777 王都に連れて行くって約束しちゃったんだ
ライガのオッサンとの戦いはウヤムヤに終わった。
ミンニエリさんがボコボコにして終了である。
まあ、アレで良かったのだろう。あのままでは、植物のツタでオッサンの乳首を責めるという、とんでもない絵面が続くところだったし。
そんな訳で、彼女の集落を後にした。
「それにしても、これはどうしましょう?」
歩きながら、ミンニエリさんが困ったように尋ねてきた。
彼女の手には握りこぶし大の琥珀の塊が乗っている。
その琥珀は不純物も無く透きとおり、まるで黄金のように輝いているのだ。
戦いが終わった後、娘にボコボコにされていたはずなのに、何ごとも無かったようにライガのオッサンが琥珀を押し付けてきたのだ。
なんでも、彼の家に古くから伝わる貴重な物らしく、代々娘の嫁入りの際に持たせていたそうな。
そして、これが最後の一つらしい。
『ふんむ! セキこ……いや、リョウヤ殿! ミンニの事をよろしく頼みますぞ!』
あの戦いは、きっと彼なりに娘を託せる相手かどうかを見極める物だったのだろう。
そんな父親の気持ちを理解しているのだろうか、ミンニエリさんはしきりに琥珀を眺めている。
「こんな物、私の家にあったなんて初めて知りましたよ。綺麗ですけど、使い道に困りますね。売っちゃいます?」
なんて事を言うのですかね!?
もしかして、嫁入り道具って事を知らないとか?
知ってたら、もっと色んな意味で騒いでるか……。
「ところで、ミンニエリさんってお姉さんとかっています?」
「他所の集落に嫁いだ姉が何人かいますけど、それが? ……まさか、人妻狙い!? いくらなんでも駄目ですよ!!」
この人は俺の事をなんだと思っているのだろう。
そのお姉さん達にも持たせたのだろうか。それとも、ミンニエリさんだけが特別なのかは本人のみ知る。
そんな訳で、メグさん達が待つ場所へ向かおうとするのだが、妙な人が付いてきているのだ。
「あのう、なんで当たり前のように付いてきてるんですかね?」
「いやー、奥さんと別居状態になりましてねー。私も生活があるんですよ。せっかくなので、王都に出稼ぎに行こうかなーって。王都には地下闘技場もあるんですよね? そこで雇ってもらえないかなあって」
先程の戦いの実況を担当していた、オルテッドと名乗る獣人の男である。
あまりの図々しさに驚きだよ。
実際、王都の地下ダンジョン入口に『ズンこランド』なるテーマパークがあって、そこに地下闘技場もあるのだ。
『どうしましょうか?』とミンニエリさんに伺うも、『お任せします』と言われては仕方ない。
「連れて行くのは、王都までですよ?」
「そりゃ助かります!! 流石は精霊樹の加護を持つお方だ! 一生感謝しますよ!」
なんか調子のいい男だなあ。
常時こんな感じなので、奥さんに見限られたのだろう。
「そういえば、ずっと聞きたかったんですけど、あの長老って人は何者なんです? 何度かこの集落に来てるけど、今回初めて見ましたよ」
長老と呼ばれていたご老人は、こちらを見ては意味深に『むむぅ……あやつまさか……』と呟くので、物凄く気になっていたのだ。
「ああー、あの人ですか。その辺にいた爺さんがなんとなく長老っぽかったんで、取り敢えず解説役になってもらっただけですよ」
頭が痛くなってきたよ。本当にこの男は適当過ぎる。
さて、そろそろ精霊樹のよんちゃんの力を借りてメグさん達のところへ向かおう。
「お呼びですかー?」
近くの樹木から生えるよんちゃん。
知らない人が見れば驚きである。
「うおー!! 精霊樹様だーーーー!! いやー、生で見るのは初めてです!! 凄いですねーーーーー!!」
正直、うるさい。
よんちゃんも迷惑顔だ。
「ご主人様、適当に縛り付けて放置しておきます?」
相変わらず精霊ってのは容赦が無いなあ。
「ごめんね。王都に連れて行くって約束しちゃったんだ」
「えー………」
物凄く嫌そうな顔である。
「後で沢山遊んであげるから、機嫌を直して」
「仕方ないですねえ。分かりましたよう」
精霊とのコミュニケーションは大切なのだ。
その割には、鏡子さんとか放置気味だけど。たまにはご機嫌を取らないと突然爆発したりするので、やっぱりコミュケーションは大切である。
