796 少しばかり、ショックが大き過ぎたかしら?
世の中、色々な偶然ってあるんだなあと思いつつ、玄関の車止めの辺りまで進むと、屋敷の中からメイドのレラさんが迎えに出てきてくれたのが見えた。
それはそうと、訪ねる度に彼女の色気が増してるのは気のせいでしょうか。
「あれ? 私が今日実家に戻るとは、伝えていなかったはずなんだけどな……」
カイルさんは、不思議そうに首をかしげながら降車する。
「……カイル坊ちゃん!? いつ王都にお戻りになられたのですか!?」
「ただいまレラさん。王都へはつい先程。それはそうと、いい加減に坊ちゃんはよしてくださいよ」
「いえ、雇い主のご子息は坊ちゃんですよ」
なんだか、アンこ先輩にも同じ事を言っていたなあ。
そんな事を思い出してると、続いてファルさんが現れた。
「……あら? カイルさんじゃない。いつ王都に?」
「あ……ファルさん。ご無沙汰しておりました。今日は父はいますか?」
「あの人、今日は帰って来ないと思うわ」
「そうですか……」
アンこ先輩には母親が違う兄がいるらしい。
俺の目の前にいるカイルさんが、そうなのだろう。
そんでもって、ファルさんは先輩の父親であるマルクさんの後妻さんである。
ファルさんはともかく、カイルさんが彼女に気を使ってるのが、ありありと見て取れる。
「ところで、お二人には私が王都に戻る事は伝えていませんでしたよね? 何故、丁度良いタイミングで私を出迎えてくれたのですか?」
カイルさんが二人に尋ねると、その二人が揃って俺を見る。
妙に何かを期待してる目だな……。
「私達は、リョウヤさんの魔導力車が見えたから迎えに出てきたのよ」
「まさか、カイル坊ちゃんとリョウヤ様がお知り合いとは、私達も存じませんでした」
「……え?」
カイルさんが間の抜けた顔で俺の事を見る。
ずっと黙ってて申し訳ないと思ったけど、俺だって彼が先輩の兄だなんて知らなったし。
◆◆◆
「いやあ、リョウヤさんも人が悪い。まさか、父達とも交流があったとは知りませんでしたよ」
通された応接間で、お茶を飲みながら一息つく。
既にファルさん達には、俺が道中でカイルさんを助けた事を伝えている。
「俺もカイルさんが、このエーベルト商会の御曹司だなんて知りませんでしたよ」
ちなみにですが、あなたの妹さんとお付き合いしています。
俺達の会話を黙って笑顔で聞いているファルさんとも、深い関係になっております。
その上、ファルさんの後ろに控えてこれまた笑顔のレラさんとも、深い関係になっているなんて口が裂けても言えない……。
「いやいや、私みたいな未熟者がエーベルト商会を名乗るのは、おこがましいというか……」
謙遜しなくてもと言いたいけど、商人の仕事はあんまり上手くいってなさそうである。
だから、実家の事を話したくなさそうにしていたんだな。
そんな様子のカイルさんに、ファルさんが尋ねる。
「カイルさん、南方での商売の方は?」
「いえ……全く駄目でした。その上、せっかく用意してくれた荷馬車も駄目にしてしまいまして……。商業ギルドからも召喚を受けていますし、明日、父が帰ってきたら廃業を考えていると伝えるつもりです」
「そう……」
一言だけ返事をして、ファルさんは黙ってお茶を飲む。
急に気まずい雰囲気になってしまった。
こんな状況で、俺はどう反応したら良いのだろう。
とか思っていたら、ファルさんが急に俺に話を振ってきた。
「ところで、リョウヤさん。例の織物の販売はどんな感じかしら?」
「例のというと、竜牙の里のですか? 物は良いと思うのですが、中々売れませんね……」
竜牙の里で織られている織物を名産として王都でも売ってるのだけど、売り上げは微妙なのである。
品質には自信があるのだけど、値段はそこそこ張るし、販売店も王都で暮らす竜牙族達の住居を兼ねている出張所のみなので、客の入りも良くない。
以前、マルクさんと彼の兄で商業ギルドのマスターであるオルトさんに、織物と絨毯の販路の事をお願いした事があった。
「……もしかして、カイルさんに!?」
「うふふ」
ファルさんが意味深に微笑む。
そんな俺達のやり取りを見て、カイルさんが困惑している。
「ねえ、カイルさん? ギルドからの呼び出しは、悪い話ではないと思うわ。だから、廃業の件はもう少し考えてからにしなさい」
「……分かりました」
カイルさんは困惑しつつも頷いた。
「ところで、妹のアンはどうしてます? 学府に入学したと耳にしましたが」
「ああ、あの子はリョウヤさんの家で暮らしていますよ」
ちょいと、ファルさん!?
いきなりぶっちゃけ過ぎでしょうが!! 物事には順序って物があるのですが!!
