790 どうか、寛大なご処置を
「大変失礼しました。すぐに拘束を解かせていただきます」
そう言って、ニーヒルが俺達の腕を縛っていた縄を解いて行く。
疑いが晴れて良かったが、なんかスッキリしない。
疑われたので、別に謝罪してほしいって訳じゃないけど。
「ささ、パンツ辺境伯とその奥方様、守護騎士のみなさんも、どうぞこちらへ」
「……あのさ、そのパンツ辺境伯って何?」
なんとなくスッキリしない原因が分かった気がする。
いつの間にか辺境伯と呼ばれているのは知ったけど、パンツってなんだよ。
そこまで性癖は公開してるつもりはないぞ。
「私どもは、そのように認識しておりますが?」
言っている意味が分からないって顔をされた。
俺も意味が分からないんだけど。
「セッキーさん、あきらめが肝心ですの」
メルさまも、そんな達観した顔で言わないでもらえませんかね。
シレっと俺の妻だとか名乗ってるし。
パンツ辺境伯の妻と呼ばれて恥ずかしくないのか?
略してパン妻だぞ?
「僕達も、リョウヤ君の守護騎士となれて鼻が高いよ」
「守護騎士ってのは、近衛騎士の中でも誉れ高い役職だからな」
「人生、何があるか分かりませんね」
この三人も正気なのだろうか。
それはそうと、レイズ達が取り残されてるので二人もこちらへ呼んでおこう。
「あそこの二人も俺の仲間なんで、連れてきてやってくれないか?」
「そうでしたか。すぐに呼んで参りましょう」
レイズとノノミリアが訳の分からないって表情で連れられてきたが、俺だってこの状況に戸惑っている。
「なんかよく分からんが助かったよ。リョウヤ」
「辺境伯さまさまだね!」
感謝する二人だが、ふと何かに気付いた様子。
「それはそうと、リョウヤの関係者が解放されるんだったらさ……」
「ここで免罪符を使わなくても良かったんじゃ……」
「ああくそ! 勿体ない!!」
「一回きりだったのに!!」
知らんがな。
そんなこんなで、バケツが並べられている場所まで案内されてきた。
どうやら盗賊達から押収したらしい。
それらを検分していたのは、色気女ことエイザ上級捜査官とやらだ。
制服に着替えたらしく、参加者に紛れていた姿の面影はまったくない。
ただ、制服が若干きつそうである。
「……先程は、大変失礼しました」
俺と目を合わせずに頭を下げた。
相当プライドが高いのだろう。かなり悔しそうだ。
謝れるだけ偉いと思うけどね。
「まあ、そちらも仕事だったのでしょう。あまり気になさらずに」
どうだ。この大人の対応。
凄いだろう。
「セッキーさん、ドヤ顔が気色悪いですの」
あなたは、いちいちケチを付けないと気が済まないんですかね。
「ところで、このバケツはどうするんですかね?」
「中身を検めた後、バケモンを森に帰します」
相変わらず目を合わせてくれないけど、一応は答えてくれる。
だけど、なんかやりにくいなあ。
そう思ってると、ニーヒルが小声で話しかけてきた。
「辺境伯。エイザ上級捜査官は、責任を取る事に怯えているのですよ」
「責任? 俺達を誤認逮捕しようとしたからか?」
「ええ」
普通に考えたら、貴族相手にそんな事をしたら大事になるよな。
この国は知らないけど、下手したら死罪になる可能性だってありそうだ。
「どうか、寛大なご処置を」
そうは言われても、状況がまったく読めない。
戸惑っていたら、突然エイザが頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
まるで恐怖に震えているようだ。
「もう私は耐えられない!! 辺境伯、どうかご慈悲を!!」
なんですかね、この展開。
あれだけ居丈高だったのに、すっかり別人だよ。
作業をしていた特殊犯罪捜査官達も、こちらを注視している。
「セッキーさん……」
「リョウヤ君……」
メルさまやケフィン達も不安げだ。
なんだか俺が悪人みたいな空気になってしまったよ。
「あの、別に罰する気はないんだけど……」
「お許しいただけるのですか!?」
ガバッと起き上がった。
現金な人だなあ。
「ああ、良かったあ。パンツ辺境伯に謝罪する場合は、下着を見せる決まりがあると伺っておりました。流石にそれだけは無理でしたので……」
「ちょっと待て。パンツ辺境伯はともかく、謝罪方法が下着を見せるだって?」
「そういう決まりだと界隈では有名な話ですよ? 嫌な表情をしながらショーツを見せると許してくれると聞き及んでいます」
一体、俺はどこへ向かっているのだろうか。というか、界隈ってどこだよ?
