5 うらやましい! けしからん!
予備校に来てから二日目の朝、早くに目が覚めてしまった。
時計を見ると、五時過ぎぐらいだ……。慣れない環境だったから自然と早起きしたのかも。
昨夜は風呂で遭遇したピアリから逃げる様に部屋に戻り、そのままベッドに倒れ込んでからの記憶がない。
ピアリについては、生理的に無理とかじゃないんだけど、距離感の近さが苦手なタイプだ。
見た目だけなら可愛いだけに余計に残念だ。
室内に備え付けの洗面所で顔を洗い、着替えを済ませて朝食を食べに食堂へ向かう。
まだ早い時間なので人も全然いない。券売機で目玉焼きベーコンにサラダとパンとスープというシンプルなモーニングセットを選び、カウンターに向かうと昨日会ったおばちゃんがいた。
「おはようさん。新入生は朝が早いのかねぇ。頑張んなよ」
「おはようございます。おばちゃんこそ早番ですか? 大変ですね」
こういったコミュニケーションって、前世では結構苦手だったりしたのだけど、自然にできる様になってきた。環境の変化かな?
そんな大人なやり取り(?)ができる様になり、ご満悦で朝食を食べているとピアリに声を掛けられた。
「リョウヤ君おはよー。ここ座っていいかな?」
「お、おはよう。……別にいいよ」
思わず声が上ずってしまったが、これも大人のやり取りだ。多分。
オフショルダーのブラウスにショートパンツという、微妙に目のやり場に困る服装のピアリが俺の向かいに座り、一緒に朝食を食べる。
知らない人が見たら、朝っぱらからリア充爆発しろと思われる光景なのだろうか。
現にチラホラ朝食を食べに来た人達がこちらをチラ見してる気がするのだが、自意識過剰かな?
「随分早起きだね。朝は強いの? ボクは調べ物や課題をやっておきたくて、早起きしたのだけど」
「俺は朝からベルゲル先生の手伝いをする事になってたから、早起きしただけなんだ」
「そうなんだ! じゃあキミがベルゲル先生の紹介で入校する期待の新入生なのかぁ!」
そう言いながら、ピアリは目をキラキラさせながら凄い、凄いと興奮している。
悲しいけど誤解は早いうちに解いておいた方が良いので、素直に魔力の出力値等の件を話しておく。
「大した事がなくてガッカリしたか?」
「ううん。そんな事ないよ。魔力量が多いってだけでも十分凄いんだよ! 時間をかけて魔力を練れば大型魔法だって使える可能性があるんだし」
あれ? 魔法ってそういう物なの?
「それでも、ベルゲル先生の研究の手伝いなんて凄く名誉な事だよ。頑張ってね」
……なんだかピアリって、凄い前向きな奴だな。変な奴だと思ったけど、ちょっとだけ俺の中で株が上がった。
「うん、ありがとう。なんだか気が楽になったよ」
それにしても、ベルゲル先生って、そんなに凄い人だったのか。
あんまりそんな風には見えないと言ったら怒られそうだけど。
今の会話で肩の力が抜けた気がして、簡単にお互いの身の上話をしながら朝食を食べ終えて気付いたら、ピアリとも普通に友人みたく会話が交わせるようになっていた。
きっかけって、大事だな。
食後にピアリから寮の部屋を教えてと言われた。
ベルゲル先生からは個室の事はあまり口外するなと言われたけど、ピアリなら大丈夫だろうと思って自室に招待したら、いきなり贅沢は敵だと怒られた。
「なんで特別棟に部屋を持ってるのさ! しかもこんな広い部屋を独占だなんて、うらやましい! けしからん!」
ひとしきり部屋を見て文句を言いつつ、『今度お菓子を持って遊びに行くからね!』と捨て台詞を残して去って行った。
ツンデレですかね。
俺も、お茶の用意とかしておいた方がいいのかな。
それからまだ終わっていない自室の荷物整理や掃除をしつつ、約束の時間に合わせて自室と同じ特別棟の一階にあるベルゲル先生の部屋に向かう。
ドアのネームプレートには「ベルゲル研究室」と書いてある。
ノックすると『入ってくれ』と聞こえたので、ドアを開けた。
入るなり、本・本・本の山。圧倒されているとベルゲル先生が部屋の奥から本の山を縫うように現れた。
「時間通りだな。初日から遅刻なんてしたら、どんなペナルティをくれてやろうかと考えてたぞ。まあ、冗談はさておき。今日はやってもらいたい事がある」
……冗談には聞こえなかったけど。それで、何をやる事になるんだろう。
少し不安になっていると、一旦奥に戻ったベルゲル先生が大きなリュックサックを手に抱えて近付いて来た。
「この中には、板状に加工した蓄魔石が入っている。これに魔力を充填してほしい」
「なんですか? その蓄魔石というのは。それに魔力を充填?」
よく分からなかったので、素直に聞いてみた。
