472 ハハッ
ズンこさんのダンジョンに行った翌日。
テーマパークをイメージするとなると、アドバイザーが必要と思い、服職人のナナミさんと『にゃんにゃん☆キュート』原作者のユウキさんに応援を頼む事にした。
彼女達も元の世界から異世界に呼び出されてるので、テーマパークの事はよく知っているであろうとの考えである。
「それで、私達が呼ばれたって訳? とっくに二十歳過ぎてたけど、制服着て行ったなあ~」
「まあ、確かに元の世界では、年パスとか持ってたけどな」
予想通り、二人のテーマパーク歴はかなりの物みたいだ。
それはそうと、ナナミさん制服着て行ったのかよ……。
まずは彼女達にズンこさんを紹介し、改めて校庭地下ダンジョンの低階層に商業エリアを作る計画を三人に伝えた。
ちなみにだが、二人はズンこさんが精霊と知っても全然驚かなかった。
「え? 異世界モノって言ったら、精霊は普通でしょ?」
「オレは異世界系の二次創作を描いてたしなあ……」
お二人とも普通に上級者であった。
商業エリアのイメージとしては、テーマパークでよく見掛けるような賑やかな感じにしたい。
流石にアトラクションとかは無理そうだが、雰囲気だけでも出せたらと。
「ふうん? ダンジョン初心者にも楽しめるようにねえ……」
「ダンジョンに挑む前の準備エリアとして開発か。発想は悪くないな」
「我は指示された通りに、建物等を造形していけば良いのだな?」
「そんな感じでお願いします。それで、もう一つ。彼らの事も、お願いしたいんですけど、頼めますかね?」
ダンジョン一階層に住み着いてしまっていた生徒達だ。
女子も含めると、約二十人程いる。
彼らから詳しく話を聞くと、どうも落ちこぼれ扱いされている者が多いらしい。
成績が振るわず、講義にも出づらくなって、段々とここに集まって来てしまったそうだ。
揃って不安そうな表情を浮かべている。
「この子達に働いてもらうの? だったら、お店の制服とかもあった方がいいわね」
「よし、オレがキャストの心構えを叩きこんでやるか! 好きが高じてバイトした事もあるしな」
ユウキさんって、ああいう場所でバイトしてたのかよ。
そういえば、にゃんにゃんキュートショーでの司会のお姉さんの姿はプロ顔負けだったな。
俺はその場で商業施設のイメージイラストを描き、それをナナミさんとユウキさんが手直ししていく。最終的にズンこさんに形にしてもらう寸法だ。
同時に住み着いていた生徒達の研修も、お願いしておく。
「それはそうと、リョウヤ君はどんなお店を考えてるの?」
「学祭では本格的な即売会もやるんだろう? こっちと被らないか?」
「それなんですけど、まだ明確には思い浮かばないんですよねぇ。取り敢えず、食べ物系とダンジョンに挑戦する為の用品店とかは揃えておきたいですけど……」
まあ、この辺は追々考える事にしよう。
「それと、お二人の報酬の件なのですが、一応学祭なので、あまり多くは出せませんでして……」
「あーそんなのいいよう。うちのお店、テルノちゃんやアイシャちゃん達を紹介してくれて助かってるんだし」
「学祭でにゃんにゃんキュートショーをやってくれるのだろう? それを報酬代わりで引き受けるから」
「た、助かります……」
学祭のイベントで、にゃんにゃんキュートショーは決定らしい……。
それから二週間後。
他の準備に走り回っていた俺は、ズンこさんに呼び出されて地下ダンジョンに赴いた。
「こ、これは……!?」
ここはイ〇スピ〇リか、シ〇ィウ〇ークか!?
思い描いた以上の商業施設が完成していた。見た感じ、フードコートをメインにして、一般のお客さんでも楽しめる空間になっているみたいだ。
というか、ここは本当にダンジョンですかね?
