623 貴様と会うのは随分と久方振りだな
嫌だ。非常に面倒くさい。
以前から城から呼び出しを受けているのだが、どうせ厄介事に違いない。
迎えのアストリーシャには申し訳ないけど、忙しくて行けないって嘘を吐き続けていたら、とうとうユー自らが俺を迎えに現れてしまった。
「お兄ちゃんったら、ユー姫様が直接迎えに来てるんだよ!? いつまでもワガママ言ってちゃ駄目でしょ!!」
最近、妹の様子がちょっとおかしい。
生意気にも俺の生活を管理しようとしてくるのだ。
いや、しようとするんじゃなくて実際に管理されている。
それは俺だけではなく、ロワりんやミっちゃんにも同様だ。
二人も寝坊していたりすると、妹のルインに叩き起こされている。
お前はオカンかよ。
妹がそんなんだから、ロワりんとミっちゃんが泣きついてくる。
「セッキ~、妹ちゃんが怖いよう……」
「私の母上より厳しいかもしれない……」
「いや、二人とも普段の生活がだらしないからだろう?」
「それをセッキーに言われたくないんだけど」
「ああ、激しく同感だ」
「いやいやいや、ロワりんなんてベッドでお菓子食べながら寝落ちしてるじゃん。あれでまたGが出たって噂だぞ。ミっちゃんも部屋がとっ散らかってるって、ルインが嘆いてたぞ。俺の妹に掃除させんなよ」
「ぐぬぬぬ……」
「うぐぐぐ……」
二人して歯ぎしりしてるが、知ったこっちゃない。
「お兄ちゃんも二人の事は言えないでしょ! 学校も行ってないんだから、生活のリズムくらいきちんとしてよね!」
「うごごご……」
まったくもって、言い返せません。
俺に甘えていた頃の可愛い妹を返してくれ。
「ほら、ユー姫様を待たせてるんだから、早く支度しなよ!」
流石にこれ以上は王族を待たせられないか。
渋々身支度を整え、応接間にもなっているサンルームへと向かう。
ちなみにだが、この部屋のガラスは日差しや温度の調節を自動でやってくれるらしい。
真夏の直射日光も恐れなくていいみたいだ。もちろん、紫外線もカットする優れ物である。
異世界人の技術を基にして、王立魔導機関で開発された新たな魔道具だとかなんとか。
「おはようございます、リョウヤさん」
ユーがにっこりと微笑んで俺を出迎えてくれた。
優雅にお茶を飲む姿は、まるで絵画から出てきたみたいな美しさである。
おはようと言っているが、実は昼近い。
「おい、リョウヤ! 姫様を待たせるなんて不敬だぞ!」
「いやぁ~流石はリョウヤ君。ブレないっスね」
側仕えのエレノアとアストリーシャも平常運転だな。
「ごめん、ごめん。引っ越しして環境が変わったから、どうも体調が優れなくてさ……」
「そうなのですか? 普段は食っちゃ寝して、その辺を散歩したり、月花亭という食堂に入り浸っているそうじゃないですか。ちなみにですが、そのお店はイリーダお姉様もお気に入りなんですよ」
え、ちょっと待って。なんで俺の私生活をそんな詳しく知ってるの?
怖いんですけど。
って、鏡子さんとエリカが報告してるのか。
向こうの柱の影から、二人がこちらを窺っているし。
「いやあ、戦士には休息も必要なのだよ」
「…………」
ユー達がジト目で俺を睨んでいる。
なんだよう。ちょっとしたジョークだったのに。
「それで、俺を城に呼び出すのはどんな要件なんだ?」
「お父様から大事なお話があるとの事です」
サイラントさんから大事な話って、嫌な予感しかしないんですけど。
「それ、行かないと駄目?」
「駄目です♪」
そんな満面の笑みで返さなくても……。
「お兄ちゃん、相手は王族の方なんだよ? いつからそんな失礼になったの? 前はもっとしっかりしていたと思ってたのに、このままじゃ見損なっちゃうからね!」
な、なんですと……!
妹に見損なわれてしまう!! これはいかん!!
