6 単なる日焼け対策です
背負っていた蓄魔石の魔力が充填したようなので、ベルゲル先生の研究室に戻る。
しかし、図書館では無駄に注目浴びてしまったなぁ。きっとリリナさんにも見られていたはずだ。
迷惑に思われてなければ良いのだけど……。
「先生、充填が終わったみたいなんですけど」
「冗談言うな! そんな早く終わる訳ないだろう。まだ昼前だ……って本当に終わってるよ!? ……お前の魔力量は気持ち悪いな」
気持ち悪いとか失礼な!
でも、魔力量だけあっても魔法の使い方は全然知らないんですよねぇ。
「ついでだ。こいつも充填しておいてくれ。新しいのは、さっきのよりも容量が多いから時間はかかるはずだ。取り敢えずそれを充填したら今日の分は大丈夫だ」
先生がリュックから充填済みの蓄魔石を取り出し、新しい蓄魔石を入れ替えたリュックを俺に手渡す。
「分かりました。ところで充填終了のチャイム音って、どうにかなりませんか? さっき図書館で鳴って目立ってしまいまして……」
「なんだ、気に入らないのか? 俺は結構好きなんだけどな……」
好き嫌いの問題じゃないよ。
「分かった。気が向いたら設定を変えておく」
単純に音量を下げるかオフにしてくれればいいだけなんだけど。
先生の研究室から出たら丁度お昼前だったので、食堂に向かうことにする。
それなりに人はいるが、空席もチラホラ目立つ程度だ。
そのまま券売機でハヤシライスの食券を買ってカウンターへ。
厨房に、あのおばちゃんの姿は無いか……。
受け取ったハヤシライスは、前世で食べたお気に入りの洋食屋の懐かしい味に似ていた。
周囲を見回してみると、前世で食べていた料理を割と見掛けるのだが、案外転生者が他にもいたりしてな。
図書館ではチャイム音で悪目立ちしてしまい、今は行きづらいので部屋で大人しく過ごす事にした。
せっかくだからと、故郷の村に送る手紙を書いていると気付いた頃には日も傾いていた。
そろそろ図書館も人がいなくなった頃かと、先程の読み途中の本を借りようと図書館に向かう。
図書館は既に他の利用者も退館済みなのか、司書のヘルプをしていたリリナさんが一人で本の整理をしていたので、手伝おうと声を掛けてみた。
かなりの本の量で大変そうだったからだ。
「お疲れ様です。本の整理を手伝いましょうか?」
「あ、リョウヤさんでしたか。これは私の仕事なのでお手伝いはご遠慮します……と言いたいのですが、実は結構大変なのです。申し訳ないですが、少しお願いできますか?」
「もちろんですよ。書架に運ぶ本を指示してください!」
後片付けは自分一人で大丈夫だろうと思い、他の図書館職員を帰してしまって少し後悔していたそうだ。
ちなみに、綺麗なお姉さんに頼られた事がちょっと嬉しいのは秘密である。
それからは調子に乗りつつ図書館へ連日通う事にして、リリナさんの手伝いを続けた数日後。
その日も俺は書架の整理の手伝いをしていた。
特に大きなトラブルもなく、割とすぐに本の整理が終わった。
小さなトラブルはあったのだが、本を運んでる時に書架の上の方から一冊の本が落ちてきて頭に直撃したのはちょっと痛かった。
恐るべし、ハードカバー書籍。角が当たると普通に凶器になるよな。
大した事は無かったのだが、逆にこっちが心配になるぐらいにリリナさんが血相を変えて俺を心配してくれていた。
まったく、大袈裟だよ。
本の整理が早く終わったお礼にと、図書館の職員用の給湯室兼休憩室でお茶をご馳走になるのが最近の日課だったりもする。
「しかし、いつも思うんですが、これ本当に普通の紅茶ですか? 自分が今まで飲んでいた物とは別物としか思えないんですけど。実は凄い高級紅茶とか?」
「普通の紅茶ですよ。淹れ方さえきちんとすれば、手頃な茶葉でも美味しくなりますよ」
手袋をしてお茶を淹れる彼女の姿がすごく上品で様になっている。
「リリナさんて、いつも手袋をしてるから気品があって、なんだかその道のプロって感じがしますね」
そんな軽口で彼女の表情が少し曇った事により、また調子に乗って失言した事に気付いた。
「……この手袋は別に意味はなくて、単なる日焼け対策です」
彼女の言葉を額面通りに受け取れなかった。
明らかに動揺していたからだ。
俺達の間に少し気まずくなった空気が流れた時、俺の背負っているリュックから気の抜けるようなコンビニ入店のチャイム音が鳴り響いた。
「……えっと、先日も鳴ってましたけど、その背負っているのはどういった物なのですか?」
リリナさんが控え目に聞いて来た。
話題を逸らせるなら好都合と、ベルゲル先生に頼まれて蓄魔石に魔力を充填していて充填完了の合図なんですよとリリナさんに説明する。
「加工された蓄魔石ですか! ちょっと見させてもらってもいいですか? 私、ちゃんと実物を見たことがないんです!」
いきなり食い付いて来たので少し面食らったけど、リュックを降ろして中身を取り出し、彼女に見せてあげた。
「これが、加工された蓄魔石……」
リリナさんの左手が板状の蓄魔石に触れた瞬間、バチッと火花が飛んだ。
短い悲鳴を上げ、慌てて手を引っ込めるリリナさん。
「大丈夫ですか!?」
「ええ、ちょっと驚きましたけど大丈夫です。それよりもごめんなさい。蓄魔石は大丈夫でしょうか……」
「こちらも特に問題は無さそうですね」
さっきの火花はどう見ても静電気じゃないよな……。
充填済みの蓄魔石は結構危ないのかもしれない。今後気を付けよう。
なんとなく、またお互いに気まずい空気になってしまったので、そのままお茶会はお開きとなり俺は図書館を後にした。
ベルゲル先生の研究室に戻ると、本日の蓄魔石の充填が終わった旨を報告した。
「……お前の魔力量は一体どうなってるんだ?」
先生は呆れ顔だ。
そんなの俺が知りたいですよ。
ここ数日で当分の充填ノルマを終えてしまったとの事で、明日は自由にしていいそうだ。
「それじゃ、これが今回分の報酬をまとめてだ。次回も頼むぞ」
「ありがとうございます!!」
中銀貨六枚を受け取った。
一週間はプチ贅沢に暮らせるぐらいの金額だ。
半分は実家に送金するために貯めておこうかな。
部屋に戻り、夕飯にするか風呂にするかで悩んでいたらピアリが部屋にやって来た。
「ご飯前にお風呂行こう。夕飯の時間は意外とお風呂空いてるよ!」
図書館の出来事でモヤモヤしてたのもあったし、気分転換に風呂はいい考えだな。
ピアリの言う通り、大浴場は貸し切り状態だった。
今回はお互いを洗い合うなんて事はせずに普通に入浴する。
考え事のせいで、ピアリの裸も既に気にならない。
「リョウヤ君、もうボクの裸を見飽きたの!?」
いやいや、その冗談笑えないんだけどさ。
「……何か心配事とか気になる事でもあった?」
流石に空気を読んだのか、真面目な顔でピアリが聞いてくる。
俺って、そんなに分かりやすい表情をしてたのかな。
「別になんでもないよ」
「そう? そんな風には見えないけど。でも、何かあったら本当に言ってね」
心配してくれる人になんでもない、と嘘をつくのは少しだけ胸が痛んだ。