723 よくぞ無事に戻ったのじゃ!
湯舟にゆっくりと浸かって、疲れた体を伸ばす。
砦には立派な浴室が無いので、衝立で囲ったスペースに地面を掘って石を敷き詰めて固めた窪みに、近くの川から水を引いて魔石で温めただけの簡易露天風呂である。
そんな風呂でも、ここでは贅沢なのだ。一般の戦士達は川で体を洗うだけらしいし。
なので、贅沢な施設を使わせてもらえるなんて、俺は幸せ者である。
まあ、流石に一人では使わせてもらえなかったけど。
「セキこちゃーん、背中を流してあげるよー」
当たり前のように付き添いで入ってきたのは、メグさんである。
こうなると、後はお約束のメンバーが乱入してくる。
イリーダさんや、ユズリさん達まで乱入してくるので、ちっとも気が休まらない。
嫌という程に体を洗われてしまったよ。
万が一、ここで男の姿に戻ったらどうなっていたのだろうか。
まあ、普通に襲われるだろう。
気にはなるが、命の洗濯どころか逆に命を危険にさらしかねない。
どうでもいいけど、やっぱり何故か謎の湯気と光に邪魔されてしまっているのだが。
本当に使えない風呂だよな!
「そういえばさー、こうしてお風呂に入ってると、一緒に修行してた頃のリョウヤ君を思い出すよねー」
メグさんの言ってるのは、『悪魔が住む森』で修行した時の事だと思う。
あそこは魔素が濃くて、最初は身動きすら取れなかったんだよな。
なので、初日はメグさん達に入浴の介助を受けたのもいい思い出だ。
……あの時も謎の湯気でよく見えなかった。風呂は俺に何か恨みでもあるのだろうか。
「メグナーシャよ。まさか、セキこ……いや、リョウヤと一緒に入浴したのかぴょん!?」
「むふふふー。私だけじゃないよ。テルアイラとユズリとミンニエリも一緒だったよー」
「な、なんだとう!? テルちゃんめ……私には一言も、そんな事を言わなかったぴょん……」
そんなの、わざわざ言う事の程じゃないでしょうよ。
「あー、私も思い出しました。あの時は、ミンニエリさんがリョウヤさんの体を洗ってて、大変な事になりましたよねぇ」
ユズリさんがポツリと言うと、場の空気が微妙な物に変わる。
確かに、あの時は大変な事になったのを思い出した。
「ちょ、ちょっと、ユズリさん! それは言わないでくださいよう!!」
ミンニエリさんが慌てるが、時既に遅し。
イリーダさんとギリミアさんが、ミンニエリさんに詰め寄る。
「ほほう。何が起きたのだぴょん? 詳しく聞かせてもらおうかぴょん」
「私も気になりますにゃん。噂では、リョウヤ様のアレを念入りに洗っていたら、顔に浴びてしまったとか?」
ギリミアさん、何処でそんな噂を聞いたんですかね……。
「そ、そんな事を言える訳が無いじゃないですかぁ!? あの後、髪に付いたのを洗うのが大変だったんですからね!?」
ほとんど自分で言ってるじゃないですかー。
「ふむ。もっと詳しく聞きたいので、その身体に直接聞いてみるとするかぴょん」
「え? ええ!? いやぁぁぁぁ!!」
「私もお手伝いしますにゃん」
「い、いやああ!! 誰か助けてぇぇーーー!!」
湯気で見えないのが非常に残念だが、素晴らしい光景である。
後に、簡易露天風呂の近くで聞き耳を立てていた戦士達が大勢いたと耳にした。
ミンニエリさんがエロピンク髪だと、より一層認識されたのは言うまでもない。
入浴後は仮眠を取ったりして、起きたら既に昼過ぎだ。
流石にこのままゆっくりしている訳にはいかないので、俺は長のミミちゃんへ報告するために一旦戻る事にした。
砦の守備に成功した連絡は、既に狼煙等で伝えているだろうが、直接報告した方が向こうも安心するだろう。
傭兵達や捕虜の取り扱いの話もあるし。
メグさんの実家の姿見に転移の鏡をリンクしているので、瞬時に戻る事ができるのは助かる。
無論、情報漏洩防止のため、不特定多数の部外者には転移の事は秘密だし、使わせられない。