「フッ、今までの俺は仮の姿。この瞬間から本気を出すぜ! さあ、城へ参ろうか!!」
シュタっと決めポーズを取るも、その場の全員から白い目で見られてしまった。
悪ふざけは程々にしておこう。
「せっかくですから、ルインさんもご一緒しませんか?」
「え? 私もお城に行っていいのですか!?」
「ええ、もちろんですよ。エレノアとアストリーシャ、手配をお願いします」
「了解しました! それにしても、リョウヤの妹ちゃんか……割とセキこ似だな。じゅるり」
エレノアさんよう、涎が出てますよ。
「承知いたしましたっス。さあ、妹ちゃんにはドレス試着地獄を味わってもらうっスよ~」
アストリーシャさんよう、妹で遊ぶのはやめてね。
そんなこんなで、転移の鏡で城へと向かった。
移動には便利だけど、今日みたいな事があるから城と直通ってのも考え物だな。
こうして城に来るのも内輪で祝勝会をやって以来だろうか。
そんな事を考えつつ城内を歩いていると、前方からユーの兄であるカデンドロス王子が歩いてきた。
「貴様と会うのは随分と久方振りだな」
「いや、この前の祝勝会で会っただろうよ」
「そうだったか?」
ところで、今日はナギさんを同行しているのか。
彼女はルーデンの街で商業ギルドの副マスターをやっている。
色々な偶然が重なり合って、王子と相思相愛の仲になったんだよな。
それをお膳立てしたのが実は俺であったりする。
「リョウヤ君も元気みたいだね。エリカちゃんの様子はどう?」
「すこぶる元気ですよ。最近は新たな力を身に着けて、益々調子に乗っています」
「あはは、エリカちゃんをリョウヤ君に任せて正解だったね」
ナギさんの魔道具店の倉庫にエリカの姿見があった事で、流れ的にエリカの所有者はナギさんになっていた。
それから色々あって、俺が正式にエリカの姿見を託されたのである。
「それはそうと、イーゼル達の魔道具の評判はどうですか?」
「学生が作ったとは思えない出来だって、評判は上々だよ」
それは良かった。
ズンこさんの地下ダンジョンでくすぶっていた彼女達だったが、こうして『作品』が認められたら自信もつくだろう。
あれから魔道具協会も随分と変わったらしいし、近いうちに正式に魔道具として認可されるんじゃないだろうか。
安堵していると、王子が割り込んできた。
「おい貴様! ナギ嬢と少々距離が近くはないか!?」
うわぁ、今更だけどこの王子って面倒くさい……。
ヤンデレ属性とかやめてくれよな。
「安心して、カデン王子。私の心は王子だけの物だから」
「ナギ嬢!」
「カデン王子!」
ひしっと抱き合っている。
二人して自分達の世界に入り浸ってるのを見せつけられるのも、中々厳しいものがあるな。
隣のユーも呆れ顔だ。
「お兄ちゃん、この人達って?」
「ルインにはちゃんと紹介してなかったっけ? これがカデンドロス王子、こちらは王子の婚約者のナギさんだ。二人とも、妹のルインだ。よろしく」
「おい、待てい! これ扱いとか不敬だぞ!」
「へえ、リョウヤ君の妹さんかあ。お兄さんに似ないで良かったね」
王子はともかく、ナギさんも割と失礼だよな。
「あわわわ! 王子殿下!! 私はルインと申します! 兄がいつもお世話になっています!!」
「ふむ、確かに兄に似ずに礼儀正しいな。こちらこそよろしく頼む」
くそう、腐っても王子だな。無駄にキラキラしてやがる。
妹が憧れの視線を送っているし。お兄ちゃんにも憧れていいんだからな?
「それで王子、今日はどうしたんだ? 普段はルーデンにいるんだろう?」
「む、そうだった。本日は父上に近況報告をしていたのだ。主にナギ嬢との暮らしが如何に素敵で充実しているのかを報告したのだがな」
「まあ、王子ったら素敵だなんて……」
「ナギ嬢!」
「カデン王子!」
ひしっと抱き合っている。
こいつら、蹴り飛ばしていいかな?
妹は複雑な表情してるし、流石のエレノアとアストリーシャも死んだ顔をしているので、バカップルを放置して先を急ごう。
「ところでルイン、さっきの王子ってユーの実の兄だからな」
「ええ!?」
「お恥ずかしながら、本当なのです……」
「ええっと、ユー姫様も頑張ってください」
流石は我が妹。気遣いのできる子だ。
そうこうしているうちに、アストリーシャに貴族用の控え室に案内される。
「じゃあ、リョウヤ君と妹ちゃんは控え室で着替えてくださいっス」
「えー、別にこの恰好のままでいいじゃん」
「リョウヤ君、ジャージで国王と謁見はどうかと思うっスよ……」
「えー、前は普通にジャージで登城してたよな?」
「それは非常時やプライベートだったからっスよ。お願いだから着替えてくださいっス」
仕方ない。ここはアストリーシャの顔を立ててやろう。
一方、ルインなのだが……。
「ルインちゃんは、お姉ちゃんが着替えさせてあげよう!」
エレノアが変質者の顔になっている。
