627 むしろご褒美です!!
ダーツの矢は的に真っすぐに突き刺さった。
その刺さった先はと言うと……。
「やりました! 『下僕』に決定ですね!」
「おい、ちょっと待て! どう見ても『全部解決』のマス目だろ!」
「はあ? 何を言ってるのですか? どこをどう見ても『下僕』じゃないですか!」
「いや、そっちこそちゃんと見ろよ、ダーツの矢は『全部解決』のマス目だろう!」
それもそのはず、『下僕』と『全部解決』は隣同士で、ダーツの矢はその境目に刺さっていたのである。
なので、お互いに引く訳にはいかないのだ。
「ほらほら、どう見ても『下僕』側に刺さってますよね!?」
「いんや、絶対に『全部解決』側だ!!」
くそ、これじゃ埒が明かない。
不本意だが、どこかで妥協しないと駄目かもしれん。
「仕方ありませんね。ここはお互い譲歩しませんか?」
「そうだな。俺も丁度そう思っていた」
「どうします? 私は『使徒』で手を打ちますよ? あなたは何を希望しますか? 徹夜でゲームくらいは付き合いますよ?」
「じゃあ俺は……『パンツ』で」
「はあ!? いきなり何を言い出すんですか!? あなた正気ですか!?」
「俺は至って正気だぞ。使徒ってのは納得いかないが、危険な兵器を回収したいのは同感だ。その対価としてパンツぐらい拝ませてくれ」
「いやいやいや、それはおかしいでしょう!? 自分から提案しておいてなんですが、使徒って物凄く責任が重いのですよ? その対価が下着を見せろって……」
「女神様のパンツが見られるなら、俺は一向に構わない!」
「そんなドヤ顔で言われましても……」
「それでどうするんだ? 使徒になるんだから、パンツを見せてくれ!!」
自分でも頭がおかしいと思っているが、パンツ愛好家として本物の神様がどんなパンツを着用しているのかが気になって仕方がない。
男としての性が強く訴えかけてくるのだ。
「ちょっと、そんなに迫らないでください!! 怖いですって!!」
「ふむ、今のは紳士的では無かったな。失敬、失敬。変態紳士としてあるまじき行為だった」
「自分で変態紳士って言う人を初めて見ましたよ。それはそうと、私の下着を見て嬉しいのですか?」
「普通に嬉しいですけど?」
「即答ですか!? その……私はバツイチですし、元人妻ですよ? 若い女の子に囲まれているあなたにとっては、魅力なんて無いのでは……」
「何を言うんだ!? むしろご褒美です!! 人妻大好きです!!」
「えぇ……」
何故かドン引きされているのだが。
解せぬ。
「俺が使徒になるんですよ。そのくらいの対価で済むなら安いでしょうよ」
「わ、分かりました。お見せします……」
「その前にもう一つお願いがあります。嫌そうな顔をして見せてください」
「あなた、性癖が歪み過ぎではありませんか!?」
「自覚はあるのですけど、死に掛けたり、精霊に浸食されたりして色々ぶっ壊れたと思うのですよ。きっとあなたの加護も原因の一つかと」
「ええ!? 私の自業自得ですかぁ!?」
そんなこんなで女神様にパンツを見せてもらいました。
羞恥にまみれた顔で我慢しながらスカートをたくし上げる姿が大変に最高でした。
その女神様のパンツは、大変にお上品な物であったと言っておこう。
余談であるが、その後『女神のパンツを狙う者』という新たな名を持ち、神々の世界で恐れられる事になるのだが、今の俺がそんな事を知る由もないのである。
「私、こんな人を使徒にして大丈夫だったのでしょうか……」
「大丈夫ですって。これから長い付き合いになるでしょうし、また見せてくださいね」
「ああああああ! やっぱり私の自業自得でしたぁぁぁ!!」
「まあ、冗談はさておき。きちんと働きますよ。元はと言えば、俺が生まれた世界が引き起こした騒ぎでしたし、この世界が大好きですから」
「そうなのですか? そういう殊勝な態度を最初から見せてくれれば良かったですのに」
「普通に言ったら面白くないじゃないですかー」
「面白くしなくていいです!! ですが、今後あなたの人生をめちゃくちゃにしてしまうかもしれません。使徒である期間は不老不死となるので、いずれ愛する人達を次々と見送る事になるでしょう……」
「それに関しては、お礼を言いたいです」
「お礼……ですか?」
「ええ。前に精霊の鏡子さんに言われた事があったんですよね。見送った後、残された者の気持ちはどうしたらいいのでしょうって。使徒になって長生きできるなら、俺がみんなを見送れる。それって、みんなに寂しい思いをさせなくて最高だと思いません?」
「あなたって人は……」
「まあ、精霊より長生きしてしまったら、最終的に俺は一人ぼっちになるかもしれませんけどね」
「心配しなくていいですよ。その時は私が隣にいてあげますから」
「本当ですか!? 流石は女神様、最高だぜ!!」
「まったく、調子がいいんですから……」
「ついでにパンツも見せてくれると嬉しいです」
「調子に乗らないでください! でもまあ、今回はサービスしてあげましょう」
「もう一回パンツ見せてくれるんですか!?」
