705 恋愛は若いうちにしておくのよー?
メグさんに呼び出しを受けた後、屋敷の庭先に向かう。
夜風に当たると気持ちいな。
「あ、来た来た。こっちだよー」
広い庭の外れにある東屋で、メグさんは待っていた。
昼間なら、お茶の誘いで招かれたって感じになるだろうけど、夜では印象が全然違う。
「はい、座って座って」
わざわざ椅子を引いて俺を出迎えてくれる。
その気遣いが、なんだか不気味だ。
「さて、何から話そうかな……」
小さなテーブルを挟んで、俺の対面に座るメグさんがニコニコしてる。
普段の彼女らしいと言えばらしいのだけど、こんな夜に二人だけってのが違和感しかない。
「ええっと、何か話があるんですよね?」
「うん、まあそうだけど……取り敢えず、元の姿に戻ったら? ここでなら獣人の姿じゃなくても大丈夫だよ」
「じゃあ、お言葉に甘えまして」
甘えるって状況でも無かったけど、セキこの姿でいるのも少し疲れていたところだ。
ジャージなので、元の姿に戻っても特に問題はなし。
「うん。やっぱり、その姿の方がしっくりくるね」
「そりゃどうもです。それで、話とは?」
「えっと、そうだったね。単刀直入に聞くね? なんでユズリを庇ってるの?」
正に直球だな。
「ユズリさんですか? あの子はユズぽんちゃんですよ?」
「……うん。面倒なので、そういう冗談は抜きにしてね。私、そういうの嫌いだから」
怖い!
笑顔なのに殺気を出してくるとか、洒落にならんのですが!
「うう、分かりましたよ。彼女はユズリさんです。訳あって、あんな感じですけど」
「その理由を教えて? 私ね、ユズリの事は大切な仲間だと思ってたよ? だけど、あんな感じで嘘つかれると凄くショックなんだよね。私の事を信用してくれてないんだなーって」
メグさんが俺にジト目を向けてくる。
それにすら殺気が混じってるのですが。胸元に隠れているベルガが、不快そうに身じろいでる。
(大人しくしてくれよ!)
(だが、こんな殺気を向けられて我は黙っておられぬぞ)
(それでもだ!)
(うむぅ……)
なんとかベルガを黙らせる。
リンデルさんを置いてきて正解だったよ。彼女もいたら止められなかったかもしれない。
「待ってくださいって。ユズリさんは、別にメグさんを信用してない訳じゃありませんから」
「そうなの?」
「そうなのです!」
まったく、なんで俺がユズリさんを庇わないといけないんだっての!
「えっとですね、とある事情があって、今のユズリさんは戦えなくなってしまったんですよ。それで、自信を無くしてしまったみたいで、メグさんに合わせる顔が無いらしく……」
「ふうん。そうなんだ……」
納得してくれたかは分からないけど、殺気を収めてくれた。
「ユズリって、確か教会の仕事をしてたでしょ? その関係?」
「ええまあ。これ言っていい事か分かりませんけど、異端討伐ってのですかね。そういう仕事だったみたいです」
「そっかー。結構ヤバい仕事してたみたいだね」
「実際ヤバかったですよ。まさか、あんなのを相手にしてるなんて……あ!」
思わず口を滑らしてしまった。
頬杖をついたメグさんが、ニヤニヤしながら俺を見ている。
「ねえ、その話を詳しく聞かせて?」
父親のガーランドさん譲りだろうか。
有無を言わせぬ圧力。
(少年、この娘に勝とうと思うな?)
(勝てませんよ!)