今度は俺が頭を抱えてしゃがみ込む番であった。
「セッキーさんの普段の言動が、こんなところに影響してくるのですね」
今回ばかりはメルさまが正論過ぎる。
そして、ケフィン達が追い打ちをかけてきた。
「リョウヤ君、守護騎士の話は無かった事にしてくれないか」
「こんな奴の守護騎士になったなんて、経歴に傷どころじゃないしな」
「まさに一生の恥ですね」
お前らが俺の守護騎士になった認識は無いけど、その手の平返しは騎士道精神的にどうなんだ?
「流石はリョウヤだな。俺達とはすっかり別世界の住人だよ」
「やっぱり、あたし達とリョウヤ君は住んでる世界が違うのね」
レイズとノノミリアも、無責任に言いたい放題である。
こんな展開は毎度の事なので、さっさと復活。
このままでは話が進まないしな。
「それはそうと、エイザさんはキャラがブレ過ぎでしょうよ。初対面の時は俺の事を誘惑しようとしてきたし。男に飢えてるのですか?」
そう言った途端、ニーヒルが物凄い勢いでエイザに詰め寄った。
「エイザ上級捜査官! 年下の少年に何をやっているのですか!?」
「あ、あれは潜入捜査での演技で……」
「演技でもやっていい事と、悪い事の区別もつかないのですか!?」
「私だって、任務に邁進していたのだ!!」
「それにしても、そんな痴女みたいな真似をしなくてもいいでしょう!?」
「ち、痴女だとう!?」
いきなり目の前で見苦しい言い争いが繰り広げられてるのですが。
そんな事より、この場から早く解放してほしいので収拾を図ろう。
「ニーヒルさん。エイザさんは、そんなに痴女じゃないですよ」
「そうなのですか? パンツ辺境伯」
「はい。後、パンツ呼びはやめてね」
エイザが『私は痴女じゃないです!』とか言ってるけど、取り敢えず無視。
「俺に焼き芋をくれたし、ただの面白お姉さんだと思うのですよ」
しかし、再度ニーヒルが物凄い勢いでエイザに詰め寄る。
「エイザ上級捜査官! あれだけ間食は駄目だと言ったじゃないですか!! 焼き芋とか正気なのですか!?」
「す、少しぐらいはいいじゃないか! 辺境伯にほとんど渡したし!」
「食べ掛けを辺境伯に渡すなんて、一体何を考えてるのですか!?」
「その時は彼の素性を知らなかったのだ!! それよりも、チートデイを週四日にしてくれ!!」
「……はあ、もういいです。好きな物を好きなだけ食べて勝手に肥えてくださいね。私は知りませんから」
「待て! これ以上制服のサイズが変わるのはマズい!! 私を見捨てないでくれ、ニーヒル捜査官!!」
なんだろうなぁ。この茶番は。
エイザ上級捜査官の制服は、確かにきつそうだ。
タイトスカートが危険な事になっている気がする。
こうして一悶着あったけど、無事にバケモンを盗賊達の手から守る事ができた。
バケツに封じたバケモンは、全て森に帰したのだが……。
「おい、ニャンブーよ。お前も森に帰れよ」
しかし、黄色い猫豚が俺にしがみついて帰ろうとしない。
鼻水で汚れた顔を俺のズボンに擦り付けてるし。
「セッキーさんに懐いてるので、このまま連れて帰ったらどうですの?」
「連れ帰るのは別として、法的にマズいんじゃないか?」
エイザに尋ねてみる。
「辺境伯、この生物はバケモンだと確認できませんでした。現状は謎生物なので、お好きにしてください」
こっちに丸投げかよ!?
