780 今夜はゆっくりしていってね
王都から魔導力車でゆっくり走って三日の距離に、マリルガルという街があった。
都会に住む口の悪い者なら、田舎町とでも言いそうな場所だ。
もっとも、俺のこの世界での実家はもっとド田舎なので、『こういう場所なのね』程度の印象である。
小さいながらも、冒険者ギルドの出張所みたいな施設があると聞くだけで、俺の地元よりはるかに充実してると思うのよ。
「ところで、今日の泊まる宿はこれから探すんだよね?」
助手席から散々嫌がらせをした挙句、俺から体温を奪ってご満悦のメルさまに尋ねる。
これで宿に空きが無かったら、鏡空間経由で自宅に帰るとしよう。
無駄な宿泊費を使わなくていいのだけど、旅の情緒が無くて面白くないのが難点である。
「いえ、既に決まっていますの」
「おお、予約済みとは! やるな!」
「うふふ。褒めてくださっていいのですよ?」
「偉いね~」
そう言ってメルさまの頭を撫でたら、手を払い除けられた。
「なんか馬鹿にされてるようで、腹が立ちますの」
うむ、メルさまも難しいお年頃ですな。
そんなやり取りをしながら街の通用門に向かうと、結構な人数が身分証明検査のため並んでいた。
小さな街なのに、割と人の出入りが多いんだな。
「明日からイベントがありますからね」
そういえば、そんな話があったな。
そのイベントの賞品が『桜水晶』だったのだ。それを求めて、俺はメルさまの仕事にわざわざ付き合ってきたのである。
「というと、イベントの見物人か参加者ってやつか? どんなイベントなんだ?」
「参加型のイベントですの。勿論、セッキーさんも強制参加ですの」
強制参加なんだ……。
何故かこの手のイベントって、嫌な予感しかしない。
一人、悪寒を感じていると俺達の検査の番が回ってきた。
メルさまが助手席から門番に書類等を見せると、すぐに通される。
後部席の荷物すら確認しないのかよ。
「紹介状を持っていますからね。それと、わたくしの身分証明書も、それなりに信用がありますの」
紹介状なんて持ってたのかよ。もっとも、納品に来たんだから、持ってて当たり前か。
メルさまも、一応は貴族のご令嬢なんで信用があるのだろう。
街の大通りを徐行しながら進む。魔導力車が珍しいのか、通行人に二度見される。
多分、この街は機械人に襲われなかったのだろう。
希に王都でも、はぐれ機械人の襲撃が発生してたけど、今やまったく無くなった。
近いうちに、王国内での機械人との戦いの終結宣言が発表されると聞く。
他国では、まだ残党の襲撃があるので油断はできないけど。
「セッキーさんも、ご自身の身分証明書を示せば、王国内でしたら、ほぼ自由に出入りが可能なはずですの」
「俺って、そんなに優遇されてるの?」
「無自覚って、度が過ぎると嫌味になりますの。セッキーさんは、今や王族の一員ではないですか」
「え? そんなの初耳なんですけど……」
「王女姉妹を手籠めにしておいて、よくそんな事をほざけますね。驚きを通り越して、尊敬すらしたくなりますの」
「それは聞き捨てならんぞ! イリーダさんとユーには手を出したけど、セルフィルナさんとミヨリカさんはまだだぞ!」
「言い訳は見苦しいですの。えいっ」
「うひゃあ! 脇腹に冷たい手を突っ込まないで!!」
くそう、思わず暴露してしまったじゃないか。
というか、イリーダさんには襲われた方だからな。
そんな風にじゃれ合ってると、前方から二人組がこちらにやってくるのが見えた。
「迎えが来ましたの」
今夜の宿の関係者だろうか。
魔導力車を停車させ、二人で降車する。
出迎えてくれたのは、どうやら若い男女のようだ。
「よお、久しぶりだな」
「二人とも元気だった? リョウヤ君の噂はこっちでも耳にするよー」
なんとまあ、出迎えてくれたのはレイズとノノミリアだった。
もしかすると、ここが二人の故郷なのか?
「驚いたな……。二人が出迎えてくれるなんて、知らなかったよ」
「そりゃまあ、一緒に冒険した仲だからな。出迎えない訳がないだろ」
「というか、マリルガルに来るんだから、あたし達が出迎えるのは分かってたでしょ?」
「俺は二人がここに住んでるなんて、初耳だったんだが……」
メルさまにやられたかと思って、彼女の方を見るとピースサインをしている。
「サプライズ成功ですの」
こんちくしょう。やられたぜ。
「俺達がマリルガル出身って、王都を離れる前にリョウヤに教えただろ?」
残念ながら、まったく聞いたおぼえがありません。
「こんな大事な事を忘れるリョウヤ君って、サイテー……」
ノノミリアのジト目も、久々で懐かしいなあ。
短い間だったけど、一緒に過ごした学生生活を思い出す。
「……さて、冗談はここまでにしておいてだ。ようこそ、マリルガルの街へ辺境伯様」
「小さな街ですが、どうぞゆっくり楽しんでくださいませ」
突然二人が背筋を正し、貴族に対するような態度を取って俺に頭を下げる。
いきなりどうしたんだ。
「セッキーさん、ご自身の身分をお忘れですか? あなたは、今や王族に連なる貴族なのですよ」
メルさまも従者のような態度で窘めてきた。
こういう展開って卑怯だなー。
「いやいやいや! 普通に接してくれよ!! というか、辺境伯ってなんだよ!?」
「国境近くの竜牙の里一帯を治める領主として、辺境伯と呼ばれているのをご存じないのですか?」
いえ、普通に初耳でございます。というか、誰がその呼び名を広めたんだよ。
だけど、辺境伯って響きがカッコイイよな。
辺境伯☆セッキー参上!!
