799 ここはどっしりと構えていきましょう
ニャンブーは、うちの庭が気に入ったようで、ミニ精霊樹にもたれかかるように座り込んでしまった。
一応、聖獣らしいので、パワースポット的な物を感じているのだろうか。
よんちゃんは、物凄く迷惑そうな顔でニャンブーを引っ張って退かそうとしているが、テコでも動かない踏ん張りようである。
悪さをしない限りは、静観の方向で。
さて、商業ギルドに行く約束の時間まではもう少しありそうだ。
マリルガルでの荷物の荷解きをしてると、メルさまが帰ってきた。
それはそうと、メルさまは俺を置いてさっさと帰りやがったので、文句の一つも言いたいところである。
「あら、セッキーさん。お帰りでしたの?」
「『お帰りでしたの?』じゃないよ。自分で仕事に付き合えとか言っておいて、先に帰るとかひどいだろ。あの後、色々あったんだぞ」
「でも、そのお陰でアンこさんの家に泊まって、楽しまれてきたのでは?」
ファルさんとメイドのレラさんに色々されてしまったが、楽しんできた訳ではないぞ。
「それに、新たな出会いもあったのではないでしょうか?」
確かにカイルさんという人との出会いはあったが、それは結果論だろう。
「だからって、それとこれとは話が別だろうよ」
「ですが、メディア校長とセイランさんを王都に送り届けて、『はいさようなら』という訳にもいかないですの。それともセッキーさんは、屋台で活躍したお二人に『お前達の役目は終わったから好きにしろ』とでも言って、わたくしに帰って来いとおっしゃるのですか?」
ぐぬぬぬ……。
正論で返されて何も言い返せない。
そりゃ無理を言って連れてきたのだろう。
礼を尽くさねばなるまい。後で俺からも二人にお礼をしておこう。
「だったら、最初からそう言ってくれれば良かったのに……」
「はい? エリカさんには、そう伝えましたが?」
あんのやろう!
大事な部分を適当に端折りやがって!
もうなんだって、ウチのメンバーは大事なところで適当なのだ。
「そういえば、セッキーさん──」
「リョウヤ殿、大変です!!」
メルさまが何かを言い掛けたのと同時に、サヤイリスが駆け込んできた。
その慌てっぷりは、尋常ではない問題が発生したのだろうか。
「わたくしの事より、サーやんさんの方をどうぞ」
「メル殿……。恩に着ます!」
「それで、何が大変なんだよ?」
「そうでした! 王都に竜牙族が暮らしている家があるじゃないですか」
一応は竜牙族の出張所扱いの家がある。
サヤイリスの妹と弟のレーシャちゃんとシンビ君が暮らしていて、その世話係も一緒に住んでいるのだ。
その世話係の人達には、竜牙族の織物や絨毯の現地販売も担ってもらっているはず。
「世話係の者達がホームシックにかかってしまって、帰りたいと言っているのですよ!」
なんてこった。
竜牙族の暮らす竜牙の里は、静かで風光明媚な場所だ。
王都みたいな賑やかな場所に暮らすのには、さぞストレスになったのだろう。
「レーシャちゃんとシンビ君は大丈夫なのか?」
「あの二人は学校を楽しんでるので、問題ありません」
「そうすると、新しい人を連れてくるか、こちらで誰かを雇う事になるのか……」
「はい……。ですが、竜牙族の人間以外に妹と弟の世話を任せるには……」
だったら、サヤイリスがやればいいじゃないかと言うのは簡単だけど、彼女だって暇ではないだろう。
最悪、うちの誰かに任せるって手もあるだろうけど、俺を含めてまともに自分の面倒も見られない者ばかりである。
それに、あそこは『出張所』だ。竜牙族がいなかったら意味が無くなってしまう。
今後は温泉開発もあるし、将来的には観光案内所にするつもりだ。
「取り敢えず、竜牙の里へ行って希望者を募ってみるか」
「お願いします……」
まったく次から次へと問題が山積みだな。
獣人の三の部族に関しては、イリーダさん付きメイドのギリミアさんから問題無しとの定時連絡が来ているので、今のところは順調そうで安心だ。
こっちまで問題発生してたら、どうしようもなくなる。
ただ、最近耳が外れなくなって尻尾が生えたとか言っていたけど、どういう意味なんだろう?