「……うん? 私の聞き間違いでしょうか?」
「聞き間違いではありませんよ。あの子はリョウヤさんの家で暮らしています。私とマルクも許可しています」
「……だとすると、妹はリョウヤさんと恋人なのですか?」
カイルさんの目に、わずかばかりの敵意が浮かぶ。
まあ、俺も妹に恋人ができれば同じように感じるだろうし。
「ええまあ、アンさんとは、良いお付き合いさせて頂いていると申しますか……」
「ファルさん! あなた母親としていいのですか!? 大事な娘が冒険者となんて!!」
「あら? カイルさん、あなたは自分を助けてくれた恩人に対して、随分と失礼な事を言うのね」
「……!?」
指摘されて自身の失言に気付いたのか、彼は俺に頭を下げた。
「すみません。リョウヤさんには感謝してもしきれません。ですが、妹には危ない事をさせたくないし、危険な人達に関わって欲しくないのです」
申し訳なさそうに言うが、ハッキリとした拒絶である。
彼も妹を溺愛するお兄ちゃんであったようだ。
その気持ちは激しく共感しますよ。
だけど、その妹さんは俺達と冒険したり、色々な意味で危険な人達に囲まれてるんです。
「あら? その危険な人は、母親の私も含まれているのですか?」
ファルさんが尋ねるも、カイルさんは意味が分からないって顔をしている。
「カイルさん。あなた南方で、『首刈りウサギ』の一族の話を耳にしませんでした?」
「……? ええ、酒場で『首刈りウサギ』の集落には、興味本位で近づくなと言われましたが……」
「私ね、そこの出身なの」
「え?」
カイルさんが疑問の声を出したのと同時に、ファルさんがカイルさんの背後から首筋に手を当てていた。
俺も随分と強くなったと自負しているが、今の動きは瞬間移動でも使ったかのように、ほとんど目で追えなかった。
「私ね、そこの出身なの」
「…………」
再び同じ言葉を繰り返すファルさん。
これにはカイルさんでなくても、肝を冷やす。
マルクさんも形式上とはいえ、よくこんな人を奥さんにしたよな。
「ちなみにですが、アンも私の血を引いているので、潜在能力は相当なものよ」
「な……っ!?」
いきなり真実を突きつけられて、絶句するカイルさん。
今の今まで、知らされてこなかった事に同情するよ。
「それともう一つ。私ね、あの人とは形式上の夫婦なので、リョウヤさんと仲良しなの」
気配も無く一瞬で俺の隣に来て、腕に抱きついてくるファルさん。
「坊ちゃま。実は私も、リョウヤ様と仲良しなのです」
どさくさに紛れて、反対側の腕に抱きついてくる豊満なレラさん。
うむ。両手に花だな。
……って、冗談を言ってる場合じゃない。
とうとう現実を受け止めきれずに、カイルさんが卒倒してしまった。
「あら? 少しばかり、ショックが大き過ぎたかしら?」
レラさんの指示で他の使用人達に運ばれて行くカイルさんを見送りながら、ファルさんが悪気の無さそうにつぶやく。
「ファルさん。今のは、ちょっとばかり悪ノリし過ぎじゃないですか?」
「そうかしら? 私としては、リョウヤさんを貶められた気分なの。手を出さないだけマシと思ってくださらない?」
どうやら、冒険者としての俺を受け入れなかったカイルさんに、カチンときたらしい。
「だけど、一応は息子さんでしょうよ」
「前の奥さんの子供なんて、生物上は他人でしょう?」
ファルさんは一見、優しそうだけどシビアなところもあるんだよな。
そうでもなければ、大商会の奥様なんて立場は務まらないのだろう。
優しいだけでは生き残れない世界なのだ。実の娘の先輩にも、時には厳しく接しているし。
「私の事、嫌いになりました……?」
「そうやって、可愛らしく上目遣いで見つめてくるのは卑怯だと思います」
「じゃあ、今夜は一緒に寝ましょう?」
「今の会話で、どうやったら一緒に寝る流れになるんですかね!?」
「奥様。それでしたら、この不肖レラもご一緒させていただきます」
「レラさんまで!? というか、なんでメイド服をもう脱ごうとしてるんですかねぇ!?」
せっかく息子さんが帰ってきたというのに、これでいいのだろうか。
「俺は今日、家に帰るつもりですから!」
「それなら、我が家に泊まっていってくださいな」
「奥様のおっしゃる通りです。ささ、リョウヤ様のお部屋の準備もしてありますので」
なんでこんなに手際がいいんだよ!?
この二人からは逃れられないと覚悟を決める。
「せめて、家に連絡させてください。魔導通話機を借りますよ」
我が家で唯一、遠距離での念話で交信できる精霊のエリカに念話で伝えればいいのだけど、家の誰かに直接伝えた方がいい。特に外泊については。
魔導通話機で我が家に連絡を入れると、先輩が応対した。
「あ、先輩ですか? 今日王都に戻ってきたのですけど、先輩のお兄さんを助けたとか色々あって、先輩の実家に泊まる事になりました。みんなにも伝えておいてください」
「え? ちょっと待ってください! カイルお兄さんをセッキー君が助けたって、どういう事ですか!? それよりも、なんでセッキー君が私抜きで実家に泊まってくるのですか!?」
「アンは別に、こちらに帰ってこなくていいのですよ。私とリョウヤさんで、仲良く夜を過ごしますから」
「お嬢様の分も、楽しませて頂きますね」
「ちょ!? ファルさんとレラさんもいきなり何を言うんですか!?」
「待っててください、セッキー君! 私、今からそちらに行きますから!!」
ガチャンと通話を切られてしまった。
「ささ、リョウヤさん。娘が帰って来ないうちに」
「まずは浴場で、お背中を流しますね」
そのまま二人に大浴場に連行されて、あんな事やこんな事をされてしまったのである。