涎を拭きなさい。
「おいコラ、うちの妹に手を出すなよ」
「なんだとう! まるで私が変質者みたいな言い草だな!?」
「言葉通りだぞ」
「失礼な! セキこの尻は揉んだが、妹ちゃんのは撫でるだけだ!!」
あ、こいつ本物だ。
ユーが微笑んでいるが、目が笑っていない。
「アストリーシャ、エレノアを連れて行きなさい」
「了解っス。さあエレノア様、あっちへ行きますよー」
「おい、待て!! 妹ちゃんをまだ愛でていない!!」
エレノアが連れて行かれると、すぐに別のメイドさん達がやってきて、俺達は控え室に連れ込まれてしまった。
そのまま手際良く身だしなみを整えられてしまう。
「お兄ちゃん、私のドレス姿は似合ってるかな……?」
普段着慣れない服装に戸惑う妹も新鮮だ。
「ああ、凄く似合っているぞ」
うむ。やはり妹は最高だな。
どこに出しても恥ずかしくない妹だ。
「えへへ……。お兄ちゃんもかっこいいよ」
うむ。素直な妹は最高だな。
何故かユーが嫉妬の炎を燃やしてるが、見なかった事にしておく。
そうこうしているうちに、謁見の間に到着。
「ユユフィアナ王女殿下及び、リョウヤ卿とご令妹のルイン様、ご到着!」
衛兵が声を張り上げて俺達の訪問を合図する。
元々が平民なので、こういうのって慣れない。
そもそも、卿ってなんだよ。ルインも緊張しきりだ。
玉座には国王のサイラントさんが座り、横にイルミナージャ王妃、センシア王妃、ミムリティ王妃が控えている。今日は皆さんお揃いでいらっしゃる。
おっと、謎の隠し子ちゃんもいるみたいだ。
一応形式として、俺とルインは国王の前に跪く。
ユーは少し頭を下げる。
「よくぞ参ったリョウヤ……と言いたいところだが」
サイラントさんの表情が非常に険しい。
多分、激おこってやつだ。
「今の今まで召喚を無視して何をしていた!!」
「いや、俺にも色々都合があったんですよ。それと妹が怖がってるので、あんまり大声を出さないでくれませんかね。隠し子ちゃんも怯えてるじゃないですか」
俺が指摘すると、王妃達は苦笑する。
「ぐぬぬぬ……それはお前が怒らせるような態度を取るからだろう!! それと隠し子ではないと何度言ったら分かるんだ!!」
そんな国王の横で、隠し子ちゃんがルインの事が気になるのか、興味深そうにしている。
ルインは隠し子ちゃんに小さく手を振ると、隠し子ちゃんの表情がぱあっと輝いた。
うむ、大変に尊い光景である。
「我が夫よ、リョウヤ君に大切な話があるのだろう? 我々はルイン嬢とサデリーナ様の面倒を見ているので、ゆっくりと語り合うが良い」
イルミナージャ王妃が勝手に話を進めると、ルインと隠し子ちゃんを連れて行ってしまった。
「わたくしも、殿方の語り合いにお邪魔する程、野暮ではありませんよ」
「サイくんとリョウヤくんも仲良くね~」
センシア王妃とミムリティ王妃も行ってしまった。
残るはユーだけど、肩を竦めるだけだ。
「それで、大事な話ってなんですか?」
「う……そ、それは……」
呼び出しておいて口ごもるとか、どうなんですかね。
こういう時は、大抵ろくでもない話になるのがお約束だ。
「お父様、きちんと説明してください。リョウヤさんにも失礼ですよ」
ユーが窘めるが、まったく話が見えてこない。
「それはそうなのだが……」
さっきまでの威勢はなんだったのだろうな。
ここは大人しく次の言葉を待とう。
「本来なら、お前に謝らないといけないのだが……」
俺に謝る?
それ以前に無理矢理呼び出した事に謝ってほしいけど、多分そういう話では無さそうだな。
「おぼえているか? 最後の戦いに赴く際に世界を救う事ができたら、お前に王位を譲ると言ったのを」
……そんな事言ってたっけ?
やべえ、全然おぼえてないわ。
(※592話)
「それなのだがな、やはりあれは無かった事にしてくれ……すまん!」
いきなり頭を下げられてしまった。
怒鳴ったり謝ったりとか忙しい人だなあ。
「お父様、約束を反故にするなんて、国王として恥ずかしくないのですか?」
「それはそうなのだが、今は王位を譲る訳にはいかない。何よりも国を立て直すのが優先なのだ。どうか理解してくれ……」
「ですが、約束は約束です! リョウヤさんに失礼ですよ!」
「我がままを言うな! このままでは国が荒れてしまうのだぞ!」
なんか、俺を放置してシリアス展開になりつつあるのですが……。
「あのう、ぶっちゃけ俺はその約束を全然おぼえてないんですけど。むしろ、言われなかったらそのままで終わった話だったのでは? それ以前に王位なんて興味ないです」
「…………」
「…………」
二人とも黙り込んでしまった。
まあ、人生そんな事もあるさ。
「それに、王位はイリーダ王女に譲るって話ではありませんでしたっけ?」
その時であった。
突然、玉座の間の扉が勢いよく開かれた。
このパターンはあれだよな……。