俺は観念して、ユズリさんを助けた経緯や、恐怖で戦えなくなってしまった理由を話した。
流石に女神云々の詳細部分は濁したけど。
「色々気になる部分はあるけど、リョウヤ君がユズリを助けてくれたんだ?」
「まあ、そうなりますね」
「それで、あんなに懐かれてたの?」
「懐かれたかどうかは分かりませんけど、仲良くなったとは思いますよ」
「……ふうん」
「なんですか、その目は?」
「べっつにー。ただ、あのユズリがねーって思っただけ」
「変な事はしてませんよ?」
「そんな事は聞いてないよ」
なんか今日のメグさんは、調子が狂うなあ。
俺を責める訳でもないけど、ユズリさんの事を色々と聞いてくるし……。
「でも、リョウヤ君から色々聞いて安心したよ。ユズリの事を助けてくれてありがとね」
「別にお礼を言われる事ではないですよ。とにかく助けないと、と思っただけですから」
「それでもお礼を言わせて。私にとっても、ユズリは大切な仲間だからね。テルアイラもあんなだけど、三人で過ごした時間は、かけがえのない物だったから」
メグさんは、何かを懐かしむような優しい表情だった。
まったく、ユズリさんも心配性だよな。素直にメグさんに打ち明ければ良かったのに。
「良かったら、メグさんからユズリさんを励ましてもらえませんかね?」
「んー、それは遠慮しておこうかな」
「どうしてですか?」
「ほら、ユズリが私に正体を隠してたぐらいだもん。リョウヤ君から聞き出したって知ったら、余計にショックを受けるかもよ? 私がこうして話を聞いた事も黙っててね」
(……少年、この娘はアホっぽく見せてるが、油断ならないぞ)
(流石にそれは失礼だろ。だけど、メグさんは最初から全部分かっていたんだろうなあ)
「あのね、ユズリが自信を無くしてしまったのは、本人の問題だから私がどうこう言える立場じゃないと思うんだ。元気づけるなら、リョウヤ君からしてあげて」
「俺にですか?」
「うん。ユズリがあんなにリョウヤ君に懐いてるんだもん。しっかり守ってあげてね」
うぐぐぐ。これまた違う意味でのプレッシャーだ。
話題を変えて、話を逸らそう。
「それはそうと、なんで三人がバラバラになってしまったんですかね?」
「特に理由は無いけど、前にリョウヤ君の世界から異世界人が攻めてきたじゃない? あの戦いの後、テルアイラは王家に雇われて王都の復興に、私はフェイミスヤ国の再興って感じで自然と三人がバラバラになったんだ」
「それで、ユズリさんは教会の仕事に就いたと」
「うん。でも悪い事をしちゃったな。無理矢理にでも、私かテルアイラで誘えば良かった。あの子って、割と流されやすいタイプだから、いいように利用されちゃったんだろうなあって」
ユズリさんがいくら凄い冒険者だとしても、中身は普通の女の子だったのだ。
悪い大人に騙されたら、どうしようもない。
「だからね、話は戻るけどユズリの事をお願いね」
「……分かりました」
(少年、これは責任重大だな?)
(やかましいわ)
「……ところで、もう一つ。その胸にいるのって何?」
やっぱり気づかれてるし。
(こう立て続けに見破られると、我も自信を無くすぞ)
観念して胸元からベルガを取り出し、メグさんに見せる。
「これは妖精ですよ。今は俺の相棒みたいなものですかね」
「へえ。妖精かー。前に勇者と一緒にいた時に、道案内を騙されて大変だったよー」
笑顔のメグさんがそう言いながら、ベルガを握りしめてグリグリしている。
「ギブギブ! 中身が出てしまう! 騙したのは我じゃない!!」
「ちょっと、メグさん! 返してくださいって!! オモチャじゃないんですって!」
「やだねー。返してほしければ、力づくで取り返してみなー」
「なんで子供みたいな事を言うんですかね!!」
本当に調子が狂うな。
殺気を出したり、子供みたいな振る舞いをしたり。
まるで猫みたいだなって……猫耳の獣人なんだっけ。
ベルガを巡って取り合いをしていると、何やら外から視線を感じる。
「あらあら、まあまあ、うふふふ。やっぱり、そうだったのねー」
庭の柵の外からこちらを窺っていたのは、なんだか見覚えのあるようなオバちゃんだった。
「あ、オフクさん。こんばんは……」
「メグちゃんったら、彼氏を密かに家に入れてるなんて隅に置けないわねー。いいのよー、オバちゃん黙っててあげるから。恋愛は若いうちにしておくのよー?」
勝手に言いたい事を言って、オバちゃんは去って行った。
思い出した! いつだったか、ここに来た時に俺がメグさんの婿候補だと勝手に吹聴しまくったオバちゃんじゃねえか!
