710 とぼけるのもいい加減にしてください!
リンデルさんを見送って再びベッドにダイブするも、中々寝付けない。
体は疲れてるのに、気がたかぶっているのだ。
「それはそうと、少年。あのままリンデルフィーアを帰してしまって良かったのか?」
「……どういう事だ?」
「リンデルフィーアを何故召喚したのか、覚えているか?」
「…………あ」
なんてこった!
そうだよ! 獣人達に妖精王の威厳を見せつける為に呼んだんじゃないか!!
それをそのまま帰したら意味が無いじゃないか!!
「なんでリンデルさんを帰しちゃったんだよ!!」
「我に文句を言うのは筋違いだぞ。先程は普通に呼び止めもせずに帰す気満々だったではないか。だから、我も良かれと思って亜空間ゲートを展開したのだ」
「分かってたなら、一言教えてくれてもいいじゃないかよ……」
「まあ、リンデルフィーアも疲れていたみたいだしな。無理はさせたくなかったのだ」
くそう、そんな事を言われたら、これ以上文句を言えないじゃないかよ。
「仕方がない。長と面会する時は、ベルガに妖精王として頑張ってもらわないとな」
「それは断る。我は少年の胸元で隠れている事にしよう」
「こんちくしょう!」
「うわやめろ! 握るな!! 中身が出てしまう!!」
取り敢えず、ベルガを握りしめながら胸元に抱いて横になる。
早く寝ないといけないのだけど、やっぱり寝付けない。
俺の手の中で、ベルガがもぞもぞと動き出した。
「……なあ、少年よ」
「なんだよ?」
「精霊樹の件は片づいたので、全てが終わったと長とやらに言えば、懸案事項は無くなるんじゃないのか?」
むむ?
もしかすると、部族間同士の争いは、精霊樹に関係があったのかもしれない。
三の部族の精霊樹が枯れていたんだ。何も問題が起きないはずがない。
しかし、その精霊樹が復活するのだから、問題が全部解決するんじゃないか?
だけど……。
「いや、そもそもが精霊樹に近づくための許しをもらいに長に会うんだよ。それが、いきなり初対面で『精霊樹の事は全部片付いたから、心配ご無用』なんて言える訳が無いだろうよ」
許しを得ないで精霊樹に触れるなんて、獣人達の間ではタブーとなっている可能性すらあり得る。
下手したら、投獄されたり処刑されかねないぞ。
「少年は精霊樹の姉妹達と性的に交わっていたのだしな。それが獣人達に知られたら、どうなってしまうのだろうな」
こいつ、他人事のように言いやがって。
まあいいや。取り敢えずは、出たとこ勝負で言い繕おう。
面倒な事はまた明日……って、もう夜が明けてるし。
少しでも眠ろうとして、目を閉じて無心になる。
しかし、こんな早い時間から配達してる人もいるんだなあ。
勝手口の方から、食材を詰めた箱を置いた音がする。
無心になってるつもりでも、家の周囲の音が聞こえてくるのだ。
早朝の散歩をしてる人もいるみたい。
どうでもいいけど、朝っぱらから大きい声で話すオバちゃんとかって、近所迷惑だよな。
「奥さん、奥さん、ちょっと聞いて! ここの家のメグナーシャちゃんったら、密かに彼氏を連れ込んで、それはもう激しいのなんのって────」
何やら不穏な会話が聞こえたような気がするけど、やってきた睡魔に身を委ねる事にした。
◆◆◆
「起きてください!!」
いきなり布団を剥ぎ取られた。
なんたる悪辣非道な行為。人権侵害で訴えてやる……。
無視して寝ようと布団を被ったら、再び剥ぎ取られた。
まったく何をするのだ。俺は昨夜の戦いで疲れてるんだぞ。
「リョウヤさん、説明してもらえますか?」
俺の布団を剥ぎ取ったのは、怖い顔したユズリさん……ユズぽんだった。
「え? なんの事です? いきなり言われても分かりませんよ……」
眠い目をこすりながら起き上がると、ユズぽんの顔が目の前に迫る。
可愛らしい童顔だけど、眉が吊り上がっていた。
「とぼけるのもいい加減にしてください! いつの間にメグさんと、そういう仲になったんですか!?」
「……はい?」
「だから、とぼけないでください! そりゃ、私だってこれからアプローチをかけようと思ってましたけど? だからと言って、いきなり私を無視してメグさんを狙うとかひどくないですか!?」
むむむ?