「蓄魔石は文字通り魔力の蓄積が可能な魔石だ。これを使いやすく加工した物を魔道具等の動力源にしている。普段は地脈から吸い出した魔力で充填しているのだが、少々間に合わなくてな。それで魔力量が多いお前にこの蓄魔石に魔力を充填してほしいって話だ」
早い話、バッテリーみたいな物か。もしかしたら、食堂の券売等もこの蓄魔石で動いてたのかな。
「蓄魔石については分かりました。それで魔力充填ってどうやるんですか?」
「簡単だ。常にこのリュックを背負ってくれてればいい。勝手に蓄魔石が魔力を吸い取って充填する。ただ、ちょっとばかし重いから気を付けろよ」
リュックサックを手渡されたのだが、重さ十キロ以上あるんじゃないかこれ。
背負ってみると凄い勢いで体内から魔力が吸い取られている感覚がしてくる。
何だか血流の流れが良くなるみたいで、気持ちいいなこれ……。
「ちなみに普通の奴が背負ったら、卒倒するレベルの魔力量を吸われるからな。お前なら大丈夫だろう?」
「ええ、重たいだけで特に問題は無さそうです。それで、これはいつまで背負ってればいいんですか?」
「充填が終わるまで背負っててくれ。終わればチャイムが鳴って知らせてくれる。まだ入校式まで日数もあるし、充填さえしていれば校内で好きな事をしてくれてて構わんぞ」
わお、なんて楽ちんなお仕事なのだ。
「分かりました。充填が終わったらここに戻ればいいんですよね。だったら図書館にでも行って自習してきます」
「そうか。魔法の事なら研究の合間に講義をしてやれるから、その気があったら言ってくれ。今日はちょっと無理だけどな」
俺はお礼を言い、ベルゲル先生の研究室を出て冒険者予備校の敷地内にある図書館に向かった。
丸ごと一棟が図書館になっている建物で、無限図書館とも言われる王国随一の蔵書数を誇ると言われ、外部の人でも自由に利用ができる施設らしい。
思わず見上げる程の立派な図書館の入口の扉を開け、館内の利用法を教わろうと受付担当の司書さんに声をかけようと近づく。
俺を出迎えたのは校内を案内してくれたリリナさんだった。
「あれ? リリナさんじゃないですか。ここも担当されてるんですか?」
「おはようございます。リョウヤさん。実は司書の資格も持っているので、しばらくの間ヘルプで入る事になりました」
この人、普通に優秀な人なんじゃないですかね。校長の秘書もやってるし、なんでもそつなくこなしちゃう人っているよな。
でも魔法が使えなくなったと言うから、色々頑張って努力しているのかもしれない。
「そうでしたか。リリナさんって、なんでもこなしちゃうイメージがあるけど、実際はもの凄い努力家で色々と頑張っていたんじゃないですか?」
などと、つい調子に乗って言ってから、しまったと思った。
彼女が少し困った様な表情をしていたからだ。軽口が過ぎたのかも……反省。
慌てて本来の目的を伝えることにした。
「えっと、今日は図書館を利用したいのですけど、図書カードとかって必要ですか?」
「リョウヤさんは学生カードをお持ちですよね。そちらがあれば大丈夫です」
リリナさんはすぐに仕事の顔に戻って図書館の利用の仕方、本の貸し出しの手続き等の説明を一通りしてくれた。
説明を聞き終え、早速書架を見て回ろうとすると彼女から注意をされた。
「ここが無限図書館と呼ばれているのはご存知ですよね。蔵書数の比喩ではなくて、文字通り書架がどこまで続いているのか分からない無限回廊があります。そこの一画には近づかない様にお願いしますね。異次元まで書架が続いてるとの噂があるぐらいですので……」
マジですか。
奥に行けば行くほど、良くも悪くも貴重な本が見つかるらしいが、運が悪いと戻って来られなくなるとか。
なんだそのダンジョンみたいなのは。
そんな奥まで行く気はないので、適当に近くの書架から歴史学の本を何冊か選んで図書館の読書スペースで読むことにした。
この世界の歴史を知るためにも、まずは勉強しておくべきだろう。
本の内容によると、この時代は『古の神々』と呼ばれる存在に対して古代魔法王国、魔人族や竜族が手を組んで戦った神代戦争から約千五百年が経っているらしい。
神代戦争の後、古の神々はこの世界を離れ、新しい神が誕生したとされる。
それから古代魔法王国は滅亡し、魔人族や竜族も歴史の表舞台から姿を消して獣人・亜人に魔族や我々である人族が繁栄する世の中になったそうだ。
単なるおとぎ話なのか神話なのか判断がつかないが、どの程度事実が書かれているのだろうか。
しばらく夢中で読んでいて一旦休憩しようと思った時だった。
コンビニの入店チャイムみたいな音が突然鳴り響いた。
発生源は俺が背負っているリュックからだ。そして図書館で読書をしていた周囲の人達から思いっきり顰蹙を買ってしまった。
……なんじゃこりゃぁ。