「ようこそ! ズンこランドへ!!」
揃いのファンタジックな制服を着た男女が一列に並んで俺を出迎えてくれた。
よく見たら、ここに住み着いていた生徒達だ。
不安げで覇気の無かった表情から一変、やる気に満ち溢れている。
一体どんな研修をしたんですかね、あのお二方は。
それにしても、ズンこランドのネーミングはどうなのかなー。
俺の隣でズンこさんがドヤ顔をしているけど、スルーしておく。
「リョウヤ君、どう? あの子達、見違えるようになったでしょ?」
「やる気さえ起こせば、ちゃんとできる子達だったぞ」
「ええ、凄いですね。正直驚きました。あの制服もナナミさんが?」
「そうよ。うちの店総出で作ったんだから。せっかくなので、マスコットキャラも用意したの」
ナナミさんが合図をすると、燕尾服を着込んだ黒い大きな耳が特徴の奴が、手を振りながら軽い足取りで俺の方へやってきた。
「ハハッ 僕ミッ――」
「はい、アウトーーーーーーーーー!!!」
これダメだ。絶対にダメなやつだ。
「リョウヤ、なんでアウトなんだよ?」
「いや、普通にダメでしょう。ユウキさん」
ユウキさんに続いて、ナナミさんも不満を口にする。
「ええー。なんで駄目なのよう。セッキーとミッ〇ー、似たような物じゃない?」
「全然似てませんよ! 絶対ダメですって! 訴えられますって!!」
「リョウヤも心配性だなぁ。こんなのバレないって」
「あそこの法務部は本気で異世界まで来ますよ!! とにかくアレはボツです!!」
「えー、つまんないのー」
「そうだぞ。せっかく着てくれてる中の人に謝れよな」
「中の人などいないから!!」
これ以上は本気でヤバくなると思っていると、柱の陰から赤を基調とした白い水玉ワンピースを着たのと、水兵服を着たアヒルがこちらを窺っていた。
「あれも駄目ですからね!」
「なんでよう!」
「くそっ! だったらアイツも駄目なのか!?」
「まだいるんですか!?」
思わず柱の陰を凝視すると、黄色い熊がいた。
「ちなみにだが、あいつの名前は――」
「もっとマズいですよ!! 本当に色んな意味でマズいですから!!」
……危なかった。
どこぞの最高指導者の名前を付けるなんて洒落になってない。
まさか本気でこんな危ない事をする人達だとは思わなかったよ。
ズンこさんと生徒達は、何が起きたのか分からない顔をしていたが、世の中には知らない方がいい事もあるのだよ。
「ええっと、気を取り直して。これは期待以上の物になりましたよ、ズンこさん!」
「そうだろう? 我もダンジョン管理能力を駆使して、随分と頑張ったぞ。感謝するのだな」
確かにズンこさんの能力が無ければ、この施設は完成しなかっただろう。
彼女には後で何かお礼をしないとな。
「ねえねえ、リョウヤ君。お店の事で、あの子達が相談したい事があるみたいなんだけど、聞いてもらえない?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
ナナミさんが連れて来たのは小柄で大人しそうだけど、割とガッチリした体格の女子生徒だった。
もしかして、ドワーフの女の子?
冒険者っぽくないし、この子も生産職学科の生徒だろう。
「あの、私はイーゼルといいます。店の販売物の事で相談したいんだけど、いいかな……?」
「うん。どんな事?」
「ここで私達が作った武具を売りたいんだけど、置いてもらえないかな?」
「製作物の販売は学祭の即売会でやる予定だけど? 別に俺の許可はいらないと思うが……」
生産職学科の生徒が作った物は、商業ギルドの審査後に即売会で販売される。
審査を通ったなら、ここで売っても特に問題は無いはず。
だが、イーゼルは言いにくそうにモジモジしている。
「あ、あのね。実は、私達が作る武具は商業ギルドの審査に通らないんだ……」
「それって、不良品って事……?」
商業ギルドのマスターのオルトさんは、保証を付ける代わりに最低限の品質をクリアした物のみを流通させると言っていた。
イーゼルと名乗った彼女の製作物は、その品質に達していないって事だろうか。
ナナミさんとユウキさんが、複雑な表情でイーゼルを見守っている。
「違う! 私達の作る物は不良品じゃない!! 最低限の品質はクリアしてるはず!!」
「じゃあ、なんで……」
「私が作るのは魔剣なの」
魔剣? 物語やゲームではよく聞く言葉だが、実物は見た事がない。
俺の持っている魔力剣みたいな物なのだろうか?
