798 だって、なんかキモいし……
朝っぱらから、カイルさんがズボンを脱いでパンツを見せようとしてくるのを必死で止めていると、彼の父親であるマルクさんが帰宅してきた。
仕事が忙しいのではなく、単なる朝帰りなのだろう。
それに関して、ファルさんは何も言わない。二人は仮面夫婦なのだが、ある意味ビジネスとして割り切っている関係なので、険悪な仲という訳でもない大変複雑な関係なのである。
そのマルクさんだが、何故か泣いている。
一体何があったのだろう。ファルさんは気にせず平然としながら、カイルさんの帰宅をマルクさんに伝えた。
「あなた。カイルさんが戻っていますよ」
「なんだと!? 久しぶりだな、我が息子よ!」
今まで泣いていたのが嘘のように機嫌が良くなった。
やっぱり、実の息子が帰ってきたのが嬉しいのだろう。
思わず先輩と顔を見合わせて苦笑する。
「……ご無沙汰しています。父さん」
「ふむ、南部での商売は上手くいかなかったみたいだな」
「やはり、分かりますか?」
「まあ、顔を見れば分かる。それで、廃業するなんて言うつもりではないよな?」
「…………」
考えを読まれていたらしく、カイルさんが言葉に詰まった。
「お前には、やってもらう仕事があるのだ。廃業なんて許さないぞ?」
「はい……。商業ギルドからの召喚は、その仕事の件でしょうか?」
マルクさんは問いには答えずに、ニヤリと笑っただけであった。
「それはそうと、アンとリョウヤ君まで一緒だったとは、カイルの紹介の手間が省けたみたいだな」
「お父さん。カイルお兄さんは、道中でセッキー君に助けられたのですよ」
「ほう、そんな事があったのか! やはり、我が家とは何かの縁で繋がっているのだな!」
「そうですね!」
微笑ましい父娘とのやり取りをファルさんが見守っている。
一見、幸せそうな家族に見えるけど、なんとも歪な関係の家族だ。
俺の隣で、複雑な表情で二人を見守っているカイルさんに尋ねてみた。
「カイルさん。実際のところは、この家族関係をどう思っているのですか?」
「リョウヤさんは、我が家の事情をご存じなのでしたよね」
「はい、それなりに」
「私としては、ファルさんに申し訳ないと思っているのです。父さんは、ファルさんという妻がいるのに、外で女性を作っているのです。一体何を考えているのやら……」
これはどう反応したらいいんだろうなあ。
そんな事を考えてると、俺達の会話を聞いていたらしいファルさんが、口を挟んできた。
「あら。カイルさんは、そんな事を心配してくださっているのですか? 私、あの人の事をなんとも思ってないのよ」
「……それは建前ですよね。リョウヤさんと仲が良い振りまでして、本音のところでは父さんの事を快く思っていませんよね?」
「いいえ、まったく」
にっこりと可愛らしく微笑むファルさん。
これが世間話なら普通に可愛いのだが、会話の内容が内容である。
そこへマルクさんが加わってきた。
「なあ、カイルよ。実は彼女の事は、リョウヤ君に任せたのだよ」
「父さん。いくらなんでも、それは笑えない冗談です」
頑なに信じようとしないカイルさんに、マルクさんとファルさんが困り顔だ。
そして、二人して俺に助けを求める視線を送ってきた。
まったくもう、家族の問題は自分達で解決しなさいよ。
これ以上は面倒なので、話題を変えるとする。
「それはそうと、マルクさん。なんで泣きながら帰ってきたんですかね?」
「おお、そうだった! 実はお気に入りのミルフィーユちゃんが、店を辞めてしまったんだよ! 今までどれだけ貢いだと思ってるのか!! このつらい気持ちをリョウヤ君は分かってくれるよね!?」
知らんがな。
この場の全員がどうでもいいって表情してるぞ。
「だが、私は挫折してもただでは起きない! 『メイド喫茶☆にゃんとラブラブ』という店のヴィアンナちゃんという子がお気に入りになったんだ!!」
本当にどうでもいい話ですがな。
しかし、これには流石にファルさんが動いた。
「あなた。女の子に貢ぐのは良いですけど、商会のお金は使ってませんよね?」
人を殺せる威力の笑顔である。
耐性の無い人が、この笑顔を向けられたら絶対に泣く。
「は、ははは……。そんな事をする訳がないじゃないか!! ほ、本当だぞ! 自分の小遣いの範囲だ!!」
まったく父親としての威厳なんて、あったもんじゃない。
先輩は諦めの表情だし、カイルさんは無表情で二人のやり取りを見ていたのであった。
それはさておき。
まだカイルさんには説明していないが、竜牙の里の織物と絨毯の販売を彼に引き受けてもらう流れになるだろう。
その説明を商業ギルドで行うため、昼過ぎにギルドに向かう事になった。
俺と先輩は一旦帰宅するので、魔導力車に戻る。
そういえば、カイルさんの荷物も車内に詰めっぱなしだったな。
魔導力車に近づくと、車内から窓に黄色い物がへばりついているのが見えた。
……あ。
ニャンブーの事をすっかり忘れていたよ。
「すまん、ニャンブー!!」
慌ててドアを開けると、ニャンブーが鼻水を垂らしながら泣いてしがみついてきた。
一晩中、車内に閉じ込めたままである。これが真夏の昼間だったと思うと、背筋が寒くなった。
これじゃ飼い主失格だな……って、いつ俺がこいつの飼い主になったんだ!?
