800 まだ気づかないのですか!?
魔力剣の精霊達の事はともかく、竜牙族の特産品として織物や絨毯を販売していきたい旨をカイルさんに説明した。
ちなみに、魔力剣の精霊三姉妹は俺の背後で成り行きを見守っていたので、妙なプレッシャーを感じて凄く話しづらい。
カイルさん達も居心地が悪そうだったので、彼女達には戻ってもらった。
文句を言われたので、後でご機嫌を取らねば。
「……なるほど。今までは、足元を見られて安く買い叩かれていたと。価値が分からないからと馬鹿にするとは、それは許せませんね」
カイルさんはすぐに俺の説明に理解を示してくれる。
話の早い人は助かるよ。
「なので、俺としては、あくまでも適正価格かつ暴利を貪らない程度の値段で流通させられたらなあ……と思っていますが、どうでしょうかね?」
今後、竜牙の谷一帯も開発されるだろう。
自然破壊まではしないけど、新たな保養地としても魅力的である。
そんな場所の特産品として知名度を上げられたらと。
「なあ、カイルよ。リョウヤ君は我々を頼ってくれているのだ。力になってやってくれないか?」
ギルマスのオルトさんも口添えをしてくれる。
実際は身内に良い仕事を回したいという思惑もあるだろうけど。
「…………」
カイルさんは考え込んでいる。
即答しないのは、気になる点でもあるのだろうか。
「何か不満でもあるのか?」
マルクさんが尋ねると、カイルさんは言葉を選ぶように答えた。
「いえ、私は竜牙族に直接会った事がありません。実際にどんな人達がどんな場所で作っているのかを知らないと、商品に対して失礼になると思いまして……」
この人は真面目だな。
それよりも、取り扱う商品に対して真摯過ぎるのだろう。
儲けてナンボの商人には向いてなさそうだ。
だけど、逆に信頼できるとも言える。
「じゃあ、俺と一緒に竜牙の里に行ってみますか? 絨毯の製造現場にも案内しますよ」
「え? 本当ですか!? だけど、隣国との国境沿いでかなり遠いのですよね……?」
カイルさんの表情がパッと輝くが、すぐに思案顔に戻ってしまう。
「まあ、そこは国家機密的な?」
ぶっちゃけ転移の鏡がある。
あまり大っぴらにはしたくないが、身近で手伝ってくれる人には教えても良いだろう。
実際、妹のルインやユーなんかは、城から鏡経由で頻繁に俺の家に来てるし。
「なんだって!? そんな秘密の方法があるのかい!?」
「私達にも教えてくれよ!!」
オルトさんとマルクさんがグイグイ迫ってくるけど、おっさん二人に迫られても嬉しくない。
そんな二人を押し退けて、改めてカイルさんに尋ねる。
「どうですか? 事業を手伝ってもらう云々は別として、一度現地を視察してみませんか? 今後は温泉地として開発しようと思っている場所なんですよ」
「温泉地だって!? ゆっくり湯治したい!!」
「温泉地なら、ストリップ劇場は必須だよな!?」
おっさん二人が再度詰め寄ってきて怖い。
というか、マルクさんの頭の中はそればっかかよ。
息子さんが引いてるぞ。
ちなみにだが、風俗店的なのは却下。良くも悪くも竜牙族の人達は純粋なので、好奇の目に晒したくない。
温泉地としての品位もあるしね。高級温泉地として売り出したいのよ。
「今回は視察ですから、カイルさんだけでお願いしますね」
にっこり微笑んで牽制。
我も我もとなると、収拾つかなくなるだろうし。
「分かりました。現地を直接見てみたいので、よろしくお願いします」
こうして竜牙の里訪問が決まった。
どのみち、ホームシックになった竜牙族を連れて帰らないといけないし、そのついでだ。
カイルさん達と別れて一旦家に帰ると、まだみんな帰ってきていないようだ。
サンルームへ向かうと、メルさまが一人でお茶をしていた。
「あら、セッキーさん。お早いお帰りですの」
「まあ、ちょっとした打ち合わせみたいなものだからね」
テーブルに相席させてもらうのと同時に、メア同様に我が家でメイドをやってくれているナツメさんが、お茶を用意してくれた。
「どうぞ。今日の茶葉は採りたての物だそうですよ」
「いつもすみませんねえ」
完璧なメイドっぷりに頭が下がる。
「これが私の仕事ですから、お気になさらず」
そう答えるが、その表情はどこか寂しそうだ。
ナツメさんが去っていく姿を見ていると、メルさまがこっそり教えてくれた。
「彼女は元々、アヤムナーリさん付きのメイドだったじゃないですか」
アヤムナーリさんは、竜牙の里の遺跡の地下で眠り続けていた古代魔法王国時代の貴族の令嬢である。色々あって、猫耳が生えて肉体が魔物化してしまったけど。
同じく古代魔法王国の王子であったディナントさんの奥さんでもある。
「どうやら、アヤムナーリさんから『もう自由の身になってくださいにゃ』と言われてしまって、自信の存在意義に疑問を持ち始めているようなのですの」
アヤムナーリさんには悪気なんて、これっぽっちも無いだろう。
むしろ、ナツメさんの事を思って言ったのだろうけど、ナツメさんとしては仕えていた主人に捨てられたと思ってるのかもしれない。
「人生って、ままならないわね」
いつの間にか、同じテーブルに着いているメアがわざとらしく溜め息を吐いた。
彼女も一応はメイドなんだけど、そんな事はまったく気にしている様子はない。
「メアさんは、お姉さんなのですから、ここはフォローする立場でなくて?」
「面倒な妹を持つと損ね」
「分かります。わたくしも面倒な弟がおりますので」
「あれ? メルさまって、弟がいたんだ?」
「はい? 目の前におりますけど……」
本気で意味が分からないって顔をされた。
結局、俺は弟扱いだったのか。
だけど、お姉ちゃんに色々されてしまうシチュエーションは興奮するな!!