取り敢えずは、俺とメグさんだけで戻る事にした。
もう無いとは思うけど、再度の襲撃に備えるために、ユズリさん達には残ってもらう。
砦の戦士のリーダーのドーザさんには、長から指示があるまで後の事をお願いしておく。
「セキこ様のご命令通り、任務を全うさせて頂きます!」
とうとうセキこ殿から、様づけになっちゃったよ。
「セキこちゃんは、もう本当の姿を見せられないねー」
メグさんも他人事のように言わないで欲しいよ。
姿見を出現させ、鏡の中に入る。
鏡の中はエリカちゃんハウスに繋がっていて、リビングではメアが暇そうに転がっていた。
「あら? お帰りなさい。戻ったのは二人だけ? 他は全員死んだのかしら?」
寝転がりながら、洒落にならない事を言わないで欲しいのですが。
「セキこちゃん、こちらは誰?」
「メグさんは初対面でしたっけ。鏡の精霊で、エリカの姉のメアですよ」
「そうなんだ。よろしくー」
「こちらこそ、よろしくお願いするわ」
まったく疑問に思わず受け入れるメグさんって、懐が広いよなあ。
「ところで、リンデルさんって今いる?」
「彼女なら、一旦妖精界に帰ったわ。何か要件でもあるのかしら?」
「まあ……うん。またこっちに来たら、話があるって伝えてもらえるかな」
「……分かったわ」
メアから、こちらの心の内を窺うような視線を向けられて、居心地が悪い。
なんだかんだで、彼女も鋭いよな。
しかし、ベルガの事をどう伝えたものだろうか……。
考えがまとまらないうちに、リビングの姿見からメグさんの実家へ転移した。
「うーん、やっぱり自分の家はホッとするね!」
メイドのアユルナさんが早速駆けつけて来た。
「お嬢様、お帰りなさいませ! ご無事で良かったです!」
続いて、メグさんの弟のユンファオ君だ。
「リョウヤ兄様は、一緒ではないのですか……?」
おっと、セキこの姿のままだったよ。今は我慢してもらおう。
あくまでも、セキこの正体は隠し通しておきたい。
「ユンファオ様、お勉強の続きですよ。お嬢様達の邪魔をしてはいけません」
「うん、分かったよ。姉様、にゃんにゃんキュートもまた後でね!」
相変わらずの美少年っぷりである。
俺の事をすっかりにゃんにゃんキュートだと信じ込んでしまったようである。
実際に中の人だけどさ。
「じゃあ、長のところへ行こうか」
自宅に帰って、一息つく暇もなく行動するメグさん。
これが俺だったら、休憩してそのまま動きたくなくなるパターンだ。
程なくして、長の屋敷へ到着。
「ささ、長が奥でお待ちですよ」
俺達が来るのが分かっていたのか、噂好きのオバちゃんのオフクさんが出迎えてくれた。
「二人で来られるとは、やっぱり既にそういう関係なのですね。うふふ、隠さなくていいのですよ」
こうやって、噂を捏造されるのか。
メグさんも乾いた笑いを浮かべるだけで、お手上げ状態である。
下手に否定しても、逆効果になりそうだしな。
そんなやり取りをしながら、ミミちゃんが待つ部屋に通された。
オフクさんは部屋には入らずに、どこかへ消えてしまう。諜報活動に勤しむのだろうか。
「二人とも、よくぞ無事に戻ったのじゃ!」
ミミちゃんが立派な椅子から降りて駆け寄ってきた。
本当に俺達の帰還を待ち望んでいてくれたらしい。
「うん、どうにか無事に砦を守ったよー」
「そうかそうか。流石は儂の孫娘、よくやったのじゃ!」
ミミちゃんがメグさんの頭を撫でて褒めようとしてるのだが、身長が足りない。
メグさんも空気を読んで屈めばいいのに。
仕方ないので、失礼して背後からミミちゃんを抱き上げる。
今はセキこなので、セクハラにはならないぞ。
「おお、婿殿は気が利くのじゃ!」
俺に抱きかかえられながら、メグさんの頭を撫でるミミちゃん。
傍から見ると、凄いシュールな絵面だよな。
「婿殿も撫でてやるのじゃ」
ミミちゃんを下ろして、屈む。
「偉いのじゃ~」
ロリババアに撫でられた。
新たな実績を獲得したぜ!
