685 見た目は人間のと変わりませんね
俺達は現在、王都を出て北方面を疾走している。
新型の黒い魔導力車は、予想以上に高性能だ。空を飛ぶのは勿論、人工知能を搭載していて、最適なルートを自動で選んでくれるのだ。
ちなみに飛行モードは魔力をかなり消費するので、エコモードなんてのもある。
地面スレスレを浮いて走ったりもできる。これなら悪路も問題ない。
もっとも、エコモードでもそれなりに魔力を消費するので、荒地でなければ普段は通常走行モードだ。
新型の難点と言えば、狭い。
ツードアで四人乗り。天井も低いので、やや圧迫感もある。
無論、荷室なんてほぼ無いに等しい。
そこは鏡の中に荷物を置いてるので問題はない。それに、ベルガの亜空間収納が使える。亜空間ゲートでの移動は一日一回が限度だけど、荷物の出し入れぐらいなら、自由にできるそうだ。
マジで鏡の上位互換だな。うっかり誉めると、鏡子さん達が拗ねるから黙っておくけど。
「ふむ、リョウヤよ。それほど悪くはない乗り心地だな」
助手席のイリーダさん的にはOKらしい。
俺としては、みんなを乗せられるSUVっぽい魔導力車の方が楽なんだけど。
なので、こっちのは長時間乗っていると疲れてくる。
適宜、休憩は必要だな。
それはそれとして、車内が狭いから隣のイリーダさんとの距離が近い。
下心とかじゃないけど、やっぱり緊張する。
本人は後部席は嫌だと言うので、後部席はギリミアさんとミンニエリさんが座っている。
ギリミアさんは、すぐに寝ちゃってるし、ミンニエリさんは、王女と密室空間で一緒という微妙な空気にあてられて、お疲れの様子。
ここらでそろそろ休憩かな。
速度を落とし、道路脇に車を駐車する。
「うへえ、体中がバキバキいってるわー」
車から降りて伸びをすると、関節が鳴る。
「ご苦労だったな」
「いえいえ、イリーダさんの方こそ疲れません?」
「この程度で疲れていたら、王女なんて勤まらないぞ」
そういうものですかね。
少し離れたところで敷物を敷いて、お茶の準備をしていたギリミアさんとミンニエリさんが呼んでいるので、そちらへ向かう。
お昼には少し早いけど、小腹が減ってきたので丁度いい。
軽食を食べて一服していると、イリーダさんが尋ねてきた。
「ところで、妹のルイン嬢に見送ってもらわないで良かったのか?」
城を出発する時は、サイラントさんと王女姉妹達に見送ってもらった。
その時に我が妹の姿が無かったのだ。
「まあ、今回は公務ですし、妹には妹の生活があるでしょうからね」
「兄として、それで良いのか? 本当はもっと構いたいのではないか?」
「いえ、いつまでも、妹に構ってたら良くないかと思いますので」
嘘です。最近はベルガとかリンデルさんの対応だったりで、妹に構ってる余裕が無かったんです。
そんな俺の嘘にギリミアさんが反応した。
「リョウヤ様は偉いですね。私なんて一応は長女ですけど、逆に妹達に甘やかされていたりするのですよ」
「ギリミアさんがですが? 意外ですね……」
「ギリミアはプライベートだと、割と適当だからな」
「ちょ、イリーダ様!!」
しっかり者のメイドさんの意外な一面である。
一方、ミンニエリさんはどこか寂しげだ。
「私は一人っ子ですので、ちょっと羨ましいです……」
「そうなのか? ならば、私が姉になってやろう」
「え? えええええぇぇ!?」
「さあ、私をお姉ちゃんと呼ぶが良い」
「お、恐れ多くて、無理ですよう!」
イリーダさんの無茶振りに、ミンニエリさんは涙目である。
ギリミアさんも笑ってるだけで、助ける気は無いらしい。
(少年よ、あのままにしておいていいのか? 獣人の娘がそろそろ本気で泣くぞ)
胸元からベルガが呆れ顔で見ている。
仕方ない。俺が助け船を出してやろう。
「じゃあ、俺がお姉ちゃんって呼んでいいですかね? イリーダお姉ちゃーん!」
三人が一斉にこちらを見る。
その表情は大変に微妙だ。
どうやら、盛大にすべったらしい。
「流石に、リョウヤにお姉ちゃんと呼ばれるのは……」
分かった、分かったから、そんな目で俺を見ないで。
ベルガもそんな目で俺見るな。
しかし、せめて子供の姿だったらワンチャンあったかもしれない。
そのまま、お姉さんにされるがままとか。
微妙な空気の中で休憩を終え、運転再開しようとした時だった。
「二人きりの時だったら、お姉ちゃんと呼んでもいいぞ」
イリーダさんに耳元で囁かれた。
くそう! 純朴な俺をもてあそびやがって!!