「なあ、レイズ……」
「俺達も初めて見る生物だからなあ」
「案外、ただの太った猫なんじゃないの?」
レイズとノノミリアも頼りにならなかった。
それよりも、こいつは絶対にただの太った猫ではない。
明らかに俺達の言葉を理解しているようである。
「辺境伯、これから首謀者を捕らえに向かいますので、ご同行願えますか?」
エイザに問われ、了承する。
まったく、とんでもないトラブルに巻き込んでくれたものだ。
せめて首謀者とやらの顔を拝まないと、気が収まらない。
森からマリルガルの街へ戻るのだが、ニャンブーは俺にしがみついたままだ。
イベント会場では、オーツキ博士が熱唱していた。
「キミはたっぷりバケモン捕まえた~? キミは言えるかな~?」
相変わらず洒落になってないが、そこへエイザ達が一気に踏み込んだ。
「おい! 人がせっかくいい気持ちで歌っているのに邪魔をするな!!」
「王国特殊犯罪捜査官のエイザ上級捜査官だ! オーツキ、お前をバケモン密猟及び違法売買の容疑で逮捕する!!」
「な、何を根拠に言うのだ!?」
「あなたの部下達は全員捕縛されましたよ。言い訳は本部で聞きましょうか」
ニーヒルが手早くオーツキ博士を拘束した。
「く、くそう!! イベントのどさくさで稼ごうと思ったのに!!」
バケモン研究者は、ただの密売人であった。
なんともひどいオチである。
そんな訳で、イベントはそのまま強制終了となってしまった。
イベント主催者のレイズとノノミリアはともかく、街の長を含めた後援者達は、取り調べを受けるらしい。
オーツキ博士の協力者がまだいるとの事だ。
「あーあ。今回はまったくの骨折り損だったなあ……」
「そうですか? わたくしは、セッキーさんと一緒に来られて楽しかったですの」
そんな殊勝な事を言われたら、キュンとしちゃうじゃないか。
ニャンブーも頷いてるし。
「辺境伯!」
捜査官達の指示を終えたエイザが、こちらにやってきた。
「この度は辺境伯の協力で、バケモンの密売を未然に防ぐ事ができました。なんとお礼を申したら……」
「別に俺は何もしてませんよ。それと、ここでの俺はただのリョウヤだから。あなたも上級捜査官じゃなくて、焼き芋をくれたエイザお姉さんとして接してくれたら嬉しいよ」
「分かりました。……お姉さん、今回は物凄く助かったわ! それとは別に、もし良かったらいい男を紹介してね!」
物凄い変わり身である。
ある意味、才能ではないだろうか。
「いい男って、ニーヒルさんじゃ駄目なんですか? お似合いに見えたんですけど」
「ちょっとやめてよ! 彼は色々と口うるさいし、私生活もチェックしてくるから無理! 息が詰まるわよ!」
「……ほう。私が管理しないと私生活が滅茶苦茶で、ダイエットもまともにできない人がそういう事をおっしゃるのですね」
「え……? ニ、ニーヒル!? ちょ、今のは冗談だって!!」
「分かりました。言い訳は本部でじっくり聞きましょう」
「あ、ちょっとやめて! 全部ウソだからーーー!!」
気配も無く現れたニーヒルにエイザが捕まり、引っ張られて行く。
「またどこかで会いましょうねー!!」
引きずられながらも律儀に手を振ってくれるのだが、最後にビリっと豪快な音がした。
そう。エイザのスカートがとうとう裂けてしまったのだ。
「きゃああああああああ!!!」
……うむ、ワインレッドとかお洒落じゃないか。
「セッキーさんは、やはりパンツ辺境伯なのですね」
メルさまもひどい事を言いやがる。




