4 えっと、ここ男湯ですよ?
先程の管理事務所の綺麗な職員さんに校内の案内をしてもらう事になり、彼女と簡単にお互いの自己紹介を交えつつ、魔力測定の話を打ち明けてみた。
ちなみにだが、職員の女性はリリナさんという名前だった。
「魔力の出力値が少なかったのですか? ……その色々大変だと思いますが気を落とさないで下さいね。難しい事は分かりませんが、魔法だけが全てじゃないですから」
予備校内を案内してくれながら、リリナさんが気遣ってくれる。
その気遣いが泣くほど嬉しい。
気のせいか、先程より他人を拒絶する空気が薄くなった様な?
「でも、なんだかガッカリですよね。親からも期待されていたっていうのに」
我ながら情けない声だったと思う。そんな俺に彼女がまた優しく声を掛けてくれる。
「実は私も以前は冒険者で、魔法を使えていたのですが、今はもう使えなくなってしまいました。それでも、こんな風に別の仕事をして生活をしています。だから、リョウヤさんも自暴自棄にならずに将来の選択肢を狭めないでくださいね」
彼女曰く、受付職員だけでなく校長の秘書みたいなこと等を色々やっているらしい。
リリナさんって、元冒険者だったんだな。少し意外だ。
それにしても、魔法って使えなくなってしまう物なのか?
ちょっと詳しく聞いてみたいけど、なんだか立ち入ってはいけない話の様な気がしたので、やめておく。
一通り校内を案内してくれたリリナさんが次に案内してくれたのは、校舎から少し離れた二階建のちょっと古びてるけど豪華な建物だった。
その建物に入り、一階の一番奥の部屋に案内された。
「この部屋がリョウヤさんの寮室となります。何か必要な物等がありましたら、遠慮なく言ってくださいね。それでは、私はこれで失礼します」
俺はリリナさんにお礼を言って見送った。
改めて建物を確認すると、俺に用意された部屋は明らかに他の学生寮とは違う。
どうやらベルゲル先生の手伝いをする前提として、特例で利便性の高い場所にしてくれたみたいだ。
それはともかく、数人は住めるぐらいの広さの部屋を一人で使えるなんて、すごい贅沢だな。
その一方、ルームメイト同士で深夜まで下らない話とかで盛り上がってみたかったなと思う。
ちなみに学費等は、基本的に校内で提示されるクエストをある程度こなしていれば減額及び免除されるそうだ。冒険者ギルドの学生版っていったところか。
それにベルゲル先生の研究の手伝いをすればバイト代も出るとか。
これを貯めて実家に仕送りをしなくちゃいけないな。
そう意気込みながら、少ない荷物の整理をしていると早速ベルゲル先生が部屋にやって来た。
「いくら部屋が広いからって、早速女を連れ込むなよ?」
いきなりそんな話かよ……。
俺は至って真面目な青少年だぞ。間違っても性少年ではない。
「そんな事しませんって! 学生の本分は勉学ですから」
などと心にも無い事を言ってみる。でも魔法関連の事はどうにかしなくちゃな。
「ははっ! 言うじゃないか。そんだけ言えれば大丈夫だな。それと、ここの部屋の事は外であまり言いふらさないようにな。一生徒に広い個室を与えるなんて、普通はあり得ないから知られると嫉妬で面倒だぞ」
うわあ、聞いてるだけで面倒な光景が目に浮かぶ。
「じゃあ、なんでここを用意してくれたんですかね?」
「この建物は俺の研究室も入ってるんだよ。先日不要な機材や不用品を処分したら、この部屋が空いたんでな、丁度いいやって。広い部屋なんだから感謝しろよ」
「ありがとうございます。ところで入校式っていつですか? 明日、俺は何をしたらいいのでしょう」
そういえば、今後のスケジュールとか全然聞いてなかったんだよな。
「入校式は調整に手間取ってて二週間後なんだが、まずは早速明日の朝、朝食を食べたら俺の研究室に来てくれ」
そう言って、ベルゲル先生は手をひらひらと振って去っていった。
それにしても、二週間先だなんて何だかのんびりしてるなぁ。
荷物整理も一段落したところで夕方近くになっていた事に気付き、小腹が空いたので食堂に向かった。
聞くと、ここの食堂は二十四時間営業で、決まった時間に食事をしなくても良いとの事。
前世での学生食堂のピーク時の混雑具合を思い出したら、素敵な場所に思えてくるな。
来てみたはいいが、中途半端な時間だからか食堂に全然人がいない。
何台か並んでいる食券の券売機の一台に向かい、支給された学生カードを食券機にかざして食べたい料理を選んでボタンを押すと食券が出てくるので、後は食券を持ってカウンターに向かうだけだ。
……これって、電子マネー決済みたいなものなのかな?
