783 番外編 聖夜の異変・前編
季節ネタです。
下ネタありなので、苦手な方はご注意ください
あまり四季がはっきりしない地域に属する王都にも、冬の訪れがやってきた。
女神エルファルドが離婚して再出発を決意した日を記念して、生誕祭と呼ばれるようになった日の前日である。
こことは違う世界では、一般的にクリスマスイブと呼ばれる日だ。
王都は生誕祭を祝うために、街中が煌びやかに飾り付けられている。
行き交う人々も、どこか楽しげだ。
そんな活気溢れる場所とは正反対な場所があった。
王都の片隅に存在する犯罪者収容施設だ。施設は高い塀に囲まれていて、周囲には何も無く寂しい場所である。いわゆる刑務所だ。
その日の午後、一人の中年の男が刑務所を出所しようとしていた。
「もう二度と来るんじゃないぞ」
門番の兵士に声を掛けられた男は、軽く会釈する。
「お世話になりました」
そう返事をして、うら寂しい荒地を歩いていく。
「くそ、冷えるな……」
男は羽織ったトレンチコートの襟を立てて首をすぼめる。
そして、その男の前に二人の男が現れた。彼らも同じようなトレンチコートを羽織っていた。
「フッ……出てくるのが遅かったじゃないか」
「随分と待ちくたびれたぞ」
「お前ら、先に出所していたのか?」
出所したばかりの男は少し驚いた表情で二人に尋ねる。
「まあな。現行犯のお前と違って、俺達は現行犯ではなかったからな」
「それに、俺達は模範囚を装っていた」
「……そうか」
男は演技でも、従順な囚人の振りはまっぴら御免であった。
そのため、罪の重さの違いもあるが、二人より出所が遅れてしまったのである。
「娑婆に出るのは久しぶりだろう? 出所祝いに俺達が今夜は一杯おごってやるよ」
「可愛い子がいるんだぜ。ヴィアンナちゃんっていう猫耳のメイドがいる店だ。最近はフィーリンって新人が入ってきたので紹介してやるよ」
男は自分の耳を疑った。
この二人はいつの間に、こんなに腑抜けてしまったのだろう。
「……お前ら、それでいいのか?」
「うん?」
「いきなりどうした?」
「俺達の使命はなんだ!? そんな店に行って鼻の下を伸ばしている場合か!?」
「……時代が変わったんだよ」
「最近は色々監視も厳しくなって、自由に動けなくなった」
二人の男は、力なくうな垂れてしまった。
「だからって、諦めるなよ。俺達にはやる事があるだろう?」
「お前は塀の中にいたから、分からないのだろう」
「今はかなり警戒されていて、ターゲットを見つけるのも容易ではないのだ」
男は心の中で毒づいた。
この腰抜けどもめ!! だったら、俺がやり遂げてやろうじゃないか。
心半ばで逮捕された悔しさを今こそ晴らしてやる!!
「……よし、お前達に見せてやろう。『こんにちはオジサン』と呼ばれた、この俺の雄姿をな!!」
「お前、正気か!?」
「今日、出所したばかりだろう!?」
「正気も正気だ。お前らこそ『おはようオジサン』、『こんばんはオジサン』の矜持を忘れたのか?」
おはようオジサンと、こんばんはオジサンと呼ばれた二人の男は、互いの顔を見合わせる。
そして、決意を固めたように頷いた。
「よし、分かった。お前がそこまで言うのなら、俺達も付き合おう」
「ムショ暮らしで鈍ってないよな?」
「ぬかせ! 俺のターゲット探知スキルは絶好調だ!!」
そして、三人は決意を新たに王都の繁華街へと歩いて行った。
◆◆◆
一方、その頃。
今日は学校が終業式で午前中のみであったので、フィルエンネとミュリシャは、学校帰りに王都の繁華街を歩いていた。
「ねえねえ、ミューちゃん」
「なんですか? フィル」
「今日は、あっちの方へ行って探検してみようよ」
「あちらですか……? あの辺りは寂しい場所で、あまり治安が良くないと聞きますわ」
「大丈夫だよー。わたしとミューちゃんだったら、その辺の悪党にも負けないって」
「そうですけど、あまり自信過剰もよくないと思いますわ」