それはそうと、オーちゃんとムラサメさんがまだ復帰してくれないので心配だ。
「これを見て、私が製作した剣なんだ」
イーゼルから手渡された剣は、ごく普通の片手剣だ。特に変わったところは無さそうだが……。
「この剣はね、一定の確率で物凄い切れ味を発揮するの」
クリティカル効果のある剣かよ。武器としては面白いな。
「どれ、実際に試してみるがよいぞ」
ズンこさんが鎧を着た案山子を出現させてくれた。
お言葉に甘えて、数度素振りをしてから案山子を斬りつける。
同時に刀身が光り、恐ろしい程簡単に鎧ごと切り裂いてしまった。
「これがクリティカル……!?」
「これを使いこなせるなんて、リョウヤ君って凄いね!?」
なんで作った本人が驚いてるんですかね。
俺の試し切りを見ていたのか、他にも数人が集まってきた。
「俺のも見てくれ!」
「私のも!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 一人ずつな、一人ずつ説明してくれ!!」
我も我もと押し付けてくる物を見てみると、稀に全属性の攻撃を無効化する盾とか、気持ち程度に体力が回復する鎧とか、使用者の魔力量によって攻撃範囲が変わる短剣、気まぐれで即死攻撃を身代わりしてくれるらしい護りの腕輪等、変わった物が多かった。
しかし、気まぐれで即死攻撃を身代わりなんて、試しようが無いよな……。
「これらが審査に通らないって、どういう事なんだ?」
俺が尋ねると、イーゼルが悔しそうに答える。
「私達の武具は魔道具に分類されてしまうので、魔道具協会の許可を得ない限りは認められないの……」
「その許可を得るのは難しいのか?」
「私達みたいなどこの工房にも属していない学生は、物凄い大金が必要なの。仮に工房に属していたとしても、長年勤めて工房長に気に入られない限りは、許可の申請すら無理で……」
うわあ。
典型的な駄目審査じゃないか。恐らく、許可自体も形骸化してるのだろうなあ。
金さえ払えば、お墨付きとかって色々マズいだろうよ。
「商業ギルドには相談してみたのか?」
ギルマスのオルトさんなら、そんな阿漕な真似はしないと思うのだが。
「魔道具協会はエルダーク公爵家がトップなので、商業ギルドでも口を出せないって……」
確か、エルダーク公爵家って国王のサイラントさんの母親の実家筋と聞きかじった記憶がある。
そんな相手じゃ、流石のオルトさんでも手が出せないか……。
かと言って、イーゼル達が可哀想だから助けてくださいって、サイラントさんに頼めるか?
いくらなんでも、今回は俺の頼みを聞いてはくれないだろうな。
イーゼル達が国宝級の魔道具を作れるなら、可能性はあるだろうけど。
「審査を通せないから、これらをここで売りたいと?」
イーゼル達が頷いた。
どうしよう。これって勝手に売っていい物なのだろうか。
ナナミさんとユウキさんの意見を伺いたい。
「私の店の服も、一応は審査は受けてるのよね。品質的な意味でだけど」
「オレの方は法に触れる表現が無いかを審査しているな。仮に審査に通らないと即販売停止だ」
二人の話を聞いたイーゼル達が落胆してしまった。
こうなると、売るのは不可能なのだろうか……。
凄く面白そうな武具なのに、勿体ない。
思わず嘆息すると、ズンこさんが不敵に笑い出した。
「ふふん、お主達は何を迷っている。どうせここは我の聖域だ。アングラな店の商品として売ってしまえばいいのだ」
「ズンこさん。あんまり無責任な事を言わないでくださいよ」
「無責任? だったら、ジョークアイテムとして売るのはどうなのだ? こんな効果があるけど保証はしません的な」
「それ、いいんですかね……」
「良いも悪いも、ジョークアイテムだからな。我は知らん」
ズンこさんの言う事は無茶苦茶だけど、有りと言えば有りだよな。
王都の裏通りで得体の知れない魔道具を売ってるのも見た事があるし、それと比べれば、イーゼル達の作った物はまともだ。
どうしようかと考え込んでいると、男子数人がこちらにやってきた。
「ちょっと聞かせてもらったけどさ、俺達は調理担当で、普通の店で出さないようなジャンクフードとか作る予定だぞ。武器や防具とかでも、変な物があってもいいんじゃないか?」
そうだな……。
ネタ武器としてなら、あってもいいよな。
「分かった。売っちゃおう! どうせ学祭だ。なんでも有りにしてしまえ!」
俺の一言で歓声が上がった。
「そうこなくっちゃな!!」
「魔道具協会なんてクソくらえ!!」
「一度食べたら最後、禁断症状が出る特製料理をふるまってやるぜー!!」
大丈夫かな?
今になって心配になってきたんだけど……。
それはさておき。興味深かった武器を改めて見せてもらった。
特に気になったのは、使用者の魔力量によって攻撃範囲が変わる短剣だ。
製作者が見本を見せてくれたが、小さな衝撃波みたいなのが発生した。
申し訳ないけど、これじゃ実戦には使えない。
俺が試しに魔力を込めて短剣を素振りしてみると、凄まじい衝撃波が発生してダンジョンの壁に穴を開けてしまった。
ズンこさんにメチャクチャ怒られたが、イーゼル達に驚かれたのと同時に短剣の製作者が泣いて喜んでいた。
君に使ってもらうために生まれた武器だって……。
せっかくなので、ありがたく使わせてもらおう。




