792 口車じゃなく、処世術と言ってほしいな
思わぬ急展開で、食べ歩き・飲み歩きイベントが始まってしまった。
最初は皆さんが戸惑っていたものの、安価で飲食が出来ると知って、徐々に受け入れてくれたようだ。
まあ、お得価格で飲み食いできるのは今回限りだけどね。
「バケモンバトルが中止になって、一時はどうなるかと思ったが、なんとかなるもんだな」
「リョウヤ君のおかげだよー」
レイズとノノミリアが感謝してくれるが、二人にイベント開始まで間をもたさせさられたのは、納得してないからな。
もっと納得してないのは、なんとかイベント開始まで漕ぎつけた途端に、ケフィン達がシレっと顔を出したのだ。
その場にいたのなら、間をもたせるのを手伝ってくれれば良かったのに。
なんでも、特殊犯罪捜査官達の手伝いをしていたとかなんとか。どこまで本当か分からんけどね。
それはそうとして、にゃんにゃんキュート体操の後が本当に大変だった。
眼鏡の二人組には追い掛けられるわ、ニャンブーが気づくと足元にいてしがみついてくるわで……。
ようやく奴らを撒いて、物陰で元の姿に戻ったのだが、俺を追い掛けてきたニャンブーが物凄く悲し気な表情だった。
多分、あいつは最初から正体に気づいていたのだろう。
「二人とも、礼を言うのは俺だけじゃなく、飲食チケットを手配してくれたメルさまにも言ってくれよな」
「分かってるさ。ありがとう、本当に助かったよ」
「メルさんも、ありがとね。まさか、調理スタッフまで連れてきてくれるんだもん。大助かりだよ!」
「いえいえ。これも全て、セッキーさんの思いつきのお陰ですの」
そうやって謙遜してるけど、結局は俺への無茶振りから始まったのである。
ちなみにだが、いわゆるバルイベントを開催するにあたってなのだが、このマリルガルの街には特に名物料理と言える物が無かったのだ。
それでも、飲んで食べて騒げば楽しいのだが、少々舌の肥えたグルメな参加者には物足りない。
そんな訳で、急遽メルさまが助っ人として、セイランさんを連れてきてくれたのだ。
今や彼女は、学食の調理場を仕切る程の人物なので、料理のレパートリーはかなりの物である。
その上なんと、もう一人まで助っ人に来てくれた。
「まさか、自分でもあの方が一緒にきてくれるとは思いませんでしたの」
そう。セイランさんと屋台で肩を並べて調理してるのは、メディア校長だった。
しかも、メルさまの薬により微妙に若返ってるので、レイズとノノミリアはまだ校長だと気づいていない。
それにしても、珍しい料理を頼んだのはこっちだけどさ、校長が鉄板でお好み焼きを焼いてるのって物凄くシュールだよな……。
黙ってれば妙齢の美人なお姉様なのだ。そんな人が文字通り汗をかきながら調理する姿にグッとくるらしく、お好み焼きの美味しそうな香りも相まって、男性客の受けは大変によろしい。
「しっかし、メルエルザさんも凄い助っ人を連れてきてくれたよな! しかも、あんな美人だし!」
「レイズのバカ!!」
「いてえ!? いきなり蹴るなよ!!」
レイズが調子に乗ってそんな事を言ってるから、ノノミリアに蹴られるのはお約束。
校長は、調理しながら二人の様子を複雑な表情で見ている。
そして、物陰からその校長をこれまた複雑な表情で見ている女性がいた。
「セッキーさん。あの方って、マリルガルの街の長のご息女ですよね?」
メルさまに問われて頷く。
あそこでお好み焼きを食べながら校長を見つめているのは、妙齢女性のレリエールさんだ。
なんだか、校長に熱視線……ではなく、ライバルのような視線を送っている。
見た目は同じような年齢だから、華があって目立つ校長に対抗意識でも持っているのだろうか。
それはそうと、レリエールさんは微妙な立場の人になってしまった。
彼女の父親である街の長が、オーツキ博士との金銭のやり取りが発覚したため、特殊犯罪捜査官に聴取のため連行されてしまったのだ。
このまま街の長の不在が続けば、色々と大変な事になるのは目に見えている。
かと言って、レリエールさんが街長の代理になるってのも難しいようだ。
「あの方は、箱入り娘だと耳にしましたの。政治的な事はサッパリなのでしょうね」