今更どこかに捨てる訳にもいかないし、困った拾い物をしてしまったなあ。
誰かもらってくれると嬉しいのだが。
「先輩の家で、こいつ飼いませんか?」
「セッキー君に懐いてるので、お断りしますね」
母親譲りの笑顔の威圧で返されてしまった。
仕方ない。どうせ連れ帰っても、誰かしらが飼うのを反対するだろう。
そうしたら、改めて飼い主を探すとするか。
ささっと帰宅すると、皆さんのお出迎えが……無かった。
「セッキー君。みんな学校に行ったり、仕事があるのですよ」
先輩、いきなり現実を突きつけないでくださいよう。
寂しい思いで玄関に入ると、メアが出迎えてくれた。
なんだかんだで、すっかり我が家のメイドさんが板についている。
「優雅に朝帰り? いい御身分ね」
相変わらず当たりがキツイけど、一応は気遣ってくれているんだと……思う。
「先輩の家に用があったんで、遊んでた訳じゃないよ」
「そ、そうですよ! セッキー君と一緒に寝たりしてませんからね!」
先輩、自分から白状していくスタイルは嫌いじゃないですよ。
「まあ、いいけどね。それよりも、その黄色いのは何かしら?」
メアが俺が抱きかかえているニャンブーを胡散臭そうに見る。
「実は俺もよく分からん」
「まったく呆れたわ。私が思うに、それは普通の猫じゃないと思うわ」
マジか。
言われてみると、こいつ確かに猫じゃないよな……。
それから先輩は身支度を整えて学府に向かい、俺は一人になった。
実際はメイドをやってくれてるメアやナツメさんがいるので、一人きりではないが、彼女達はこちらから声をかけない限り、一緒に行動はしない。
「さて、午後までどうするかなあ……」
庭に面した日当たりの良いサンルームに向かうと、ニャンブーが庭に出たそうにしているので、庭に放してやった。
ミニ精霊樹の根本に幼女よんちゃんが佇んでいたのだが、ニャンブーを見た途端に悲鳴を上げる。
「きゃあああ!! リョウヤさん!! なんて物を連れてきたんですかぁ!?」
ニャンブーは拒絶されるが、よんちゃんを追いかけ回している。
襲うというより、じゃれついているようにも見えるが、万が一なんて事があると困るので、ニャンブーを捕まえて抱き上げる。
なんか不服そうだが、取り敢えずは大人しくなった。
「よんちゃん、こいつの事を知ってるの?」
「知ってるも何も、それ聖獣ですよ!!」
「性獣?」
薄い本のネタが捗るな。
「聖獣です!!」
ただの猫ではないと思ったけど、まさかの聖獣だったとは……。
「そんで、具体的にどんな生き物なの?」
「よく知りません。そもそも滅多に人の世界に顕現する存在じゃないですし」
「それじゃ、どこかに捨ててくるって訳にはいかないか」
「無理じゃないですか? もうリョウヤさんに懐いてますし」
これは困った。
どうしようかと思っていたら、目の前の空間が裂けて妖精王のリンデルさんが姿を現した。
「ただならぬ気配を感じたと思ったら、リョウヤは何を連れてきているのですか」
よんちゃんと同じ事を言われてしまった。
大変に呆れていらっしゃる様子。
「これ聖獣らしいんですけど、どうしましょう?」
「見れば分かりますよ」
「こいつを引き取ってもらうとか、できません?」
「無理ですね。リョウヤに懐いています」
またもや同じ事を言われてしまった。
「ここには簡易ながらも精霊樹もありますし、庭で飼えばいいじゃないですか」
「えー」
よんちゃんが嫌そうな顔をしているが、リンデルさんは取り合わない。
「聖獣は守護獣となる存在ですよ。もっと大切にしてあげなさい」
「だって、なんかキモいし……」
可哀想に。キモイと言われてニャンブーがぶしぶし泣いている。
それはそうと、聖獣は守護獣になるとは。
まったくそうは見えない。
「これは幼体ですからね。自分でも聖獣としての自覚もないのでしょう」
身も蓋も無い事を言われてしまい、ニャンブーはショックを受けたようである。
それはともかく、今回の遠出で桜水晶を入手した事をリンデルさんに報告した。
「流石はリョウヤですね! しかも二つも見つけてくるとは、侮れません」
二つ目は偶然なんですけどね。
「後は暗黒真珠でしたっけ? 真珠と言うぐらいだから、海の方にあるんですかね?」
「いえ、海には無いそうです」
マジですか。
「暗黒真珠ですか? 私、採集方法を聞いた事がありますよ」
ニャンブーに追い掛けられていたよんちゃんが、逃げながら抱きついてきたので抱え上げる。
「よんちゃん、それ本当か?」
「あくまでも噂ですけど、人喰いトレントから稀にドロップするそうですよ」
トレントって、樹木に擬態した魔物だっけか。
人喰いとか穏やかではない。
「その人喰いトレントって、大森林にいるのか?」
「大森林では、狩り尽くされて絶滅しました」
普通に絶滅させていいのかよ。
「あれは危険な厄介者ですからね。私達妖精を襲う個体もいますので、発見次第駆除していたおかげで、妖精界でもほぼ絶滅したはずです」
リンデルさんが他人事のように仰る。
「じゃあ、どうすれば……」
「探せばまだどこかにいるでしょうし、市場に出回っている暗黒真珠を探す方が早いかもしれませんね。では、この桜水晶は預かっておきましょう」
最後まで他人事なリンデルさんは、そのまま妖精界に帰ってしまった。
相変わらずマイペースだなあ。
ニャンブーが家族になった