(誰が純朴だって?)
やかましいわ。
そんな感じで走り出して、しばらく経った頃だ。
イリーダさんが俺を見つめている。
あら、いやだ。そんなに見つめられたら、なんか意識しちゃうじゃない。
「朝からずっと聞こうと思っていたのだが、その胸元にいるのはなんだ?」
……なんですと。
(認識阻害の効果は持続中だぞ。少年以外には、我の姿を見る事ができないはずだが……)
ベルガも戸惑っている。
ギリミアさんは不思議そうに首をかしげているので、彼女には見えていないのだろう。
「もしかして、見えてます?」
「認識阻害が掛けられているのか、ぼんやりだがな」
王族って、みんな妙な能力を持ってるから油断できないや。
ベルガも観念したらしく、胸元から這い出て姿を現した。
「気づかれていたのなら仕方ない。我は元魔竜のベルガデイル。今は妖精王だぞ」
姿を見せたのだけど、知らない人が見たら小生意気なメスガキにしか見えないだろうなあ。
イリーダさんとギリミアさんが目を丸くしている。
「ほほう、ならばベルちゃんと呼ぼう。私の事はイーちゃんと呼んでいいぞ」
うわあ。怖いものなしって、こういう人の事を言うんだろうなあ。
「お、おのれ! 我を愚弄するのか!?」
ほら、怒っちゃったじゃないか。
しかし、イリーダさんはどこ吹く風だ。
そのままベルガを捕まえると、色々いじりだした。
「ふむ……中々精工な体の作りだな。ギリミアも見てみろ」
「あら、本当ですね」
問答無用で、ベルガを全裸にしてるんですけど。
あまりの手際の良さに、当の本人は抵抗する間も無かったようだ。
「ちょ、何をするのだ!? やめろ、やめてくれ!!」
「ほう……ここもこうなっているのか……」
「見た目は人間のと変わりませんね」
物凄い既視感を覚える。
俺もセキこの時にああやって、触診されたんだよな……。
何故かミンニエリさんも興味津々で、ギリミアさんと一緒に後部席から覗き込んでるし。
ようやく魔の手から解放されたベルガが、泣きながら胸元に潜り込んできた。
「うう……、まさか人間の娘に辱められるとは思わなかった……。その上、尊厳まで失ってしまった……もう生きていけないのだ……」
うん、まあ。元気出せよ。
俺に言えるのは、それぐらいだった。
ちょっとしたトラブルがあったものの、新型の魔導力車の速度は相当な物で、余裕を持って行動していたつもりなのだが、既に行程の半分以上の距離を進んでいたのである。
前にテルアイラさんやガーランドさん達と行った時には、二泊三日の行程だったけど、まさかその半分以下で行けるとは思わなかった。
やはり、飛行モードはチート技術だな。
恐らくだけど、高速飛行モードの魔力消費の問題が解決すれば、王都から数時間で到着できるかもしれない。
もっとも、転移の鏡や亜空間ゲートなら一瞬だけど。
そんな訳で、途中の宿場街を通り過ぎてしまったので、今夜は小さな村で一泊する事にした。
鏡の中のエリカちゃんハウスに宿泊しようと思っていたのだが、イリーダさんが普通の宿屋に泊まってみたいと言うので、宿を取ったのだけど……。
「相部屋しか無かったんですかね?」
宿の素朴な夕飯に舌鼓を打った後、簡単に湯あみをして部屋を確認したら、なんと相部屋で二部屋だったのだ。
しかも、片方の部屋はダブルベッドである。
「リョウヤよ、何か文句があるのか? こんな小さな村の宿だぞ。個室なんて贅沢だろう?」
それ以前に、王女様的にどうなのよ。