「このように、いかがわしい事ばかり考えている弟を持つと苦労しますの」
「確かにね。歩くワイセツ物と称した方がいいかしら?」
「君達さあ……」
流石に俺も怒るぞ。
「冗談ですの」
「さて、私もナツメの様子を見てくるかしら」
メアが逃げるように去って行く一方、メルさまは庭でニャンブーと戯れているサヤイリスの事を見つめている。
「……そういえばさあ。さっきサヤイリスが飛び込んできた時に何か言い掛けてなかったっけ?」
サヤイリスが慌てて部屋に駆け込んできた時の事だ。
「そういえば、そんな事がありましたの」
「何か重要な事だとか?」
「ええ、割と重要な事かもしれません」
「どんな事?」
「わたくし、気づいてしまいましたの。この国はレイデンシア王国という名称じゃないですか」
「そうだな」
イリーダさんやユー達王族の名前にもレイデンシアが入っている。
「そして、この王都の名称はレトアデールです」
「……それは初耳かもしれない」
多分、今初めて知ったかも。
「セッキーさん、何か気づきませんか?」
「気づいたかと言われても、よく分からないんだけど……」
「まだ気づかないのですか!? どちらも頭に『レ』が付くじゃないですか!! もうこれは、レの一族の仕業に違いありませんの!!」
……今日も王都は平和だなあ。
すっかり、レの一族の陰謀論に染まってしまったメルさまを生暖かく見守りつつ庭を見ると、丁度サヤイリスがニャンブーを巴投げで吹っ飛ばしたところである。
そのサヤイリスが意気揚々とこちらに戻ってきた。
「リョウヤ殿、お戻りになられたのですか?」
「ああ、早ければ明日にでも竜牙の里に行くと思うので、準備しておいてね」
「それでは、出張所の者達を帰還させるのですね?」
「それもそうだけど、里を案内したい人がいるんだ」
「分かりました。もし、お時間があるようでしたら、これから出張所の方に付き合ってもらえませんか?」
「了解」
里に連れて帰る人達に伝えるのだろう。
早速、二人で竜牙族の出張所に赴いた。
一応は国から提供されている建物なので、立派な建物である。
そりゃあ、自然豊かな場所から来た竜牙族には落ち着かないだろう。
「今更だけど、サヤイリスは王都の暮らしは大丈夫なの?」
「はい。リョウヤ殿が一緒にいてくれたら、どんな場所でも幸せですよ」
やだ、なにこの子。
キュンとしちゃうじゃない……。
出張所の暫定職員は女性が三名。
全員が疲れ切っている顔をしていた。
慣れない王都での暮らしの上、サヤイリスの妹と弟の世話もあるので、余計に気疲れしたのだろう。
帰還の話を伝えると、泣いて喜んでいる。
「ねえ、サヤイリス。彼女達に何か労いの言葉を掛けたいのだけど、どんな風にしたらいいかな?」
領主たる者、頑張ってくれた領民を労わなければなるまい。
「……そうですね。竜人の姿で尻尾を誉めてあげると喜ぶと思いますよ」
未だに竜牙族の風習はよく分からないところがあるけど、言われた通りにしてみるか。
俺が竜人の姿になると、女性達の目が途端に活き活きとしてきた。
「ええと、慣れない場所での仕事でご苦労さまでした。貴女達の尻尾はとても美しい張りと輝きでしたよ」
感極まるというのは、こういう事なのだろうか。
三人とも、号泣してしまった。
「あれは、うれし泣きですよ」
サヤイリスはそうは言うけど、彼女達は『こんな事を言われたら濡れちゃう!』とか言ってるんですけど……。
まあ、そこは深く突っ込まない方が良さそうだ。
帰り際、三人から記念に尻尾の絡め合いをさせて欲しいと言われたので、快くやってあげたらサヤイリスが不機嫌になってしまい、家まで口を利いてくれなかった。
異文化コミュニケーションって難しい。
竜牙族の尻尾の絡め合いはディープキスみたいなものです