そんな事を考えていると、厨房のカウンターからおばちゃんが顔を出した。
「アンタ、見ない顔だけど今度入る新入生かい? それにしても、券売機の使い方をよく分かったね? おばちゃんもう年だから、新しいものはチンプンカンプンだよ」
「知識で知ってただけで、俺も初めて見ましたよ。便利なマジックアイテムですよね」
そんなやり取りをしながら、おばちゃんに男爵コロッケ定食の食券を渡した。
……こっちの世界でも男爵コロッケって普通にあるんだな。不思議だけど、深く考えない事にする。
揚げたてのサクサクしたコロッケに舌鼓を打ち、食事を終えると眠くなってきた。
流石に今日は慣れない事の連続で、疲れたから風呂に入ってさっさと寝たい。
校内には寮生用に大きな男女別の大浴場も完備との事!
こういった設備があるのは、素直にありがたい。
前世では長風呂派だったので、風呂にはしっかり入りたいな。
ちなみに自室にはユニットバス的な風呂もあったが、まだ時間も早いし大浴場に誰もいなかったら、そっちに入ろうかなと思って大浴場に向かう。
どうやら人がいる気配も無さそうだったので、扉を開けて脱衣所に入った。
……俺の目の前に上着を脱ぎかけの女の子がいた。
少しクセのある肩ぐらいまでの栗毛の髪で、ちょっと可愛い感じかなと思わずガン見していたら、上着を脱ぎ終わってキャミソール姿の女の子と目が合った。
ヤバい! いきなり男湯と女湯を間違えるとかお約束かよ!
ラッキースケベもここまで来るとお約束だよな!!
……取り敢えず謝っておこう。
「ご、ごめんなさい! 間違えました! すぐ出ますんで!」
女の子に謝り、脱衣所を出て深呼吸をしてから再度入口を確認する。
……やっぱり、ここ男湯だよな。
もしかして、今の子が間違ってたとか?
だとしたら、早く教えてあげないと取り返しの付かない事になるぞ。
俺は意を決して脱衣所に戻った。
「えっと、ここ男湯ですよ?」
「あ、戻って来た。いきなり謝って出て行くからびっくりしたよ〜」
バスタオルを体に巻いた女の子は、俺の事を不思議そうな顔で見ている。
「それはそうと、キミもお風呂入るんでしょ? せっかくだから背中を流してあげるよ」
……これは早速、そういう展開を期待してよろしいのでしょうか。
お風呂で美少女とキャッキャウフフを期待していた頃が俺にもありました。
数分後、期待した俺が馬鹿だったと激しく後悔した。
女の子は正真正銘の男性だったのだ。どう見ても女性にしか見えない男性。
そう、男の娘と言うやつだ。本当に誰得なんですかね。
そして、人生最大の試練が訪れる。
「初めて見る顔だと思ったら、今年の新入生なんだね〜。ボクはピアリって言うんだ。よろしくね」
そんな事を言いながら、風呂用の椅子に座った俺の背中を洗ってくれている。
絵面的には美少女に背中を洗ってもらってる状況だ。
……でも男なんです。
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
「そんな固くならなくてもいいよ。もっとリラックスしてね〜」
そう言いながら、背中に密着しないでくれませんかね。
本気で新たな世界に目覚めそうになっちゃうから!
別の部分が固くなっちゃう前に、逃げる様に湯舟に入るとようやく落ち着けた。
湯舟に浸かっていると、隣に来たピアリが微妙に距離を詰めてくる。
これはわざとなのか天然なのか……。しかし、どう見ても女の子にしか見えない。
髪をアップにしたうなじに肩のラインとか見ていると、無性にいけない気分になってくる。
耐えろ、俺の理性!
取り敢えず、会話を続けて自然な距離を保つ事を考えた。
「ピアリ……先輩は、この予備校に入校してどのくらいなのですか?」
「ボクは去年からだよ。それと先輩とか敬語はボクには禁止ね。そういう気の使われ方って疲れるから」
なんでも、この予備校を卒業する期間は人それぞれで、優秀な生徒は一年も経たずにスカウトされたり、冒険者として自立していくんだとか。他方、無駄に何年も在籍して最終的に追い出される人もいるらしい。だから先輩後輩はあまり意味が無いよ、と言いながら距離を詰めてくる。
困った。自然な距離が保てない……。
「……えっと、ピアリ、さんはやっぱり男の方が好きなのかな?」
もう耐えられずに直球で聞いてみた。俺は至ってノーマルなのだ。
「ピアリでいいよ。ボクは可愛い人なら男女問わずに好きかな。ちょっとスキンシップが過剰だとか姉達にいつも言われてたんだけど、あまり気にしないで仲良くしてくれたら嬉しいかな」
これは天然で駄目な人だ!
でも悪い人では無さそうだな、と風呂に浸かりながら平常心、平常心と強く心に念じたのだった。