749 ぎゅーっとしてください!
あれから数日後。
ロアーデの脅威も去り、むにょーん騒動は無事に解決したかのように見えた。
しかし、問題は全く解決していなかったのだ。
「なんで、王都でむにょーん発症者が増えてるんだよ!?」
「そんなの私に聞かないでよ!」
当事者のロワりんを問い詰めたら、開き直られた。
なんてこった。諸悪の根源を排除したはずなのに……。
「え? なになに? 『私はあくまでも広めようとしただけで、自発的にやってる人には一切関わってないので、悪しからず』って、ロアーデが言ってるんだけど」
「ロアーデと普通に会話できるのか?」
「うん。なんか私の中で同居してるっぽい☆」
同居で片づけていい内容なのだろうか。
それはともかく、ロアーデは王都中に『むにょーん☆』を拡散しようとしてただけで、今の現状には無関係だと言っているのか。
「うーむ、これはどうしたものか……」
我が家でも一度は回復したものの、また伸びてしまってたりする者がいるのだ。
現に目の前で、ソファーに寝そべって伸びていらっしゃる。
「リョウヤさん。私、今晩の夕飯はエビチリが食べたいです」
レイにゃんがソファーで寝そべりながら、夕飯のリクエストをしてくる。
本人が言うには、重症なので起き上がれないとの事らしい。
「これって、ただの怠け病じゃないのか?」
思わず愚痴を口にしたら、ミっちゃんとサっちんがすっ飛んできた。
「おい、セッキー! レイナは重症患者だぞ! もっと労わってやれよ!」
「そうなのですわ。レイナさんがこんなにも弱っているのに、リョウヤ様はとても意地悪なのですわ!」
おのれ、同じ妖狐の仲間だからって、庇い立てするとは許せん!!
「うふふ。これぞまさしく美しき友情ですね」
いや、あなた普通に元気だよね?
いい加減に帰ってくれない?
「ちなみにだが、私もむにょーんでつらい。労わってくれ」
「わたくしもなのですわ。労わってくださいまし」
二人も伸びたけど、このまま放置しておこう。
「ミっちゃん達も伸び伸びだね☆」
諸悪の根源は黙っててほしいな。
我が家の患者(?)は放置してても大丈夫そうなので、一人で城へ向かう。
「リョウヤ、待っていたぞ!」
早速イリーダさんのお出迎えだ。
昨日までテルアイラさんの相手をしてたので、似たようなタイプはもうお腹いっぱいですとか言ったら怒られそう。
「王都中に、むにょーんを広めようとしていた者の排除の報告は聞いている。しかし、発症者は減るどころか増えているな」
「はい。当の本人に聞いても、自主的にやっている者の事は与り知らぬ事だそうで……」
対処法について女神にも尋ねたのだが、やはりどうにもならないと。
使えない女神だよな。
(なんですってーーー!?)
念話が聞こえてきたけど、意識的にシャットアウト。
今はそれどころじゃないんだよ。
幸いな事に、あれから新たな重症者は出ていないそうだ。
半面、軽い脱力症状を訴える者が増えているとの事。
命に係わる事では無いけど、このまま放置するわけにはいかない。
「ついに、ユユフィアナも発症してしまった。良かったら見舞ってやってくれ」
「ユーもですか!? セルフィルナさんとミヨリカさんは大丈夫ですか? それと国王や王妃様達も……」
「ああ、皆は健康そのものだ。ユユフィアナも軽症なので、特に心配は要らないのだがな」
そんな話をしているうちに、ユーの部屋に到着。
「ユユフィアナ、リョウヤが見舞いに来てくれたぞ」
「本当ですか!?」
ベッドから起き上がろうとするユーを俺の妹のルインが介助している。
我が妹よ。いつの間に側仕えになったのだ。
「ユユフィアナ様、まだ無理しては駄目ですよ」
「いいえ、リョウヤさんが来てくださったのですから、みっともない姿をお見せできません」
そうは言うが、普通にパジャマ姿なのはいいのだろうか。
俺の視線に気づいたユーが頬を赤らめ、慌ててベッドに潜り込む姿は、年相応の少女っぽくていいな。
「お兄ちゃんったら、デリカシーがないのね! ほら、あっち行ってて!」
何故か俺だけ部屋から追い出された。ひどい。
着替え終わった後に再度入室する。
「リョウヤさん。わざわざ来てくださって、ありがとうございます」
「手土産の一つでも持って来れば良かったのだけど、悪いね」
「本当だよ。お兄ちゃんって、そういうところが抜けてるよね」
我が妹よ。会う度に辛辣になってないかい?
「いいのですよ、ルインさん。リョウヤさんが来てくださるだけで嬉しいのですから」
ユーがいい子過ぎて、泣けてくる。
「くそう、ユユフィアナめ! ここぞとばかりにポイントを稼ぎおって……!」
そこの大人げない姉は、もっと妹を見習いなさい。
そうこうしているうちに、他の姉妹のセルフィルナさんとミヨリカさんも合流。
護衛メイドのギリミアさん、センタリアさん、ダリアさんの三つ子も揃って、賑やかなお茶会となってしまった。
病人(?)の前で騒いでいいのだろうか。深く考えるのはやめよう。
みんなにロアーデを封印した話をしたりして、一段落ついたところで、イリーダさんが切り出してきた。
「ところで、リョウヤよ。むにょーん患者にリョウヤ成分を与えると、復活するらしいな?」
そんな話をどこで耳にしたんですかねえ。
どうせ、ウチの連中の誰かが漏らしたのだろうけど。
「え? それはなんですか? 私、初耳なのですけど!!」
当然のようにユーが食い付いてきた。
全員が俺に注目するので、説明しない訳にはいかない。
「ええっと、俺に触れたりすると、脱力感が回復するみたいなんですよね……」
「ほほう。じゃあ、早速ユユフィアナを回復させてやってくれ」
そうなりますよねえ。
「リョウヤさん、お願いします」
ベッドの上で上半身を起こしたユーが、両腕を広げて『抱きしめてください』とアピールをしている。
途端に全員の視線が俺に集中して、居た堪れない。
「じゃあ、失礼して……」
「ぎゅーっとしてください!」
むしろ、されてるのですが。
衆人環視の中で抱きしめるのは、かなり恥ずかしい。
しかも実妹の前である。
「どう? なんか変化あるかな?」
「なんだか、体の奥から力が湧いてくるみたいです……!」
思い込みによるプラシーボ効果じゃないの?