あの後、周囲に誤解されて大変だった記憶があるぞ。
「リョウヤ君、どうしよう……」
「どうしようって、俺は知りませんよ……」
あれは絶対に言いふらすタイプだよなー。
仕方ない。しばらくはセキこの姿のままでいるしかない。
「取り敢えず、家の中に入りましょ?」
「う、うん……」
さっきまであんなに元気だったのに、急にこれだよ。
それと、いい加減にベルガを返してね。
メグさんの手からベルガを取り返し、家の中に戻ろうとすると声を掛けられた。
「ねえ、リョウヤ君」
「どうしました?」
「恋人って、どんな感じなのかな?」
「……はい?」
「あ、いや。変な意味じゃなくてね!? ちょっと気になったというか……!!」
今度は急にテンパりましたな。
(少年、流石に鈍すぎるぞ)
(復活したと思ったら、いきなりそれかよ。というか、鈍いってどういう事だよ?)
(あの娘、少年に好意を持っているぞ)
(は? そんな訳……ない……と思う)
いや、あのじゃれついてくる感じは、完全に猫が甘えてくる感じだったよなあ。
なんで急にまた……。
(モテ期ってやつじゃないか?)
(だとしても理由が分からないよ。そもそも、メグさんとはそこまで接点無かったし)
いくらなんでも、チョロいハーレムヒロインじゃないんだから、会って会話しただけでこうはならんだろう。
その当人のメグさんは、居心地の悪そうな表情をして、こちらを上目遣いで見ている。
さっきのオバちゃんの話で、意識してしまったのだろうか。
「なんというか、恋人ってのは一緒にいて楽しいとか安心するとか……そんな感じですかね」
「そういうのって、友達と違うの?」
「友達より、もう一歩先の関係でしょうかね……俺もよく分かりません」
「彼女がたくさんいるのに、分からないの?」
なんか、急にメグさんが面倒くさくなったぞ!?
「まあ、なろうと思っても簡単になれるものじゃないし、かと言って、勢いで恋人になったりもしますからねえ……」
「ふうん。ユズリともそうやってなったの?」
なんで、そこでユズリさんの話が出るんですかね!?
(少年、察してやれ。きっとこの娘はユズリに嫉妬してるのだ)
(嫉妬!? メグさんって、もう大人だぞ?)
(やれやれ。少年は女心が分からないやつだな)
ベルガに呆れられた!!
なんか腹が立つ!! 分かったよ!! 大人の対応ってのをしてやるから!!
「ユズリさんの話はともかく、良かったら今度、俺とデートしてみますか? なんちゃって──」
「本当!? やったあ!!」
……早まったかもしれない。俺のバカ野郎。
「あのね、あのね。私、この年になってもお付き合いってした事がなくて、こういうのって初めてなんだあ」
うう、急に距離を縮めてくるし。
この嬉しそうな表情を見たら、離れてくれと言えないじゃないか。
「私ってさ、小さい頃に故郷が滅ぼされて両親とも離れ離れになっちゃって。育ての親は、すっごくいい人だったよ。だけどさ、やっぱり遠慮しちゃって。そんでもって、とにかく強くならないといけないって思って、遊びも恋愛も我慢して冒険者を目指したのだけど、周囲の同世代の子達は恋人を作ったりして楽しそうだなって……」
今度は急に重い話だよ!
もう俺にどうしろと!
「分かりました。事態が落ち着いたら、一緒に色々遊びに行きましょう」
「本当? 約束だからね!! 絶対だよ? じゃあ、お休みー!!」
メグさんは手をブンブンと振りながら、嵐のように去って行ってしまった。
「なあ、ベルガ。勢いで約束しちゃったけど、どうしよう」
「我が知るか。まあ、せいぜい他の嫁たちに殺されないように頑張れよ」
俺、ここに何しに来たんだっけ……。
本気で分からなくなってきた。




