712 緊急の報告でございます
長のミミーナさんの案内で、俺達は彼女の私室へ入った。
広い私室には来客用の大きなテーブルがあり、既にお茶の用意がされている。
それをしていたのは……。
「オフクさん!?」
お茶の準備をしていた人物を見て、メグさんが素っ頓狂な声を上げた。
まさかの噂好きのババアがここで出てくるとは、俺も想像していなかったよ。
「メグナーシャよ。種明かしをすると、オフクは儂の手足となって働いている者の一人なのじゃ。お前の父親も知らぬ事じゃぞ」
なんとまあ。
ババアじゃなくて、オフクさんとやらは俗に言う諜報員なのだろうか。
俺達の動向を長に逐一報告していたから、俺達がここに来る事も把握していたのかも。
「だからと言って、あの噂はどうかと思うよ……?」
「うふふ。ごめんなさいね。ああやって、大袈裟な噂を流して街中の反応を見るのよ。意外なところから、重要な情報が出てくる事もありますからね」
オフクさんは、そう言ってペコリと頭を下げて部屋から退出した。
どうでもいいけど、広めた噂は責任もって収拾して欲しいものだ。
「さあ、立ったままでは話ができぬ。まずは座るのじゃ」
ミミーナさんの勧めで俺達は席に着く。
俺はともかく、ユズリさんとミンニエリさんは落ち着かなさそうだ。
イリーダさんは流石に王女なので、堂々としている。そして、ギリミアさんは座らずにイリーダさんの背後に控えていた。
「それで、メグナーシャよ。儂に何用があって来たのじゃ?」
「あのね、こちらのリョウヤ君達は、私達と三の部族との衝突の件を調べに来たんだって」
「ふむ。既に王国にも知られていたか……」
ミミーナさんが、ちらりとイリーダさんに視線を送るとイリーダさんが頷く。
「はい。もし大規模な争いになれば、我が王国にもなんらかの影響が及ぶのではと、父である国王が危惧しておりますぴょん」
その語尾、気に入ってるんですね。
「あ、あの、私の集落に攻め入られた場合、父が王国側に住民を受け入れてくれるようにと、お願いしています……」
ミンニエリさんが遠慮がちに訴えると、ミミーナさんは難しい表情で唸る。
「そこまで民に不安が広がっているとは、儂も不甲斐ないのじゃ」
「おばあちゃん……」
メグさんがミミーナさんにそっと寄り添う。
おばあちゃん子なのだろうけど、そのおばあちゃんは見た目が少女なのである。
「それで、婿殿や。お主は別に用件があるのじゃろう?」
婿殿!?
イリーダさんとユズリさんの視線が突き刺さる。
「おばあちゃん! リョウヤ君とはそういうのじゃないから!」
「ひゃひゃひゃ、いずれは番になるのじゃろう? 別に構わないじゃろうよ。婿殿は、儂の事を気軽にミミちゃんと呼んでも許すのじゃ」
「分かりました。ミミちゃん」
「即答なの!?」
メグさんが驚愕してるけど、呼んで構わないと言われたのだから、遠慮なく呼ばせてもらうだけだぞ。
「冗談のつもりじゃったのじゃが……。婿殿からは、言い知れぬ何かを感じて恐怖すらおぼえるのじゃ」
ミミちゃんは失礼だな。
単に可愛かったら、なんでも受け入れる派だぞ。
それはそうと、なんでみんなは呆れ顔なのかな?
「まあ、話を戻すとしてじゃ。そこの、みょうちきりんな服装のユズリとやらも、婿殿同様に用件があるのじゃろう?」
いきなり指摘されて、制服姿のユズリさんが挙動不審になる。
あくまでも、彼女は『王都からやってきた学生』の設定なのだ。
ちなみに、ミミちゃんにもセーラー服を着せてみたくなったのは秘密である。
ロリババアのセーラー服姿は、背徳感があって胸熱だな!
「実は俺達、精霊樹の事を調べたいと思っていまして。彼女は王都の学校で精霊樹の事を研究しているのですよ」
既に精霊樹云々の事は解決してしまったけど、それは言えないので、当初の目的通りに精霊樹に近づく許可をもらえるようにお願いする。
俺の出まかせに巻き込んだユズリさんには悪いけど、断られたら素直に引けばいいだけだし。
「は、はい! 私は王都の学校で精霊樹の研究をしてまして!」
必死に学生の振りをするユズリさんを見て、メグさんとミンニエリさんが吹き出しそうになってるのを我慢してる。
一方、ミミちゃんの表情は真面目だ。
「ふむ……精霊樹か。実は今回の三の部族との衝突に関連してると思われるのじゃ」
「それはどういう事ですか?」
ほぼ事実を知ってしまっているが、敢えて何も知らない振りをして尋ねる。
流石のミミちゃんも、俺が精霊樹達と繋がりを持った事までは把握していないみたいだ。
「……ここだけの話じゃ。口外しない事を守れるか?」
ミミちゃんがプレッシャーを掛けてくる。
姿は少女でも、中身はやっぱり違うらしい。
緊張感が漂う中、全員が緊張の面持ちで頷いた。
「実は、三の部族の精霊樹が枯れたのじゃ」
知ってます。
ついでに新しい種を埋めてきました。
「おばあちゃん、それ本当なの!?」
「そ、そんな……精霊樹が枯れたなんて……」
メグさんとミンニエリさんの顔色が真っ青になり、ユズリさんやイリーダさんとギリミアさんも、ただ事じゃないと感じているみたいだ。
