663 ようやく我の存在に気づいてくれたか
最近、本格的に身の危険を感じるようになってきた。
女の子に襲われるなんて、傍から聞けば非常に贅沢な話だが、実際に経験すると洒落にならない。
それ以前に、精霊達のアレはなんなんですかね。
彼女達に言わせれば、俺の体が精霊化しているので問答無用で襲いたくなるとか。
その上、男の精霊って物凄くレアな存在らしい。
簡単に言えば、精霊に対して常に好感度MAXの状態だそうだ。
初対面の精霊にも適用されるとモンムも言っていたので、想像するだけで恐ろしい。
鏡子さんとエリカの件なのだが、一週間もしないうちにメアとナツメさんを生み出す事ができるそうだ。
出産ではないので、早く終わるとか言われてもよく分からない。
取り敢えず、メルさまから『元気になる薬』等を大量購入しておく。
いつ何時必要になるか分からないし。
女神に『そっち方面』を強くしてもらえないかと頼もうかと思ったけど、あの女神の事だから、絶対に嫌な顔をするだろうなあ。
……そんな顔も好きだけど。
それはさておき、そろそろ北の森に視察に向かおうと思う。
城に向かう前に旅支度を進めてると、サヤイリスが転移の鏡で帰ってきた。
そういえば、親孝行しておけと竜牙の里に残してきたままだったんだよな。
すっかり存在を忘れてた訳じゃないぞ。本当だぞ。
「リョウヤ殿、少し変わられましたか?」
「何故そんな事を言うんだ?」
「いえ、どこか雰囲気が変わった気がしまして」
流石である。
俺が完全に人外の存在になった事に気づいたみたいだ。
「本日はリョウヤ殿に里に戻って頂きたいので、お迎えに上がりました」
「竜牙の里へ? ええっと、俺はこれから城に行かないといけないのだけど……」
いくら里の領主と言えど、国王陛下の命には従わないといけない。
そんなの守るタイプじゃないだろうって、ツッコまれたら何も言えないけど。
「いえ、少しの間で構いません。私の父がリョウヤ殿に伝えたい事があると……」
サヤイリスの父親は前族長で、アムデンガさんという名だったはず。
いずれ、お義父さんと呼ばないといけない人になるよな。流石に蔑ろにはできない。
「分かった。今から行こう」
サクッと移動。
本当に転移の鏡は便利だなあ。鏡子さん達にも感謝しないといけない。
「父上、リョウヤ殿をお連れしました」
サヤイリスの実家では、アムデンガさんが俺を待っていた。
その後ろではサヤイリスの姉で若き族長のウィオリアさん、母親のカティラアさんが控えている。
ちなみに、サヤイリスの妹のレーシャちゃんと弟のシンビ君は王都に留学中だ。
今はフィルとミュリシャと仲良くやってるとの事。
気のせいだろうか。
ウィオリアさんがちょっと丸くなったような……。
「姉上は両親が帰ってきたので、ろくに家事もせずにぐうたらの毎日なのです」
サヤイリスが身も蓋も無い事を言うので、返答に困る。
しかし、アムデンガさんは無口なタイプなので、ちょっと苦手だな。
目も開いてるのか閉じてるのか分からない糸目だし。
やかましいけど、これなら師匠さんの方が、まだ付き合いやすいかも。
「ええっと、俺に何か話があるそうで……」
そういえば、サヤイリスの事でちゃんと挨拶をしてなかった気がする。
その事で立腹しているのかもしれない。
色々バタバタしてて、その辺りの事はすっかり失念していた。
「……勿体ない」
アムデンガさんがボソっと言った。
「え? 勿体ない……ですか?」
「その身に竜の加護を受けているのに、まったく活かされていない」
「はあ……」
よく分からん。娘さんの件の話では無さそうだ。
ところで、古竜さんの加護があると何かできるのだろうか。
竜の鱗で作ったミラーシールドを展開するぐらいだと思うのだが……。
思わず助けを求めようと、サヤイリスの方を見たが、彼女は困ったように微笑むだけだ。