しかし、段々とユーの俺を抱きしめる力が増してきている。
「お腹が空きました。ついでに血もいただきますね」
なんて奴だ!
ついで扱いで俺の血を吸ってるし!!
「……ふう。すっかり元気になりましたよ!!」
「そりゃ良かった」
一方、活力を取り戻したユーを見守っていた姉妹達だが、意味深な表情で互いの顔を見て頷き合っている。
なんだか嫌な予感がするな……。
「ああ! 私も急に脱力してきたぞ! リョウヤよ、さあ早く抱きしめてくれ!!」
「わたくしも脱力しましたの。リョウヤさん、是非お願いします」
「私も脱力しちゃったよ♪ リョウヤ君、私も私もー!!」
この姉妹どもは……。
まさかとは思うけど、三つ子メイドもじゃないよね?
「リョウヤ様、私も脱力してしまいました……」
「あはは! 脱力しちゃったー。リョウヤ君おねがーい」
「ダリアも脱力しました。リョウヤ氏に抱きしめられる事を希望」
ほらきたよ!
お約束過ぎて泣けてくるわ。
妹のルインも呆れかえってるぞ。
「もう、みんなしてお兄ちゃんで遊ばないで!! 私のお兄ちゃんは玩具じゃないんですからね!!」
怒ってくれるのは嬉しいけど、玩具扱いは悲しいぞ。お兄ちゃん泣いちゃうから。
この場で最年少の子に怒られたので、流石に王女達と三つ子が恥ずかしそうにしている。
「そもそもだけど、『むにょーん☆』ってやった人が脱力しちゃうんですから、ふざけたら駄目です……よ……」
「ルイン?」
プンスカ怒っていたルインが急にふらつく。
「ルイン嬢! 大丈夫か!!」
イリーダさんが慌てて抱き止めるが、ルインの視線が定まらない様子だ。
これはただ事じゃない。
「まさか、ルイン嬢も発症したのか!?」
「イリーダお姉様。むにょーんは空気感染しないと聞いておりますわ」
「違うよ、セルフィルナ姉さん。ルインちゃんが、今むにょーんってやってたよ!」
ミヨリカさんの言う通り、ルインが怒りながら『むにょーん☆』の動きをしていた。
まさか、それで発症してしまうのか!?
確か、レイにゃんが言ってたはずだ。むにょーんの発声とその動作が相まって言霊となると。
これが発症者が減らない原因だったのか。
そりゃ、ロアーデがいなくなっても勝手に脱力する人が発生するわけだ。
「リョウヤさん、ルインさんの回復を!」
「ああ、そうだな」
ユーに言われて、妹を抱きかかえる。
しばらくすると、ルインの瞳に生気が戻ってきた。
「あれ? 私、何を……」
「気が付いたか? お前、むにょーんを発症して脱力してたんだぞ」
「そうなの!? えっと、みなさん、大変ご迷惑をお掛けしました。すみません」
こんな時にまで、他人に迷惑をかけたと謝る妹が立派過ぎる。
「いや、こちらこそ悪ふざけが過ぎたようだ。すまない」
「わたくしも、お詫びします」
「ルインちゃん、ゴメンね。後で手作りクッキーあげるから」
王女達から頭を下げられて、妹がアワアワしている。
あんまり驚かさないでやってくださいな。
それと、ミヨリカさんのクッキーは、兄として受け取りを拒否させていただきます。
三つ子メイドからも謝罪を受けて、取り敢えずは一件落着。
それはそうと、俺が触れると脱力が回復する効果が改めて判明してしまった。
治療のため、知らないオッサンをハグしろとか言われたら嫌だなあ。
案の定、城の人間を回復させてくれと頼まれてしまった。
王女様達からお願いされたら断れない。それに、むにょーん騒動を解決しないと、イリーダさんの大森林での活動が許可されない。
そんな訳で、イリーダさん達は、治療法の発見を国王のサイラントさんへ報告しに行った。
ルインを三つ子メイドに任せて、俺はユーと一緒にアストリーシャの元へ向かう。
アストリーシャも軽症だが、完全に復調したわけではないらしい。
「姫様! もう歩いて大丈夫っスか!?」
「リョウヤさんが治療してくれました。アストリーシャも治療してもらってくださいね」
「マジっスか!? リョウヤ君凄いね!!」
流石に恋人のいるアストリーシャを抱きしめる訳にはいかないので、手を握って回復させてやる。
元々軽症だったので、すぐに治ったみたいだ。
「じゃあ、次はエレノア様のところっスね!!」
「エレノアは重症でしたので、リョウヤさん、しっかりと治療をお願いしますね!」
なんか今の時点で、嫌な予感しかしないのだが……。