「違います! あなたが知りたがっていた、リネイリナという女性が眠り続けている原因を教えるだけです!!」
ぶっちゃけ、パンツの事でリネイリナさんの事を忘れ掛けていたのは秘密だぞ。
だけど、眠り続けている原因を教えてくれるって事は目覚めさせる可能性もあるって事だろう。
これはまたとない好機だ。
「それで、リネイリナさんが目覚めない理由はなんですか?」
「彼女は自身の『夢』に囚われています」
「夢……ですか?」
「私が教えられるのはここまでです。後はご自分の力でどうにかしてくださいね」
まだ聞きたい事が沢山あったのに、そこで俺の意識は途切れてしまった。
◆◆◆
「────さん、──ウヤさん、リョウヤさん! 良かった、目が覚めました!!」
気がつくと、ユーが俺を心配そうな顔で見下ろしていた。
どうやらベッドに寝かされているらしい。
「……ん、こっちに戻ってきたのか」
「大丈夫でしたか? 随分とうなされていましたけど……」
「心配掛けたね。大丈夫だよ」
「そうですか……? 途中でパンツがどうのこうのと言ってましたけど……」
ユーがジト目で睨んでくる。
そんな性犯罪者を見るような目で見ないでくれ。クセになってしまうじゃないか。
「うん、女神様のパンツを見せてもらってきた」
「…………」
ユーがにっこり微笑みながら首筋に噛みついてきた。
「いててててて! いきなり吸血すんなよ!!」
「私がどれだけ心配したと思ってるのですか!? 破廉恥リョウヤさんのバカ!!」
「ごめんってば。だけど、リネイリナさんの事を聞いてきたから」
「本当ですか!? ではすぐにお兄様達のところへ行きましょう!」
いきなり腕を掴まれてベッドから引きずり出されてしまった。
この子ってば見た目によらず、割と力があるよね。
そのままリネイリナさんの寝室に連れて行かれる。
「お兄様、ナギさん! リョウヤさんが目覚めました!!」
「おお、目が覚めたか!」
「リョウヤ君、女神様はどうだった?」
リネイリナさんのベッドの側で見守っていた二人が、弾かれるように駆け寄ってきた。
「リネイリナさんが眠り続ける原因を聞いてきましたよ」
「おい貴様、もったいぶらずに早く言え!」
「お兄様、リョウヤさんは目覚めて間もないのですよ、無理させないでください」
その割には、いきなり吸血してきたよね。
「でも、それって何か対価を支払ったんだよね? 神がただで助けてくれる訳が無いし……」
この場で俺の事をちゃんと心配してくれるのは、ナギさんだけである。
「それなんですけど、女神の使徒にされちゃいました。あははは」
明るく伝えたつもりなのだが、三人ともドン引きである。
「リョウヤさん、それって最高司祭より上位の存在ですよ……」
「貴様がこの国のエルファルド教を取りまとめる存在となるのか。これから教会が荒れるな」
「リョウヤ君が『使徒』様かあ。どうぞいい御利益がありますように……」
「ちょっと待って! 俺そんなのに興味ないから! それとナギさん、拝まないで!!」
「ですが、リョウヤさんは女神の眷属となったのですよ。リョウヤさんの言葉は女神様の言葉となります」
「いやいやいや! そんな大層な存在じゃないから! 単に仕事を頼まれただけだって! 教会とか関係ないから!!」
「貴様が女神からどんな仕事を託されたのか気になるところであるが、その話は後にしよう。それで、母上が目覚めぬ理由はどうだったのだ?」
やっと本筋に入れるよ。
今後、使徒の話は黙っておいた方がいいみたいだな。女神の加護を持つユズリさんだけには伝えておこう。
「リネイリナさんの事だけどね、自身の夢に囚われているって」
「夢……ですか?」
「母上は夢を見続けているという事か?」
兄と妹は二人して首をかしげている。
俺だって意味が分からない。
そんな中、ナギさんが遠慮がちに口を開いた。
「あのう、もしかしたら夢魔の仕業って可能性もありませんか?」
「ナギ嬢、それはどういう事だ!?」
「魔族に夢に入り込む夢魔って種族がいるじゃないですか? お母様が目覚めないのは、その夢魔が悪さをしているんじゃないかって……」
「なんだと……」
「確かにその可能性はありますね……」
夢魔って、サキュバスとかそんな感じのやつだろうか。
聞くだけで色々厄介そうだな。
「それじゃあ、リネイリナさんの夢の中に入って夢魔を追い出せば、目が覚めるって事なのか?」
俺が尋ねると、三人は暗い表情でうつむいてしまった。
「それが可能ならばいいのですけどね……」
「他人の夢の中に入る術は無いのだ……」
「そんな便利な魔道具もありませんよ……」
マジですか。
前世の世界で、他人の夢に入ったりする漫画やアニメは普通にあったんだけどなあ。
「魔法でどうにかならないもんかねえ」
「リョウヤさん、そんな簡単に言わないでください。もし可能性があるとしたら、精神を操る魔法や精霊魔法に長けている人でないと……」
ふむ、精神を操るってのはよく分からないけど、精霊魔法が得意な人が身近にいたな。




