668 この状況で本当に寝る人がいますか!?
さて、スグラさんも協力してくれる事になったので、直近の懸案事項は取り除かれたと思う。
最終的には温泉旅館の建設まで漕ぎつけなくてはいけないけど。
そういえば、駐屯軍の人達との事で相談したい事もあったんだよな。
ついでだから彼に聞いてみよう。
「ところで、王国駐屯軍の人達に公式に挨拶をしてないのだけど、どうしたらいいかな?」
「その件ですが、先方も悩んでいたようです。リョウヤ様は竜牙の谷一帯の領主でありますが、駐屯する軍はその支配下ではないですからね」
あくまでも、彼らは国王の兵って事か。向こうから俺に挨拶に来るのも立場的に微妙になるのだろう。面倒だな……。
かと言って、俺から挨拶に出向くのも竜牙族としてもよろしくないらしい。
表向きは、互いに対等の立場でなくてはいけないようだ
早速、色々と面倒だよう。
「提案ですが、合同訓練を名目に顔合わせをしたら如何でしょう? 竜牙族の戦士は時折、王国軍の兵士と模擬戦をする事があります。その視察のついでに先方の軍団長と挨拶をするのが無難でしょうか」
「おお、それはナイスアイデア! それでいこう!」
流石は先代族長の腹心だ。
頼りになるなあ。
「スグラに任せておけば、全部片づけてくれて助かりますね!」
ウィオリアさん、あなたも族長なんだから全部丸投げは駄目ですよ。
そんなこんなで、スグラさんは駐屯軍のトップと挨拶の場をセッティングしてくれるそうだ。
本当に有能で助かる。
細かい事を決めつつ、昼食をマールさんに作ってもらってみんなで食べた。
「ほほう、これなら安心してウィオリア様の食事を任せられますね!」
調理担当から逃れられるという事で、スグラさんも喜んでいるみたいだ。
「族長補佐さんも大変だねえ。まさか、食事の世話までさせられてたなんて……」
「ちょっと、マールさん!? させてたのではなくて、彼は進んでやってくれていたのですよ!!」
それはどうかなあ。
スグラさんの表情が無表情なのが全てを語っているようだ。
食後は里の視察に繰り出す事に。本当は今日中に王都に帰りたかったのだけど、明日は駐屯軍との訓練視察の予定ができてしまった。
このまま何もしない訳にはいかないので、まずは絨毯制作の現場を見ておきたい。今後は里の重要な産業になるのだからな。
マールさんの案内で現場に向かう。勿論、サヤイリスは護衛として付き添いだ。
「領主様、竜人の姿になってもらえないかい?」
「やっぱり、普通の人間の姿より、こっちの方が評判がいいのかな?」
「まあそうだねえ。現場は女ばかりだから、若い領主様が来ればみんなやる気が出るよ」
「マール殿、そんな事を言って、皆でリョウヤ殿を襲うつもりじゃないでしょうね?」
サヤイリスが怖い事を言うのですが。
あそこのババ……じゃなくて、高齢のお姉様方に襲われたらトラウマになるぞ。
「あははは、サヤイリス様は心配性だねえ。あたいは可愛らしい領主様も好きだけど、里のみんなは強い領主様を求めてるんだよ。不本意かもしれないけど、この里にいる間は竜人の姿でいてほしいね」
「そうか、郷に入っては郷に従えって事だな」
「それはなんだい、領主様?」
「俺の故郷のことわざだよ。その土地の風習や習慣に合わせろってね」
「へえ~。領主様は色々考えてるんだね~」
「どうですか、リョウヤ殿は凄いでしょう!」
何故サヤイリスが自慢気に言うんだろうな。
マールさんも苦笑いだ。
そんなやり取りをしながら、絨毯製造現場の視察と激励を済ませてきた。
お姉様方から熱い視線を浴びまくりで、近年稀に見る緊張感の連続だったよ。
サヤイリスは周囲に威嚇しまくるし、マールさんは笑ってるだけだし。
古竜さんも面倒な力をくれた物だ。
(なんだ? 我に文句があるのか?)
(盗み聞きみたいな事はやめてくださいよう)
(お主がつまらぬ事を考えるからだ)
もうどうしろと言うのだ。
ドッと疲れながらも、夕飯もマールさんの手料理をご馳走になった。
そして、明日のために早く寝ようと思ったのだけど……。
「領主様、あたいが添い寝してあげるよ!」
マールさんは、ここに泊まる気満々である。
それを族長姉妹が許すはずもない。
「マールさん? あなた、ご自分の家があるでしょう?」
「そうですよ。食事の準備は通いでもできるはずです!」
「なんだい、なんだい! 二人そろって意地悪をするのかい!? あたいは家に帰っても一人きりなんだよう?」
「そう言って、リョウヤ様を狙ってるだけなのでしょう?」
「……ちっ、バレちまったかい」
「まったく、油断も隙もありませんね! リョウヤ殿の安眠は私が守ります!」
サヤイリスが俺の手を引っ張って寝室に向かうのだが、すぐに待ったが掛かる。
「待ちなさい、サヤイリス!」
「サヤイリス様、抜け駆けかい!?」
マジで勘弁して。
(ハハハ、大人気のようだな少年よ)
(笑いごとじゃないですよ!)
(トラブルを上手く収めるのも領主の務めだぞ?)
