジットの乳首をつねり上げた変態剣士扱いとなり、観客達は蔑んだ目を俺に向けて去ってしまった。
模擬試合の行方を見守っていたリーシアは、オロオロするばかりだ。
お飾りの騎士団長だとしても、そこは堂々としてなさいよ。
『まったく、リョウヤは本当に飽きさせないな』
イリーダさんも笑ってんじゃないっての。
敗北したアルジットはしゃがみこんだままだ。負けた事が受け入れられないのだろうな。
『ふむ、彼も乳首への攻撃は初めてで、少々刺激が強かったのだろうな』
そんな冷静な分析は要らないです。
『まあ、私はもう慣れてるけどな……』
頬を染めながら余計な一言も要らないからね。
おかげで、リーシアからゴミを見る目で見られちゃってるじゃないか。
そんな時だった。
「見事な戦いであった!!」
声を張り上げながら、なんか偉そうな爺さんが出てきたな。
周囲の人達は皆かしずいているが、誰だろう?
『私達の孫だぞ』
マジですか。
「おお、お爺様! お変わりない姿のままで感動しましたぞ!!」
爺さんにお爺様とか言われるのは複雑だなぁ。
俺は君の子供時代しか記憶に無い薄情者ですよ。
国王が俺の事を祖父だと言うもんだから、事情を知らない人達が唖然としてしまっているじゃないか。
「お会いできて嬉しいですぞ!」
「ええと、元気してた……?」
「おかげさまで。こうして元気なうちに引退できる事が幸せな事。贅沢を言えば、お婆様にもお会いしたかった」
残念ながら、俺達の孫はイリーダさんの姿が視えないらしい。
リーシアには視えてるのに。イリーダさんも仕方がないって表情だ。
「戴冠式があるのは本当だったんだな。招待状を見せたら信じてもらえなくて、いきなり投獄されてしまったよ。あはははー」
俺が投獄された話は、孫には伝わってなかったらしい。
直後、孫が烈火の如く激怒してしまい、なだめるのにとても苦労した。
その日の晩、豪華な晩餐会が開かれた。
流石に俺をもてなすにしては豪華すぎるので、何かイベントがあるのだろう。
そういえば、国王はともかくリーシアの姿が見えない。彼女は着飾ったらさぞ可愛らしいのに。
『リョウヤは、あの子も狙ってるのか?』
「そんな蔑んだ目で見ないでくださいよ。流石にそれは無いですって」
霊体なのに、ちゃんとパーティードレスを着ているイリーダさん。
そのイリーダさんに付き添っているミスティさんも呆れ顔だ。
「リョウヤさん、あの子が誰なのかをまだ気づいていないの?」
「へ? リーシアがなんなの?」
ミスティさんに尋ねるのと同時に会場が騒がしくなった。
どうやら国王のお出ましらしい。
「皆の者! 今宵、私は王位を退く。そして、新たな王は……我が末娘のリーシアだ!!」
なんですと。
「若輩者ですが、王国のため精一杯働く所存であります!! 皆もどうか私と共に王国を繁栄させていこう!」
「「「リーシア新女王陛下ばんざーい!!」」」
怒涛の展開って、こういう事を言うんだろうな。
もうついていけないよ。
『ふふ、私が女王に即位した時もこんな感じだったな』
「イリーダさんは、リーシアが王女だった事を驚かないんですね?」
『最初に会った時から気づいてたぞ?』
マジですか。
「リョウヤさん、彼女はあなたのひ孫よ? ちゃんと曾祖父らしいところを見せてあげなさいね」
ミスティさんも他人事だと思ってひどいや。
翌日の早朝、俺達は王国を出発する事にした。
城を出る俺達を新女王のリーシアが見送りにきてくれた。
「ひいお爺様……」
「リョウヤでいいよ」
「では、リョウヤ様。どうしても戴冠式に出席していただけないのですか?」
「ごめんな。新女王の曾祖父だなんて、周囲に説明するのも面倒なんだよ」
『リョウヤは昔から面倒くさがりだったからな』
「そうですか……」
「俺達は過去の存在だ。いつまでもこの国に影響力を持ってはいけないからね」
「では、私的に交流していただくのは?」
「それなら構わない……のかな?」
『なんで私の方を見て言うのだ。リーシア、女王というのは色々と面倒な立場になるだろう。心から信頼できる味方を多く作るのだぞ」
「心得ました」
女王だったイリーダさんが言うと説得力があるなあ。
「それはそうと、アルジット副団長は大丈夫なのか? 晩餐会にも姿が無かったけど」
「ええと、彼は……」
リーシアが返答しようとしていると、城の奥からアルジットがこちらに走ってくる。
敗北したショックは引きずってないようで安心した。
「リーシア女王陛下! お願いがあります!!」
「どうしました? 騎士団長」
リーシアが女王になったので、副団長から騎士団長にランクアップしたようだ。
「本日付けで騎士団を退団させて頂きます!!」
「「はあ!?」」
思わずリーシアとハモってしまった。
「騎士団長、一体何故……」
「私はリョウヤ様に完敗し、世の中にはまだまだ敵わない相手がいる事を痛感しました。騎士団という枠組みの中では成長できない事も知ったので、修行の旅に出たいと思います」
「そうですか。それなら仕方ありませんね」
え? 認めちゃうの?
普通は引き止める場面じゃない?
「そのお心遣い、ありがたき幸せであります!!」
「騎士団長……いえ、アルジットは今後どうするのですか?」
「はい、私はこの方についていこうと思います。リョウヤ様、あなたの事を師匠と呼ばせてください!!」
「はあ?」
「あなたに乳首を摘ままれた瞬間、全身に衝撃が走りました!! どうか、あの技をこの私に伝授してください!!」
「そんなのお断りだ!!」
「ふふふ。そうおっしゃると思いまして、一日遅れですがチョコレートを用意しました」
「そんなので頷くと思っているのか!?」
「さあ、どうぞご覧ください! 乳首にチョコレートコーティングした自信作ですよ!!」
……どうしよう。騎士団長が変態になってしまった。
チョコを塗りたくった乳首を見せてくるのですけど。セクハラどころじゃない。
「リョウヤ様、アルジットの事をお願いしますね」
「さあ、お師匠様!! ビターチョコ風味です!! 存分に舐ってください!!」
『可愛い弟子ができて良かったな、リョウヤ』
よくねえよ!!
俺の周囲は変態しかいねえのか!!