冗談はさておき。砦の攻防戦で起きた事を掻い摘んで説明した。
流石に精霊樹の事は隠し通せないので、説明する羽目になってしまったが。
「なんとまあ、邪悪なる者の手から精霊樹の精霊達を助けていたとな……!?」
ミミちゃんが目を丸くしている。
よんちゃん達と懇ろな仲になりましたよ、と言ったらもっと驚くだろうか。
メグさんのジト目が怖いので、言わないけどさ。
「はい。黙っててすみません。とある、やんごとない身分の方からの指示でして……」
まさか、女神に頼まれてやりましたとは言えないので、苦しい言い訳をする。
「まあ、婿殿からは得体の知れない気配を感じるから、色々事情があるのじゃろう。今回は緊急事態で仕方がない事じゃったが、普段だったら、精霊樹に近づこうものなら精霊樹そのものから攻撃を受けていたのじゃ」
なにそれ、普通に怖いんだけど。
「それに、三の部族の精霊樹が新たに芽吹いたのは、目出度い事なのじゃ。芽だけに」
「「…………」」
俺とメグさんは黙り込んでしまった。
「……こほん。今後はそれぞれの部族の長が集まって、今回の事で協議をする事になるじゃろうな」
ミミちゃん、流しやがったな。
「三の部族の捕虜の扱いはどうなりますかね? 傭兵達もですけど……」
「その事も含めての協議となろうな。まあ、傭兵に関しては大森林への立ち入りを禁止が妥当じゃろう」
良かった。取り敢えず青虎族は助かりそうだ。
さっさとフィーリンをロウユウに押し付けるぞ。
「おばあちゃん、三の部族の捕虜はフェイミスヤ国再建の人員に欲しいんだけど、難しそう?」
「そっちは、協議次第じゃな。奴隷として、他の部族が欲するかもしれないのじゃ」
同じ獣人でも、世知辛い世界ですな。
「だけど、その協議に三の部族の長は、どんな顔して出てくるんですかね?」
チ〇コマンに体を乗っ取られていたバウザという男は、三の部族の長の身内だったと聞いた。
今回の侵略を三の部族の長が関与していないという事はないだろう。
「三の部族の長は出席しないのじゃ」
「やっぱり、仲間外れ?」
メグさんが首をかしげる。
仲間外れもなにも、今回の事を考えれば発言権はおろか、出席も認められないという事だろう。
「いや、三の部族の長は既に死んでいる。今回の侵攻の前に死んでたそうじゃ」
なんですと。
「自殺なのか、他殺なのかは分からないのじゃ。ただ、もうこの世にはいないのは事実なのじゃ」
「じゃあ、三の部族は混乱してるんじゃないですか? 下手すると、その隙を狙って別の部族が襲撃をかけるとか……」
「その事も今回の議題に上るじゃろうな。一応は儂らと同じく、他の部族も静観の構えらしいが」
まさかの大森林の群雄割拠時代到来か!?
流石にそんな事になったら、王国への影響は免れない。
「無難なところで、各部族の分割統治が落としどころじゃな」
三の部族と隣接する部族はいいけど、遠い部族には不公平感が生まれるんじゃないかなあ。
俺は部外者なので、これ以上は口を出す気は無いけど。
そんなこんなで、ミミちゃんへの取り敢えずの報告は終わった。
後はベルガの事だ。
「ミミちゃん、この後お時間ありますか? 二人だけで話したい事があるのですけど……」
「ほほう。婿殿からの逢引のお誘いとはな。長く生きてみるものじゃな」
いや、それ洒落にならんですから。
「セキこちゃん、流石に自分のおばあちゃんをそういう目で見られるのは、嫌だな……」
メグさんが複雑な表情で見つめてくる。
「そうじゃないですって。ミミちゃんだけに話したい事がるんです!」
「私には聞かせられない話なの?」
メグさんの瞳孔が縦長になり、途端に部屋の空気がピリついた。
プレッシャーに負けまいと、目を逸らさずに頷く。
「ん、分かった。先に家で待ってるね」
……ふう。
やっぱりとんでもないプレッシャーだよ。
部屋から出て行くメグさんを見送り、ミミちゃんと向き合った。