話がまったく見えてこないのだけど……。
俺が首をかしげていると、イリーダさんも部屋に入ってきた。
「私と関係を持ってすぐにメグナーシャに手を出すとは、流石に予想していなかったぞ」
だから、なんの事ですかねえ。
「まだ白を切るつもりですか!? 昨日の晩、庭先でリョウヤさんがメグさんと激しく愛し合っていたって、近所一帯でその話で持ちきりなんですからね!」
「……ちょっと待って。なんで、そんな話になってるんですかね?」
「ここまで言われて認めないとか、男として最低じゃないですか!?」
「他の女に手を出すなとは言わないが、平気で嘘を吐かれるのは私も嫌だな……」
ユズぽんとイリーダさんが、汚物を見るような目で俺を睨んでくる。
身に覚えのない事で責められるのは、心外なのだが。
そこへ、タイミング良くメグさんがやってきた。
そのメグさんは、何故かモジモジしている。
「お、おはよう。リョウヤ君……」
「おはようございます。それで、なんでこんな事になってるんですかね?」
「昨日の晩に、私達って庭の東屋で会ってたじゃない? その事かなあって……」
何故ただ会って会話しただけで、そんな事になるのだ?
(少年よ、世の中には大袈裟に噂話を広げる輩がいるのだ。恐らくは、そのせいだろう)
なんて事だ!
誰だよ、そんな悪質な噂を流した奴は……って、あのオバちゃんか!?
そういえば、俺とメグさんが話してた時に外から覗いてたのを思い出した。
しかも、前に俺がメグさんの婿だとか言いふらしてたし、あのババア許すまじ!!
「メグさんからも、誤解だって説明してくださいよう。俺達の間に何もありませんでしたって」
すると、メグさんがとても悲しげな表情になった。
「え……私とリョウヤ君の間には何も無かったの? 私の事なんて、ただの遊びのつもりだったの? 今度一緒に色々行こうって誘ってくれたじゃん……」
「ちょっと、言い方! それじゃ新たに変な誤解を生みますって!!」
残念ながら、既に誤解を生んでしまったようだ。
ユズぽんがメグさんに迫る。
「ほほう、メグさんはポヤっとしてるように見えますけど、やっぱり油断ならない泥棒猫だったんですね! 後でテルアイラさんにも言いつけますから!」
頼むから抑えて! 余計に面倒な事になるから!
一方、イリーダさんは余裕の表情で成り行きを見守っている。
そんな余裕があるなら、どうにかしてください。
「それは断る。二人ともリョウヤに好意を持っているのだから、私が口を出すべきではないだろう」
いきなり正論をぶつけないで!
だが、事態は意外な方向に展開する。
「あれれえ? なんでテルアイラの事を知ってるのかな? あなたって、王都の学生のユズぽんちゃんなんだよね?」
「……!?」
今更しまった、みたいな顔してももう遅い。
「ねえ? 本当はユズリなんでしょ? なんで変装までして、私に嘘吐くのかなあ?」
いきなり攻守逆転。
ユズぽん……ユズリさんがタジタジになり、目が泳ぎ出す。
「えっと、えっと、それは……」
「なあに? 私に嘘を吐く理由があったんでしょ? 教えてよ」
メグさんもノリノリだなあ。あれだけユズリさんの正体を知らない事にしてくれって、言ってたのに。
泥棒猫と言われたのがムカついたのかな。
(少年、お主の周囲の女は面倒なのが多いな……)
それは分かってても言っちゃ駄目だからな。本気で握り潰されるぞ。
「ええと……その……リョウヤさん、お願いします!! 上手い感じにメグさんに説明してください!!」
いきなり丸投げされた!!
まあ、そんなこんなで上手い感じに、ユズリさんの事をメグさんに説明した。
元々メグさんには事実を話していたので、彼女も適当に相槌を打ったりして、驚いた演技までもしてくれたのである。
ついでに、俺とメグさんとの間の誤解も解いておいた。
「そうだったんですね。安心しましたよ。でも、その噂好きのオバさんは許せませんね!」
ユズリさんがプンスカしてるけど、本当のところ相手はメグさんじゃなくて、精霊樹の姉妹達だったんだよなあとは、口が裂けても言えない。
一段落したところで、胸元からベルガが出てきた。
「ところで少年よ。もしリンデルフィーアがこの場にいたら、もっと面倒な事になっていたかもしれないな」
さもありなん。
絶対に面白おかしく騒ぎ立てていたかもしれない。
こればかりは、ベルガのファインプレーに助けられたな。
そうこうしているうちに、メイドのアユルナさんとギリミアさんが朝食の準備が整ったと呼びに来た。
まったく、寝不足の上に朝からとんでもないトラブルだったよ。