それならば、ウィオリアさんにと思ったけど、あれ絶対に寝てるわ……。
この部屋の絨毯って座り心地が最高だもんな。
母親のカティラアさんはニコニコと微笑むだけである。
「ええっと、俺が古竜さんの加護の力を活かしてないと、そう仰るのですか?」
「うむ」
余計に分からん。
加護の力を活かすねえ……。
これは加護かどうかは分からないけど、妖狐の力はある程度使えるようになった。
試しに、セキこんに変身してみた。
「リョウヤ殿、その姿は……!!」
サヤイリスが驚きで目を丸くしている。
彼女はこの姿を見るのは初めてだ。
アムデンガさんは一瞬だけ片眉をピクリと動かしたが、それ以上の反応は無し。
カティラアさんはニコニコと微笑んでいるだけ。
一方、ウィオリアさんは絶賛居眠り中。族長がそれでいいのだろうか。
思わず呆れていたら、なんだか外がやかましい。
「どこだぁ~!? 我が宿敵の女狐の気配がするぞぉぉぉぉぉ!!」
あれは師匠さんだろう。
面倒事になりそうなので、元の姿に戻っておく。
「加護の力って、こういう感じですかね?」
アムデンガさんに尋ねると、彼は満足気に頷いた。
「正直、古竜さんの加護の力の使い方をよく分からないんですよね……」
セキこんや銀髪セキこには簡単に変化できるけど、古竜さんの加護のイメージが全然湧かない。
サヤイリスみたいに、角と尻尾の生えた女の子になれるのだろうか。
アムデンガさんは細い目で俺を見つめながら、自分の顎に触れて何か思案中である。
「……言葉では伝えにくい。外に出よう」
それだけ言うと、さっさと外に行ってしまった。
サヤイリスとカティラアさんも出て行くので、俺も後を追う。
ウィオリアさんは爆睡中。幸せそうなので、そのままにしておく。
族長宅の前で俺とアムデンガさんが対峙する形になった。
「むむ、小童よ、里にいつ戻ったのだ!?」
師匠さんがこっちに詰め寄ろうとしたのだが、途中で立ち止まった。
「ほほう、奥方がそうまで言うのなら、俺も見物と洒落込もうではないか」
ちょっと待って。
カティラアさんはニコニコと微笑んでるけど、何も言ってないよね!?
「母上にもここまで期待されているのです。リョウヤ殿、頑張ってください!!」
だから、カティラアさんはニコニコと微笑んでるだけなんですけど!!
多分、気にしたら負けなのだろうけど、なんか釈然としない。
それはそうと、アムデンガさんだ。
一体俺に何をさせようとしているのだろう?
「……リョウヤ殿、以前にやったように、古竜の力を引き出してみてはくれないか?」
前に体内の古竜さんの力を感じ取っていたら、里の人達がみんな平伏していた事があった。
あの時の事を言ってるのかな?
よく分からないけど、古竜さんの力を感じ取ってみる。
古竜さんの気配は大分薄くなってしまったけど、体中からかき集めるようにしてみる。
短い間だったけど、古竜さんには色々助けてもらったなあ。
ミラーシールドにするための鱗をもらったり、『守り人』との決戦の時に駆けつけてくれたり……。
(……我の鱗は役に立っているか?)
(決戦の時は大活躍でしたよ。今は持て余してますけどね)
(それは残念だな。しかし、平和で必要無いのが一番であるな)
(そうですね……って、古竜さん!?)
古竜さんが俺の心に話し掛けてきた。
あまりに普通だったので、途中まで素で返事してたよ。
(ようやく我の存在に気づいてくれたか)
(いや、普通に驚きですよ。生きていたのですか?)
(残念ながら、我の本体はもう消滅している。今の我は残留思念みたいな物だ)
俺に加護を与えてくれた際の残滓みたいな物だろうか。
(なんで、今まで出てきてくれなかったんですか?)
(それはこちらの台詞だ。何故今まで我の存在を感じ取ってくれなかったのだ?)