「流石は精霊マスターの名を持つだけありますねぇ!! なんと素晴らしい交流!! いやー、感動の場面です!! ミンニエリ嬢もそう思いますよね!!」
「え、ええ……」
俺はいつから精霊マスターになったのだろう。
それと、ミンニエリさんが困ってるから話を振らないでね。
という訳で、よんちゃんを宥めつつメグさんの待つ集落の外れへ転移。
「あ、やっと帰ってきたよー……って、なんか疲れてる顔してるね? どうしたの?」
出迎えてくれたメグさんが怪訝な顔をしている。
ライガさんと戦わされてきたなんて言いたくない。
「セキこさんは、私の父と激しい戦いを繰り広げてきたのですよ」
「そうなの? ズルいなー。私も戦いたかったなー。ブーブー」
ほら、こうなるから言いたくなかったんだよ。
「ねー、セキこちゃんだけズルくない? 私も暴れたかったんだけどー。ねー」
メグさんが唇を尖らせながら、俺の肩を掴んで揺さぶってくる。
あなたは子供ですか。
「分かりました、分かりましたよ! 後で手合わせしますから!」
「わー! やったー!!」
この人、本当に成人してるのだろうか。
色々不安になってきた。
「ところでさー、こっちの固まってる人って誰?」
メグさんが指差したオルテッドさんが、なんか固まっている。
そして顔色が悪い。
「ええと、紹介するね。成り行きで王都に連れて行く事になった──」
「存じていますよ。オルテッド兄さまですよね」
そう答えたのは、メイドのアユルナさんだった。
なんとまあ、まさかの兄妹だったとは。世間は狭い。
「な、なんで、お前がここに……」
「何故とおっしゃられましても、私はメグナーシャお嬢様のメイドですから、いるのは当たり前ですけど?」
「それは……そうだが……」
先程のやかましさは、すっかり影を潜めてしまった。
「オルテッド兄さま、お義姉さまはお元気ですか? 以前にお会いした時は、兄さまは家庭を顧みずに賭け事に夢中になっていたと聞きましたが? その事で、お義姉さまは大変にご立腹でしたよ?」
そりゃ別居にもなるわな。
アユルナさんが笑顔なのに目が笑っていなくて怖い。
「ふーん、そうなんだー? 賭け事は程々にって、テルアイラも言ってたよ」
テルアイラさんが言っても、何故か説得力が無いように思えるのは、気のせいだろうか。
そんなこんなで、オルテッドさんはすっかり意気消沈してしまった。
その彼を見て、ユンファオ君が尋ねてきた。
「セキこ姉様、異国のことわざで『身から出た錆』や『自業自得』というのは、こういう時に使うのですよね?」
追い打ちを掛けるのは止めてあげて!
彼のライフはもうゼロよ!!
冗談はさておき。
こんな状態の彼を王都に連れて行くのは正しい事なのだろうか。
「ええと、オルテッドさん。王都に行くのは中止にします?」
「いや! 絶対に私は王都に行く!! 生まれ変わったつもりでやり直すんだ!!」
彼なりに再スタートを切るつもりなのだろう。
「今度こそ一発逆転狙いに賭ける!!」
うん。普通に駄目そうな人だわ。
「兄さま? 王都へ向かうなら、離婚届にサインをしてからお願いしますね」
にっこり笑うアユルナさんが怖い。
「冗談だ、冗談だから!! ちゃんと仕事を見つけて、心を入れ替えて働くつもりだ!!」
なんだかんだで、奥さんの事は愛してるって事か。
大切にしなさいよ。
「……まあ、いいでしょう。ですが兄さま。王都で暮らすというのは、とても厳しい現実が待っていると覚悟してくださいね」
「ああ、分かっている」
アユルナさんの言葉にオルテッドさんが神妙に頷いた。
そんな兄妹を見守っていると、ミンニエリさんが小声で尋ねてきた。
「ねえ、セキこさん。王都で暮らすのにそんな厳しい事ってありましたっけ? 私もなし崩し的に住み着いてますけど、割と適当でも暮らせますよね?」
せっかくいい感じまとまりそうなのに、ぶち壊すような事は言わないでください。
逆に言えば、それだけ暮らしやすいけど誘惑も多いって事だ。
こうして俺達一行は、よんちゃんの力で精霊樹へ転移し、そのまま王都のミニ精霊樹へと転移した。