まったく、好き勝手言ってくれる。
お約束なら、ここで三人まとめて相手にするべきなのだろうが、サヤイリスはそういうのが好きじゃないっぽいんだよな……。
「じゃあ、三人でジャンケンしてよ。勝った人と一緒に寝るから」
俺が提案すると、三人の目が怪しく光る。
「それではいきますよ!」
「望むところだよ!」
「絶対に負けません!」
まあ、それから後出しだとか色々と揉めるのだが、無事にサヤイリスが勝利を勝ち取ったらしい。
「仕方ないですね、今日のところはサヤイリスに勝ちを譲りましょう」
「次は負けないからね!」
ウィオリアさんとマールさんは悔しそうに引き下がっていった。
こんな苦労が続くなら、これから寝る時は元の姿になろうかなあ。
「ささ、リョウヤ殿。一緒に寝ましょう」
「はいはい。さっさと寝るとするか」
布団を被ってしばらくすると、叩き起こされた。
「この状況で本当に寝る人がいますか!?」
やっぱり見逃してくれなかったらしい……。
「分かったよ。ほら、おいで」
「そうやって誘われると、妙に気恥しいですね……」
そう言いながらも抱きついてくるサヤイリスさん。
互いの尻尾を絡ませたまま、夜は更けていく。
翌日、眠い目をこすりながら駐屯軍と里の戦士の合同訓練の視察に向かう。
俺のお供はウィオリアさんとサヤイリス、それにスグラさんだ。
里を出ると広い平地が広がっている。
そこで王国軍と里の戦士達が相対して、模擬戦闘を始めていた。
集団連携を得意とする王国軍と違い、個人の技能を活かして戦う戦士とは戦い方がまるで違う。
状況によっては、どちらが勝利するか分からないな。
サヤイリスは参加したくて仕方ないって感じだ。
それはそうと、あの戦士の中にマールさんの息子さんがいるのだろうか。
(ふむ。我としては、チマチマ戦うよりブレスでまとめて消し炭にするのが手っ取り早いと思うぞ)
(そんなの古竜さんしかできませんよ)
詮無い事を念話でやり取りしてると、立派な鎧を着た騎士らしき中年の男が部下を伴ってやってきた。
以前、ノスダイオ戦で一緒に戦ったオーレウスさんではない。
彼は功績で栄転したと聞いている。
今回の人も感じからすると、お飾りの貴族ではなくて叩き上げって感じだな。
俺の方が年下だろうから、一応こちらから声を掛けよう。
「お初にお目に掛かかります。竜牙の谷一帯の領主となった、リョウヤと申します」
「こちらこそ挨拶が遅れて失礼した。私は王国特別駐屯軍を任されるへルツァー子爵だ。ここでは爵位など意味が無いので、どうか気にしないでくれ」
子爵様だったか。
俺より爵位が上なのだが、本人が気にするなというので、お言葉に甘えておく。
まずは互いに握手だ。
うむ、これは実力者の手だな。最近、なんとなくそういうのが分かるようになった。
そのヘルツァーさんだが、訝し気な表情だ。何か問題があるのだろうか。
「ところで、新たに領主となったリョウヤ殿は、まだ少年と聞き及んでいたのだが……」
「ああ、ちょっと訳がありまして、竜牙の里では竜人の姿になっているのですよ」
そう言って元の姿に戻ると、ヘルツァーさんと部下達が驚きの表情を浮かべる。
「……失礼。特殊な能力を持っているとの噂でしたが、事実だったとは。それならその若さで領主となるのも理解できる」
すぐに納得してくれた。
こういう人が現場のトップだと安心だな。
ここで難癖付けてくるような人だったら、どうしようとか思っちゃったよ。
二人して、合同訓練の様子を見守る。
竜牙族個人の戦闘力は高いが、やはり連携に優れる王国兵相手には分が悪い。
これが夜戦だったり、奇襲だったらまた違った結果なのだろうけど。
「ヘルツァーさん、この合同訓練はどんな意味があるのですか? 隣国ヴィルオンからの侵略は止まっているはずですが……」
流石に国境を守る辺境軍がいないのはマズいだろうが、隣国に睨みを利かせる程度の兵力で十分だと思う。
だけど、今戦っている兵は練度が高い。
「実のところ、機械人の残党が時折現れるのです」
なんだって!? そんな事は一言も聞いていない。
思わずウィオリアさんの顔を見ると、彼女は気まずそうだ。
「い、いえ、王国軍の方と戦士達がすぐに排除してくれるので、リョウヤ様に報告する程の事ではないと……」
「それは駄目だよ。そういう事は些細な事でもちゃんと報告してくださいね。ホウレンソウは大事だから」
「……はい」
ウィオリアさんがションボリしてるけど、ここは心を鬼にする。
その些細な事でも、大事になったりするかもしれないのだ。
「うむ、確かに我が軍でも報告、連絡、相談は重要だ。流石はその若さで領主となられるだけありますな。はっはっはっは」
ヘルツァーさんに褒められるけど、そんな大した事じゃないから。
一方、スグラさんは機械人の件を把握していたけど、族長を通り越して俺に伝えて良いのか迷っていたそうだ。
重要な件は、今後遠慮なく伝えてくれとお願いしておく。
改めて、竜牙族を率いる事に難しさを痛感したのであった。