メルさまは、一体どこでそんな話を耳にしてくるのやら。
「街の皆さんが口にしていましたの」
「じゃあ、街長の代理は誰が務めるとか、もう噂になってたり?」
俺には関係の無い事だが、トラブルでトップがいなくなったら日常生活も混乱するだろう。
「ええ。既に皆さんは、彼らに期待を向けていますの」
メルさまはそう言って、レイズとノノミリアに目を向けた。
「……え? 俺達に?」
「あたし達が街の長の代理……?」
二人はいきなりの事で戸惑っている。
俺だって、いきなり街の代表になれって言われたら、戸惑うどころじゃない。
でも、よく考えたら俺は竜牙の谷一帯の領主にさせられたな。ついでに、大森林の三の部族の長にもさせられたわ。
「二人とも、なんとかなるさ! 頑張れよ!」
俺は未だかつてない程の爽やかな笑みで、二人の肩をポンと叩いてやった。
「おい、ふざけんなよ! いきなりそんな事を言われたって無理だろ!?」
「無責任な事を言わないでよね!」
「俺は竜牙族達の領主と、獣人の部族の族長を兼任してるんだぞ。俺だってできるんだから、二人だって大丈夫だろ。それに、二人は『なんでも屋』なんだろ? だったら、なんでもやってみせてくれよ」
「ま、まあ、そう言われたら、小さな街だしな……」
「そ、そうね……あたし達は二人で協力できるし……」
うんうん。その調子だぞ。
俺の場合は、普通にウィオリアさんが竜牙族の族長だし、獣人の方はイリーダさんに丸投げしてるので問題はない。
そう思ってると、何故かメルさまがジト目を向けてくる。
まだパンツを見せる話の事を根に持ってるのでしょうか。
「セッキーさんは相変わらず、口車に乗せるのがお上手と思いましたの」
「口車じゃなく、処世術と言ってほしいな」
「ほほう。その処世術とやらで、私をこんな場所で働かせてくれてるのか」
突然背後から妙なプレッシャーを感じる。
恐る恐る振り返ると、エプロン姿が妙に似合う校長が、これまた迫力のある微笑みを浮かべていた。
それはそうと、両手に持つ金属製のヘラが武器にしか見えないのだけど……。
「働かせてるって、人聞きの悪い事を言わないでもらえませんかねえ!?」
「私は普通に忙しい身なのだぞ? お前がどうしてもと頼み込んでいると聞いて、セイランとともに来てみたのだが、お前は祭の手伝いが欲しかっただけなのか?」
校長の怒った笑顔が怖いよう。
無駄に美人なので、余計に迫力もあるし。
「ええと、俺は特に頼んでないと言うか……。メルさま、なんて言って連れてきたの?」
「セッキーさんの真似をして、口から出まかせを少々申してみましたの」
なんですと!?
「ほほう。だとすると、『俺の一生に一度のお願いです! どうか手を貸してください!』と頼み込んだのも嘘だと言うのか?」
「若干脚色しましたが、概ねその通りですの。これも全て、セッキーさんの計画通りですの」
「ちょっと待てい! 脚色も何も、俺はそんな事を一言も言ってないぞ!?」
「ええい! 今更言い訳など見苦しいぞ!!」
問答無用で頭に拳骨を叩き込まれた。
なんたる傍若無人なのだ。俺は、お貴族様なのだぞ。
もっとも、校長は王兄の夫人だけど。
痛みで頭を抱えてると、レイズとノノミリアが恐る恐る尋ねてきた。
「あのさ、リョウヤ……」
「こちらの女性って、どちらさん?」
「二人とも、まだ気づかないのか? メディア校長だよ」
「「……は?」」
「は? じゃないよ。校長本人だって言ってるじゃんか」
「いやだって、若いじゃん! 校長って、もっと歳いってただろ!? 若作りするにも無理があるだろ!?」
「ちょ、レイズ!!」
ノノミリアが慌てて止めるも、既に遅い。
レイズの脳天にも拳骨が叩き込まれたのであった。
俺が言うのもなんだけど、余計な一言って本当にあるんだな……。
二人にも、校長が偶然できた薬で若返った事を伝えると、面白いぐらいに驚いてくれた。
ついでに、近くで俺達の様子を見ていたケフィン達も驚いていた。
一応は近衛騎士団所属なんだから、王兄のアーヴィルさんの夫人である校長の事情は知っていたんじゃないのか?