「大丈夫だって! さあ、行こう!!」
「あ、待ってください! フィル!!」
ずんずんと突き進むフィルエンネをミュリシャが慌てて追い掛けるのであった。
◆◆◆
男達は建物がまばらで、人気の少ない寂しい場所にやってきた。
「おい、こんにちはオジサン。こんな場所にターゲットは来るのか?」
「やっぱり、ムショ暮らしで勘が鈍ったんじゃないのか?」
こんにちはオジサンと呼ばれた男が、こんばんはオジサンの言い草に顔をしかめる。
「鈍ってなんかいない。むしろ、研ぎ澄まされている程だ。黙って見ていろ」
そう言って、こんにちはオジサンは物陰に身を潜めた。
残された二人は互いの顔を見て、困惑しながらも同様に物陰に身を潜める。
ここで、この三人の男達の事を説明しておこう。
彼らは端的に言うと変質者である。
真夏でもトレンチコートを身に纏い、幼気な少女を見掛けると後ろから声を掛けて挨拶をするのだ。
そして、少女が振り向くとコートをはだけさせて下半身を露出するという凶行に及ぶのであった。
余談であるが、過去にテルアイラ達の活躍で、こんにちはオジサンが現行犯逮捕され、芋づる式におはようオジサンと、こんばんはオジサンも御用となったのである。
「おい、見てみろ! おあつらえ向きのターゲットが来たぞ!!」
こんにちはオジサンが静かに興奮する。
彼の少女探知スキルは、神の領域に踏み込んでいるレベルだった。
「まさか、本当に現れるとは……!!」
「あの二人組なら、脅かし甲斐がありそうだぜ!!」
三人は互いに目配せをして、動き出した。
彼らの間では一つの決まりがあるのだ。
『決して触れない』
そう。彼らは変態であり紳士でもあるのだ。
俗に言う変態紳士。それが彼らの誇りでもあった。
しかし、それが適用されるのは少女まで。それ以外なら、実力行使もいとわないのである。
「フィル、こんな場所早く帰りましょう……?」
「凶暴な気配は感じないから、大丈夫だよう」
「ですが、何か嫌な予感がするのです」
「ミューちゃんは心配性なんだから~」
その時であった。
二人の背後に男達が迫る。
「こんにちは、お嬢さん」
「へ?」
思わずフィルエンネが振り返ろうとした瞬間、ミュリシャがそれを止めた。
「フィル、駄目ですわ! 絶対に振り向いては駄目!!」
ミュリシャは王家の血を引いているため、特殊な固有スキルを持っている。
彼女が保有するスキルは『先読み』。
これは、ごく短時間であるが未来予知が可能なスキルだ。
そのスキルによって、振り向いた後に起きる惨劇を予知したのである。
「ミューちゃん、なんで振り向いたら駄目なの?」
「と、とにかく駄目ですわ!!」
ミュリシャはフィルエンネの頭を抱えるようにして、前方を見据える。
その先は塀だ。逃げるなら左右しかない。
だが、その左右の退路も二人の男に塞がれてしまった。
「おはよう~」
「こんばんは~」
二人がそう言いながら、トレンチコートの前を開けようとしている。
(これは見ちゃ駄目!! 絶対に後悔する!!)
ミュリシャはきつく目を閉じ、フィルエンネを抱え込むようにしゃがみ込んだ。
一方、こんにちはオジサンは、言いしれぬ高揚感に浸っていた。
(ああ、これだよこれ! こういう反応がいいんだよな。これは本物の少女でしか味わえない反応だ。……思い返せば、俺が逮捕された時はとんだ偽物に引っ掛かってしまったぜ。あのタヌキの獣人の女め! 小柄だから、つい本物の少女だと思って声を掛けたのに!! なんだよ、あの胸の大きさは!!)
こんにちはオジサンは、過去を思い出して段々と腹が立ってきた。
「よし、二人とも囲むぞ!」
「おう!」
「ああ!」
三人の男が、しゃがみ込む少女ににじり寄っていく。
「こんにちは~。ゾウさんだぞ~」
「おはよう~。ほうら、ぶ~らぶ~ら」
「こんばんは~。ぱおーん」
その姿は、まさに変質者その物であった。
良い子は絶対に真似してはいけません