……なんか急にダサくなった。
自分で名乗るのは、やめておこう。
「辺境伯云々はさておき、レイズ達もそんなかしこまらないでくれよ。今までみたいに普通に友達として接してくれ」
「セッキーさん、それでよろしいのですか? 貴族と平民との線引きはしっかりしないといけませんよ? そのままですと、平民になめられて統治もままなりませんよ?」
うう、生まれながらの貴族のメルさまに言われると耳が痛い。
俺なんて、ポッと出の成り上がり貴族である。
「でもさあ、統治なんて領民は竜牙族しかいないし、彼らは普通に俺を尊重してくれてるから別にいいよ。そもそも、このマリルガルの街で誰も俺の事に気づいてないじゃないか。それ以前に、俺の事を知ってるのは、レイズとノノミリア以外にいないだろ。どうしても貴族として振る舞えと言うのなら、今のは俺はお忍びの訪問だ。はい、決定! 異論は認めないから!」
そうまくし立てたら、三人がポカンとした表情を浮かべている。
そして、吹き出して笑い出した。
「あははは! 悪い。別に試してた訳じゃないんだが、一応はな」
「ホント、リョウヤ君っておかしい! 流石に貴族だから、建前上は敬う態度を取らないといけなくてね」
「そういう事ですの。セッキーさんも、お二人の気持ちを酌んでくださるとよろしいですの」
まったく人が悪い。それと貴族の身分って面倒くさい。
これは俺達の関係だから可能な事であって、普通の貴族と平民の間ではこんな砕けた話し方なんて無理だろう。
「仮に俺が貴族として、二人に接してたらどうしてたんだ?」
「そのままだよ。俺達は平民、リョウヤはお貴族様」
「そうなると、あたし達の友情も終わってたよね」
なんて恐ろしい事を言うのだ!?
「居丈高なセッキーさんを見てみたかったですの。そうして人間関係が崩れていくのを目の当たりにして、ほくそ笑む事ができましたのに」
こいつ悪魔かな?
「さあ、立ち話もなんだし、俺達の家に案内するよ」
「イベントは明日からだから、今夜はゆっくりしていってね」
そう言いながら、二人が当たり前のように魔導力車に乗り込んで来る。
「うわ! 狭っ!!」
「荷物だらけじゃん! 座席ぐらい用意しておいてよ!」
さっきの態度はどこに行ったのだろうというぐらいに厚かましい。
まったくもって、いつも通りで安心してしまうのだが。
程なくして、二人の家に到着した。
「ここが俺達の家だ」
「自分の家だと思って過ごしてね」
……なんかでかくね?
ちょっとしたお屋敷だ。故郷に錦でも飾ったのか?
それにしても、大袈裟過ぎな家だ。
「セッキーさん、どうされましたの?」
「普通、俺達ぐらいの年齢で所有できる家なんて、こじんまりした感じだろうよ。それなのに、随分と立派な家だなあと」
俺の場合、豪邸を手に入れたのは棚ぼたみたいなものだから例外だ。
「ああ、うちは色々やってるからな。住居スペースは普通だぞ」
「最初は『なんでも屋』をやってたのだけど、文字通り色々な仕事を頼まれるようになっちゃってね。今では、冒険者ギルドの出張所とかも兼ねてるのよ」
はえ~。そんな理由だったのか。
中に入るなり、使用人みたいな人達が揃って出迎えてくれた。
「「「お帰りなさいませ、旦那様、奥様」」」
なんかうちより、凄くない?
この二人の方がよっぽど貴族みたいな扱いだよね?
「これは未だに慣れないよなあ」
「あはは……」
当の二人は、ばつが悪そうに頭をかいている。
その気持ちはなんか分かるな。庶民が貴族みたいな扱いを受けると、つい恐縮してしまうのだ。
「そういえば、お二人はご結婚されたのですよね。これ、ささやかですがお祝いです。王都銘菓ですので、後で召し上がってください。他の皆様方の分も用意してあります」
「わざわざ気を使ってくれて悪いな!」
「メルさん、ありがとー!」
そう言いながら、若夫婦が俺に期待の目を向けてくる。
残念ながら、何も用意してません。
そもそもが二人が住んでる街に来るなんて知らなかったんだし。
「まあ! セッキーさんたら、ご友人の結婚も祝えないような器の小さい方だったのですね!」
こいつ、喧嘩売ってるのかな?
後でおぼえておけよ。
「悪いね。ここに来るのを知ってたら、お祝いを用意したんだけど……」
「冗談だっての。何故か王家からも色々とお祝いをもらってるから、気にしないでくれ」
「多分、このお屋敷も王家の方で手を回したんじゃないかなあって、あたしは思ってるけど」
国王は何をやってるんですかね。
だけど、二人は俺と一緒に国難を救ってるのだから、それぐらいの褒美を出すのは当然か。
「うふふふ、セッキーさんの困った顔が見られて楽しかったですの」
くそう、その余裕も今の内だからな!
いつかギャフンと言わせてやるから!!