(そうは言われましても……)
(まあ、良い。こうして再び相まみえる事ができたのだ。我が授けた力を存分に引き出してみろ)
力を引き出してみろって……。
ふと我に返る。俺の周囲に里の人達が集まって平伏していた。
流石に大袈裟過ぎるでしょうよ。
「ぐぬぬぬ……! 小童なぞに……膝を屈する俺ではない!!」
師匠さんが頭を下げたくないと耐えてるけど、取り敢えず無視。
一方、アムデンガさんだ。彼の閉じていた目が大きく見開かれている。
滅茶苦茶に人相が悪くて、子供が見たら泣くレベルだ。
「ほほう、僅かながらにも竜の力を引き出したか……参るぞ!!」
いきなりアムデンガさんが、腰の剣を抜いて斬り掛かってきたんですけど!?
黙って斬られる訳にはいかないので、咄嗟に避ける。
「危ないじゃないですか!!」
「……その力、俺に見せてみろ!! フハハハハ!!」
先程とは人が変ったように、笑いながら剣を振りかぶる。
ああ、この人も師匠さんと同類だったのか……。
本性を隠していた分、師匠さんより質が悪そうだ。
見開いた目が完全に逝ってしまっている。
タイミングの悪い事に、魔力剣のオームラさん達を家に置いて来てしまった。
今の手持ちの武器は、前に学生が作ってくれた衝撃波が発生する短剣だ。
この短剣はドワーフの少女のイーゼルが鍛え直してくれたので、性能も上がっているはず。
彼女達、元気にしてるかなあ。
イーゼル達の事を思い出しつつ横薙ぎに振り抜くと、カッターのような鋭い衝撃波が飛ぶ。
想像以上に強そうな衝撃波で自分でも驚きだ。
まともに食らえば真っ二つかもしれない。
「ハハハ! 面白い技を使う!!」
衝撃波を普通に切り裂いて突っ込んでくるし。
師匠さんだって、ここまでヤバくないだろう。
ガキィン!!
アムデンガさんの剣を受け止めるが、流石に短剣で切り結ぶのはキツイ。
ここは初心に帰り、短剣の刃を魔力で覆って伸ばし、即席の魔力剣にする。
これならリーチの差も埋められる!!
そのはずだったのだが……。
「ハハハハ!! 甘い、甘いぞ!! そんな付け焼刃で俺の剣が止められると思うのか!?」
凄まじい速さの太刀筋で防ぎきれない。
師匠さんはパワー系だったけど、アムデンガさんは技量に秀でてるタイプだ。
それでいて、力も師匠さんに勝るとも劣らない。
一気に押されて、体のあちこちを切り裂かれる。
だけど、ちょっとした切り傷ならすぐに治ってしまった。
これは精霊化のおかげだろうか。不気味だけど助かるな。
「人を超えた存在に進化したか!! だが、それだけでは俺に勝てんぞ!!」
いやいや、いつ勝負になったんですかね。
竜牙族の人達って、やっぱりどこか変だ。
サヤイリスと師匠さんは俺達の戦いを食い入るように見てるし、里の人達も盛り上がっている。
すっかり見世物だよ。
仕方ない、ここは銀髪セキこか妖狐セキこんになって、一気に押し返すか。
(それはやめておけ)
(古竜さん!? いきなり念話で話し掛けないで、驚くから!!)
(戦いの最中でも、我と会話するぐらいの余裕を持て)
無茶な事を言いやがる。
(ところで、何が駄目なんですか?)
(あの男は、我の加護の力を十全に引き出せるようにしてくれているのだ。その厚意を無下にするではない。我の力のみで立ち向かうのだ)
ええー、アムデンガさんは単に暴れたいだけじゃないのかなあ。
あの顔つき、絶対にヤバい人だって……。
「俺と戦っているのに考え事か!? 俺も甘く見られたな!! 牙竜、這竜撃!!」
アムデンガさんが野球のアンダースローのような低い体勢から剣を突き出してきた。
その剣先が地を這うようにして、俺の直前でいきなり持ち上がる。
「くっ……!!」
危なかった。
咄嗟に避けて無かったら、首筋をバッサリと切り裂かれていた。
というか、あの剣の動きはあり得ないだろう!?
どうやら、これは本気で立ち向かわないと殺されるみたいだ。