「メディア校長が若返ったとは噂には聞いていたけど、こんな美しい女性になっていたとは僕達も驚きだね……」
「ああ、まったくだぜ」
「独身でしたら、さぞ求婚が殺到していたでしょうね」
ケフィン達が誉めると、校長も満更ではない表情だ。
「……まったく、最近の騎士団では世辞も習うのか?」
そう言いながらも、照れる校長が萌えだな。
「セッキーさん、いくら人妻狙いだとしても、メディア校長はやめておいた方が良いですの」
「誰がそんな恐ろしい事をするんだよ!? 守備範囲外だ!!」
「……ほほう。リョウヤは私に魅力が無いと言うのか?」
なんか校長が面倒キャラになってるし!?
俺はその時、気付かなかった。
物陰から、悔しそうに校長を睨んでいるレリエールさんの姿があったのを。
「さて、調理をセイランに任せっきりになってしまったな。そろそろ戻るか」
そう言って、校長が屋台に戻ろうとした時だ。
「納得いかない! なんであなたは、そんなに男の人にチヤホヤされてるの!?」
校長の前に立ちはだかったのは、レリエールさんだった。
その口元には、お好み焼きの青海苔が沢山ついている。
「君は一体、何を言ってるのだ?」
校長の目が剣呑なものになった。
その迫力に、レリエールさんが一瞬怯むも、すぐに睨み返す。
「そ、そんなに男の人を侍らせて、私への当て付けなの!?」
その侍らせてる男の中に、俺も入っているのだろうか。
レイズやケフィン達も困惑顔だ。
「私は君の言っている事が理解できない。何が言いたいのだ?」
「お金の力ね! きっとそうよ! 私だって、お金があれば男の人がチヤホヤしてくれてたのに!!」
なんだか、空気が不穏になってきたのですが。
せっかくの楽しいイベントなのに、トラブルは勘弁してくれ。
「セッキーさん。わたくし情報ですと、レリエールさんは日々の鬱憤を晴らすようにホストクラブに通っていたそうですの。親が街長ですから、親のお金で遊んでいたのでしょうね…………クソが」
なんとまあ、ホスト遊びに耽っていたとは。
そりゃお金があれば、チヤホヤしてくれるだろうに。
「大体事情は把握したけど、最後にクソとか言わなかった?」
「はい? セッキーさん。わたくし、そんな汚い言葉遣いはいたしませんの」
「……そうですか」
メルさまの笑顔が怖くて、それ以上はツッコめなかった。
まあ、お金で苦労していた彼女だから、親の金で遊んでいたレリエールさんが許せないんだろうなあ。
「フン。金の力で得られる魅力なんて、所詮は表面だけのものだぞ。悔しいのなら内面を磨くのだな」
「きいいいいい!! 許せない!! 見た目が良いからって、私の事を見下して!!」
校長も辛辣だなあ。もう少しオブラートに包んで言ってあげればいいのに。
レリエールさんも、いきなり親が捕まって大変なのは分かるけど、ちゃんと身だしなみを整えれば美人の部類に入る。
しかし、困った事に騒ぎを聞きつけて野次馬が増えだしてきたな。
その中には、レリエールさん狙いだった男もいて、心配そうに様子を窺っている。
「悪役令嬢みたいだな……というには、少々年嵩がいってるだろうか」
「もう許せない!!」
校長が年齢に触れた途端、レリエールさんが校長に掴みかかろうとした。
「もっと年相応の振舞い方を覚えた方が良いな」
あっという間に、校長がレリエールさんを取り押さえてしまった。
あまりにも洗練された動きで、野次馬達からもどよめきの声が上る。
「は、離しなさいよ!!」
「さて、この狼藉者は自警団の詰所にでも突き出した方がいいだろうか」
校長の一言で、レリエールさんの表情が真っ青になった。
街長の令嬢から一転、犯罪者に真っ逆さまである。
あの男は助けに来ないのだろうか。
こういう時こそ、男を見せる時なのに。
その例の男が意を決して飛び出そうとした時、レイズが待ったの声を掛けた。
ああもう! タイミングが悪いなあ!
「待ってくれ。彼女は……俺の親戚なんだ」
ま、まさかの『レ』の一族だとう!?
名前のレしか共通点が無いけど。
余談だけど、この騒ぎの裏でセイランさんが、一生懸命にお好み焼きを焼いてました。