「ああ、本当じゃ。精霊樹は我らの命の源と言っても過言ではないのじゃ。その精霊樹が失われたら、我らは生きていけないじゃろう……」
「じゃあ、三の部族がこちらに攻めてくるのって、精霊樹が枯れたからなの?」
「そうじゃろうな。次第に森は枯れ、泉も干上がるじゃろう。三の部族も生きるために必死なのじゃ」
「私達で、助けてあげられないの?」
「最初は儂もそう思ったのじゃがな、あいつらは助けてくれと頭を下げるどころか、混乱に乗じて我らの森を乗っ取ろうと企てておるのじゃ。そんな輩を助ける義理なんて無いのじゃ」
「そんなあ……」
「もっと悪い話もあるのじゃ」
ミミちゃんがそう言うと、メグさん達の間に緊張が走る。
「この四の部族の精霊樹にも異変が起きているのじゃ……」
知ってます。ついでに解決してきました。
だけど、事情を知らないメグさん達はショックを受けている。
「精霊樹に何が起きているの!?」
「儂にも分からぬ……これも何かの導きだろうか。婿殿よ、お主達で精霊樹の様子を調べてきてくれないか?」
精霊樹へ近づく許しを得てしまったけど、色んな意味でもう遅い。
「リョウヤ君、私からもお願い!」
メグさんがギュッと俺の手を握ってくるので、思わずドキッとしてしまう。
「分かりました。ご期待にそえるか分かりませんが、調べさせていただきます」
精霊樹の事は全部解決してるので、嘘を吐くのは少し心苦しい。
そんな時だった。
突然、部屋の扉が乱暴にノックされる。
「何ごとじゃ。客人がいるのじゃぞ?」
ミミちゃんが不服そうに応えると、扉が開いてオフクさんが入ってきた。
「緊急の報告でございます。お耳を拝借……」
そして、そのままミミちゃんの耳元で何かを報告する。
「……うむ、分かったのじゃ。民に混乱が起きぬよう手配するのじゃ」
「かしこまりました」
オフクさんが去ったのを見届けると、ミミちゃんが苦渋の表情で俺達に伝えた。
「前線の砦が落とされたのじゃ」
「あの砦が!? 嘘でしょ!?」
メグさんの尻尾の毛が逆立つ。
「嘘ではないのじゃ。報告によると、敵は手練れの傭兵を味方にしているらしいのじゃ」
ついに本格的な衝突が始まるのか……。
イリーダさんも苦渋の表情を浮かべる。
傭兵と言えば、一時期王都にも傭兵の五人組がいたのを思い出した。
何故か、にゃんにゃんキュートショーにも駆り出されてて、俺に必殺技をお見舞いしやがった事も思い出したよ。
あれ以降、魔法少女が敵から攻撃を受けて、苦悶の表情を浮かべてピンチになる姿に興奮するとか言う上級者なファンが現れて困ったものだ。
「ミミちゃん。その傭兵って、西方諸国のですかね?」
確か、あの傭兵達も西方諸国の傭兵の国の出身だと言っていた。
「違うじゃろうな。基本的に三の部族は人間を好まない。考えられるとすれば、首刈りウサギの一族、または虎の一族じゃろう」
首刈りウサギって、ファルさんの出身の一族だろうか。
暗殺の訓練を受けていたとか言ってたし。
「もっとも、首刈りウサギの一族は大陸南部で暮らしているから、考えにくいのじゃ。今回は虎の一族が可能性が高い」
虎の一族か……。
セイランさんの集落の人は、傭兵や冒険者になると言っていた気がする。
実際、セイランさんの兄のロウユウは傭兵だった。
「それって、赤虎族ですかね?」
「ほう、婿殿は色々と物知りじゃのう。ただ、赤虎族は流行り病でほぼ壊滅状態と聞く。白虎族は引きこもりなので、今回は青虎族じゃろうな」
「おばあちゃん、その青虎族って強いの?」
メグさんの目が既にやる気になっている。
強い敵と戦うのが楽しみって顔だ。
「虎の一族の中では、一番気性が激しい。用心して相手にするのじゃ。こんな時にガーランドの小僧がいないとは、まったく間が悪いのう……」
確かに、メグさんの父親のガーランドさんがいたら百人力だった。
俺達はどうしたらいいのだろうな。
「リョウヤよ、我らも戦おう」
「イリーダさん……」
「王国として介入はできないが、私自身が力になる事はできる」
王女の身として、それはどうなのかと思うけど、目の前の人達が蹂躙されるのを黙って見ていられないのだろう。
最悪、イリーダさんの事は俺が逃がせられる。
彼女の気の済むようにしてもらおう。
「わ、私も戦います! このままですと、私の集落もどうなるか分かりませんし……」
ミンニエリさんも気合を入れている。
普段は優しいけど、本気を出すと凄い実力だから立派な戦力になるだろう。
「二人ともありがとう!」
メグさんが感激しているが、その姿をユズリさんは複雑な表情で見つめている。
俺はユズリさんの手をそっと握った。
「ユズリさん、無理して戦わなくていいですよ」
「リョウヤさんは、なんでもお見通しなのですね……」
「あんな事がありましたしね」
「そうですけど、やっぱり怯えたままでいるのも、なんか悔しいんです」
ユズリさんが俺の手を握り返すのだが、その手は震えている。
「それでしたら、俺と一緒に戦います? 危ない時は守りますよ」
柄にも無い事を言ってる自覚はあるけど、実際ユズリさんも戦力になってくれたら大変に心強い。
「……私の事、ちゃんと守ってくださいね?」
にっこり微笑まれてしまった。