最低でも村長宅に泊めてもらうとかさ。安全の問題だってあるんだよ。
「ふふん。私が王女だなんて、名乗らなかったら誰も気づかないだろう?」
その圧倒的オーラから、只物ではない雰囲気が漏れ出てますけどね。
「じゃあ、ギリミアとミンニエリは、そちらの部屋で。私とリョウヤは、こっちの部屋で寝るぞ」
「ちょっと待てい!」
「なんだ、文句があるのか?」
「流石にイリーダさんと同室はマズいですって! 俺は鏡の部屋に行きます!」
「おいおい、自分だけ快適な睡眠を取るつもりか? 普段とは違う環境で寝るのも旅の醍醐味だろう?」
う……、三人がジト目で俺を睨んでくるし。
「じゃあ、全員で鏡の部屋に行きましょうよ」
「ここで宿を引き払うと言うのか!? せっかく部屋を用意してくれた主人夫婦とその娘ががっかりするだろう! 本当にいいのか? 彼らの落胆する顔を見たいのなら、無理には止めないけどな……」
くそう、卑怯だぞ!
宿の主人とおかみさんは、すごくいい人だったし、看板娘の子も頑張って両親のお手伝いをしていた。
そんな一家が悲しむ顔なんて、見たい訳がないだろうが!!
「分かりました。俺がミンニエリさんと同室になりますから、ギリミアさんと一緒に寝てください」
「おいおい、この私を無視してミンニエリと同衾したいだと!?」
「そんな事言ってませんって!」
「わ、私がリョウヤさんと……!!」
「く……! 本当なら、私もリョウヤ様と寝たいです!」
ミンニエリさんは、そこで真っ赤な顔して動揺しないでくださいね。
そんでもって、ギリミアさんも本気で悔しがらないでね。
一方、ベルガは尊厳を失ってから、まだ立ち直れていないらしい。
「今更恥ずかしがる事もないだろう? ほら、早く寝るぞ」
「あ、ちょっと……!」
そのままイリーダさんにズルズルと部屋に引きずり込まれてしまった。
「さあ、こっちへ来るのだ」
ダブルベッドに横たわるイリーダさんが手招きしている。
室内着のワンピース姿だけど、素晴らしいボディラインが丸分かりだ。
部屋の照明を落としてはいるが、王女様がこんな姿をさらけ出して良いのだろうか……。
「じゃあ、失礼します……」
いきなり手を引っ張られてベッドに倒れ込むと同時に、抱きしめられた。
わお、大胆!
……と思ったのだけど、なんだか様子がおかしい。
抱きしめる以外に何もしてこない。
それに、イリーダさんの呼吸が荒く心臓の鼓動も早い。
恐る恐る、表情を窺うと……。
めっちゃ余裕の無いお顔でした。
瞳がグルグルで顔が真っ赤である。なんと分かりやすい。
ここまで誘っておいて、それはないでしょうよ。
多分だけど、勢いでやったけど、それ以降はどうしたらいいのか分からないってやつかもしれない。
そう考えると、なんだかおかしくなってきた。
「無理しないでくださいって」
「うう……我ながら情けない……」
いつもの気の強さはすっかり影を潜め、むしろ可愛らしさすら感じる。
イリーダさんの頭をそっと撫でると、少し落ち着いたみたいだ。
「こんな姿は妹達には見せられないな……」
「誰だって、最初はそんなものだと思いますよ」
「だったら、リョウヤがリードしてくれ」
唇を尖らせて不満げに言われてしまった。
これはもう後戻りはできない。ここは覚悟を決めねば。
返事の代わりに、そっと唇を重ねる。
「私だって、誰かに支えてもらいたいのだ……」
ようやく、イリーダさんの本心に触れる事ができた気がした。