昼食を食べたりしているうちに、商業ギルドに向かう時間になってしまった。
そういえば、メルさまが何かを言い掛けてたのを聞きそびれてしまったな。
後でもう一度聞くとするか。
魔導力車でアンこ先輩の家に乗りつけると、既にマルクさんとカイルさん達が玄関先で待っていた。
「すみません、遅れました」
「いやいや、そんなに待っていないよ」
マルクさんはそう言ってくれるけど、普通に昼飯食べてゆっくりし過ぎてたのは秘密だ。
「リョウヤさん、本日はよろしくお願いします」
「カイルさん、そんな硬くならなくていいですよ」
「ですが……」
俺が貴族だと知ってしまったので、態度が変わってしまった様子。
あれだけ妹との交際を反対してたってのになあ。
流石に見かねたのか、ファルさんが口を出してきた。
「そうですよ、カイルさん。リョウヤさんのおっしゃる通りです。ここはどっしりと構えていきましょう」
「ファルさん……」
「それにです。硬くしていいのはここだ──むにゅう!?」
ファルさんが下ネタを言い出したので、強制的に両頬を揉んでやった。
流石の俺でも、この状況でそれを言う勇気は無いぞ。
「ひょうやひゃん、ひゃひをふるんでふかぁ~」
何か文句を言ってるけど、無視だ無視。
うむ、先輩にも劣らない頬っぺたの柔らかさである。
一方、マルクさんとカイルさんは恐ろしい物を見たという表情で青ざめてるし、メイドのレラさんはニコニコしているだけであった。
ファルさんの頬っぺたの感触を満喫後、マルクさんとカイルさんの二人を乗せて商業ギルドへ向かった。
車中では、何故か二人とも口数がやけに少なかったのは気のせいだろうか。
ただ一言、『普通あれをやったら、殺されても文句は言えないよ』とマルクさんが泣きそうになりながら言っていた。
カイルさんは、『失礼な異国の商人がファルさんの頭を不躾に撫で回した後、半殺しにされていたのを思い出した』と言って震えていた。
……ファルさんに気に入られていて良かった。
◆◆◆
「おお、カイル! 久しぶりだね!!」
商業ギルドでギルマスの執務室に通されると、ギルマスのオルトさんの第一声。
ギルマスはマルクさんの兄だし、彼にとってはカイルさんは可愛い甥っ子なのだ。
「ご、ご無沙汰しております」
「ははは! 硬いなあ。男で硬くしていいのはここだ──」
「ウオッホン!! 兄さん、挨拶はともかく本題を」
まさかオルトさんまで、同じ事を言い出すとは……。
実はオルトさんとファルさんって、血が繋がってるんじゃないかと思ってしまった。
俺達は勧められて来客用のソファーに座る。
すぐにお茶が用意されるのは流石だ。
まずはお茶を一口。
カイルさんが暗い表情のまま切り出した。
「今日ここに呼ばれたという事は、やっぱり商売が軌道に乗らない私から商人の資格をはく奪するのでしょうか……?」
オルトさんは困ったように、マルクさんの方に目を向ける。
「なあ、マルク。カイルには何も教えてないのか?」
「ははは。ちょっとしたサプライズさ」
俺の周囲はサプライズ好きが多いよなあ。
オルトさんは額に手を当てて呆れてしまっている。
「あのな、犯罪でも起こさない限り簡単に資格をはく奪なんてしないよ。実はカイルに頼みたい事業があるのだ」
「私にですか? 確かに父には、やってもらいたい仕事があると言われていましたが……」
「ああ、そこのリョウヤ君の商売を君に手伝ってほしい」
オルトさんは俺の事情を諸々知っていても、今まで通りに接してくれているのでありがたい。
「それは一体……」
俺はオルトさんに促されて、アイテム鞄から竜牙族の高級絨毯を取り出した。
「……!!」
流石は商人。カイルさんの目が高級絨毯に釘付けになる。
「ま、まさか……あの幻の絨毯ですか!? しかも、こんな状態の良い物なんて初めて目にしました!!」
「ほう、カイルはすぐに分かったのかい?」
「バカにしないでください! 私は一度見た物は絶対に忘れませんし、鑑定だってそれなりに自信があります!!」
ただの気の弱そうな青年かと思ったけど、能力は一流みたいだ。
鑑定能力といえば、ルーデンの街で王子と一緒に魔道具店を営んでいるナギさんを思い出した。
ナギさんはベルガの正体も看破した高位の鑑定持ちだ。カイルさんと、どちらが上なのか気になってしまう。
「あのう、話の途中ですみません。カイルさんは鑑定持ちなら、俺の魔力剣を鑑定してもらえませんか?」
「リョウヤさんの魔力剣ですか……?」
俺が差し出すと、珍しいのかオルトさんとマルクさんも覗き込んできた。
「……では、失礼します」
表情を引き締めたカイルさんが、魔力剣を受け取った途端に固まってブルブルと震えだした。
「どうしんたんだい?」
「何か分かったのか?」
オルトさんとマルクさんが心配そうにカイルさんの顔を覗き込む。
「だ、駄目です……これを鑑定してはいけません!! 常人には無理です!!」
怯え切ったカイルさんに突き返されてしまった。
オーちゃん達が可哀想……。
「リョウヤ君、その魔力剣とやらはなんだい?」
オルトさんに問われたので、魔力剣からオーちゃん達を呼び出した。
「ご紹介に預かりました。私はマスターに仕えますオームラと申します」
「私はムラサメだ。ご主人様は命に代えて守り通す所存」
「わたし、オーちゃん! ご主人さま一番のお気に入りです!!」
途端にオーちゃんが二人に締め上げられている。
いくら精霊だと言っても、幼女が締め上げられている絵面はあまりよろしくないよ。
「ええと、彼女達は魔力剣の精霊です。ちなみにオーちゃんの本名は、オーツカさんですので」
俺が説明しても、カイルさん達三人は固まったままであった。




